ユリの説得が聞いたのか、はたまた意外と常識人であったのか、翌日からのダレンは大人しく店で食事をし、速やかに店を出る、とても扱いやすくかつありがたい客となった。
もちろん、その僅かな間に、忙しく動き回るユリにちょっかいをかけることはあるが、その程度は他の客も同じなので店に支障は与えない。
「ユリちゃんって、かわいいからやっぱりもてるのね」
店で立ち働いているとき以外は、案外のんびりとしているおかみが、給金をユリへと私ながら彼女をからかう。
そのやりとりも、一座の幕が下ろされる、三日後までとなる予定だ。
祭りはすでに最高潮へと達しつつあり、明日が祭りの最大規模の催しとなる、という話だ。
「そういえば、ここの祭りって何が目的なんです?」
一心不乱に働いていたユリは、その祭りの主目的を全く知らなかった。
知らなければいけない話題でもないゆえ、忙しい劇団員たちや、主人夫婦に聞きそびれていたのだ。
「えっと、確か、この町を造った神様の誕生日?だったっけ?」
神話を元にする祭りの意義は、すでにその意味が失われて久しいらしく、主夫婦も詳しくはしらないようだ。
ただ、その神が子沢山だったのにあやかり、子孫繁栄ひいては豊穣の祭りへと変遷していったのは確かなようだ。
どのみち、一座の賄いをしているユリには関係のないことで、まして子孫繁栄など我が身に降りかかれば吐き気がするほど嫌なご利益だと内心で毒を吐く。
「ゆーーりーーちゃーん」
あほな子供のように大声でユリを呼ぶ声は、何か意味深げに微笑む夫婦に迎えられる。
僅かに頭痛を感じながら、ユリが騒いだら負けだ、と軽く頭をさげながら退店する。
「……飽きないの?」
「えーー、だって運命?」
「疑問系にしない疑問形に」
最初から馴れ馴れしく、今も随分と馴れ馴れしいダレンは、だが、言葉以上のことをユリに仕掛けようとはしない。
だからなのか、うっかりとダレンのことを受け入れ、こうやって店が終わったあと、僅かな距離を一緒に歩くことを許してしまっている。
洗いざらいぶちまけた相手ゆえの気安さ、というのもあるのかもしれない。
「そーいえば、どうすんの?祭りが終わったら」
祭りが終われば一座は移動する。
この町は常設で芝居がかけられるほどの人口ではない。確かにユリが記憶している限りは、日本の劇場でも同じ一座が年中公演をしている場所はそれほど多くはない。定住して公演をしている劇団にしても、その演目が多様なのか、よほど全国から客がこられる環境、つまりは交通網が整っていることが前提だ。
残念なことに、この大陸での移動手段は主に馬車がほとんどだ。
金持ちならば移動の魔術を利用もできるが、それはごく上層部に限られた話である。
つまるところ、一座も馬車で移動する予定だ。
次の町は一週間ほどで到着し、そこでもここで披露した演目を上演する、と聞いた。
当初は、ユリもそこへついていく心積もりでいた。
移動は苦にならない上に、陛下に見つかる可能性も僅かに薄まりそうではあるし、拒む理由がない。
だが、なんとなく、何かに後ろ髪を引かれている、と思ってしまうのは、何が原因なのかと、首をひねる。
「大丈夫だよー、ボクも追いかけていくし」
「暇人?」
「あ、ひどいなー、ボクの大いなる愛を」
「うざい」
「ユリちゃんってば、素直じゃないなぁ」
「仕事は?仕事はしてないの?いい大人が毎日毎日ぷらぷらぷらぷらして」
恥ずかしげもなく愛の言葉を吐きまくる男をさえぎりながら、少し気になっていたことを口にだす。
金は大事だ。
命と同じぐらい大事だ。
ユリは、そのことを一番最初に飛ばされた土地で嫌と言うほど肝に銘じた。
なにせ、身よりも後ろ盾も土地勘もない女が飛ばされて。無事に済むはずはなく、あっというまに強盗だの親切ごかしの詐欺師だのに有り金をまきあげられ、一文無しになった辛い経験が彼女をそういう信条の女へと変化させた。
あの頃のまさに泥をすすって生き延びたような経験は、できれば二度としたくはないと思うのも無理はなく、また、やたらと親切な人、というのが存在するのも事実であり、ユリはその人のおかげで今生きていられることを感謝している、というのも事実である。
そんな彼女にしてみれば、稼いでもいなさそうなのに、毎日外食をする、それがたとえ安定食屋であっても、というのは信じられず、また考えられないことなのだ。
「んーー、ボクこう見えても結構優秀な魔術師だって言ったでしょ?」
最初のローブ姿があまりにも怪しかったため、思わずユリがださい、とこぼしたところ、彼はあっという間に服を一式変えて登場したことを思い出す。確かにそう高価なものとはいえないまでも、さっと出してしまえるぐらいの財力はあるのかもしれない。
「ふーーーーん、じゃあ魔術師の仕事に戻ったら?私なんかにかまってないで」
「や、や、や、それよりこっちの方が大事じゃん?だって人生かかってるわけだし」
「私の人生を勝手に巻き込まないで」
「えーー、だって運命」
「やかましい」
幾度も聞いた運命、ということばに、ユリは軽く憤りを感じる。
まさしくユリは、悪夢としか言いようのない運命にひっぱられ、こんなところで生きているのだから。
「あのさ、あんたの師匠がどれだけすごくて、どれだけ立派だったかは知らないけどさ、そんな死ぬ間際にちょろっといった言葉をそのまま信じる?普通?」
「師匠の予見はあたるんだよ、すっごく。嫌になるぐらい。なにせそれで王宮を追われた人だしね」
「王宮?」
「そう、王宮を、って、それだけじゃないって。ボクの一目ぼれだし」
「あー、はいはい」
王宮、という言葉に、ヘタレの顔を思い出し、嫌な予感がよぎる。
嫌な予感、と言うものほど当たるのかもしれない。
天を仰ぎたくなる気持ちで、ユリはとりあえずダレンの後ろへと下がる。
こんなものでも盾ぐらいにはなるだろう、そう思いながら。