重い足取りで一座の方向へと進む。
「ひょっとしてこれからも付きまとう気?」
「あったりまえじゃない、だって運命の人だよ?」
つまるところは、彼の師匠、彼曰く世界で三本の指に入るほどの魔術師が言い残したことには、彼の運命の人は例の、ユリが彼に鉄鍋を振り下ろした日、あの日にあの店へ行けば会えるのだ、と。
いい迷惑だ。
それ以上の感想など持てずに、ユリは歩き続ける。
「あれぇ?女の子って普通そういうの好きじゃない?」
「そういう神経してたら生活できないし」
いきなりもとの世界から引き剥がされ、子供を生め、と迫られた彼女だ。多少そういう部分がずれてしまっても仕方がない。
「えーー、ボクはもう、ユリに会うのがすっごく楽しみで、実際に会ってみたらすっごくすっごくかわいくて」
「あの店で会えるっていうんなら、私じゃないかもしれないじゃない」
あの日、あの店には当然山ほどの客がいた。
その中には独身の女性もいた、はずであり、女性じゃなくともとりあえず人はいた。
その条件付けだけでユリである、と決め付けられたらたまったものではない。
やっかいごとは一件だけで十分だ。
「や、会えばわかるって師匠言ってたし」
「あー、そーですか」
もはや口を聞くのもわずらわしく、そんなもののために付きまとわれていたかと思うと、ユリからはため息しか出てこない。
「あのさーー、まあ、あの店に迷惑かけるとあれだから先に言っとくけどさ」
「何?式はどこであげる?ユリちゃんってどの神様信仰してるの?」
彼の出身国は知らないが、この国には国ごとに、たくさんの神様が存在している。どの国にも主神となるべき神はいるのだが、目的や好みによってその他の神を信仰しても一向にかまわない、といった国がほとんどだ。
彼はそのことを指して、ユリに神様の好みを聞いているのだろう。
「いないっていうか、いてもあんたの知らない神さん」
ユリの家は仏教徒だ。だが、残念ながら宗派は知らない。ユリの家ではまだ葬式を出したこともなく、全く顔も知らない曽祖父の法事で坊主に出会ったことがあるぐらいだ。故に、彼女は自分が信じている神様を詳しくは知らない。仏陀だろう、と、大雑把に言えるぐらいだ。
「ええ?加護は受けてないの?」
これについても国によって違いはあるが、生まれたらすぐに両親が信仰する神の神殿へ行って、その加護を受けるのが一般的らしい。自然が厳しく、いまだ畏怖の念をもって対しているこの大陸らしい風習である。
「ない、っていうか」
今までついてきた嘘八百を並べ立てようとして、思いとどまる。
どうせ相手は迷惑な男だ。
正直に語れば、離れてくれる可能性すらある。
ユリの話しを信じても信じなくとも、どちらでも不気味なことには代わりはない。
信じなければユリは狂人であり、信ずれば、ユリは得体の知れない生き物である。両者とも深く関わろうとはしないだろう、普通ならば。
「フィムディア王国って知ってる?」
「知ってる知ってる。……スリリルがいる国だもんな」
「知ってんだ、で、王様は?」
「知らね。男なんて興味ないし」
「スリリルが呪いかけたって、知らないよね?」
「いやいや、スリリルって呪いの名手だろ?だったらいつだって呪ってんじゃないの?」
「嫌な名手だな、じゃなくて、王様、なんだけどね、呪ったの」
「宮廷魔術師が?」
「元、ね」
「今は違うのか?」
「王様呪って逃げた。今は違う人がやってる」
ヘタレ陛下と貧弱魔術師を思い出し、新鮮な怒りがわくことに驚く。
あきらめたようで、ユリもまだ彼らを根強く嫌っている、ということだろう。
「で、その呪いっていうのが、大陸中の女と子供ができないっていう実も蓋もない呪い」
「うわ!」
口元を押さえ、恐ろしそうにしている。
男とすれば、そういう呪いは、本能的に恐ろしいのだろうか。
「でも、王様って」
「そう、王様って子孫残さなきゃ、でしょ?」
「仕事みたいなもんだよね、あそこって複雑だし」
さすがに王国のことについて知識はあるのか、ダレンが頷く。
「で、私が呼ばれた」
「へ?」
「別の世界から繁殖用に呼ばれた」
「はい?」
「ま、そういうことだから、私にひっついてまわっても、どうせいつかはどこかへ飛ばされるし、無駄だと思うよ」
あっけに取られて歩みを止めたダレンを尻目に、ユリはその歩みを止めない。
これでようやく付きまとわれないだろう、と、ほっとしたのもつかの間、ダレンが後から小走りに近づいてくる。
「や、ちょっと、ユリ、それって」
「何?」
「別の世界からきたってこと?ユリは」
「そうだけど」
この世界に来て初めて吐露した真実。
ユリは、この本当にどうでもいい相手に吐き出したせいなのか、心なし気持ちがすっきりとしたように感じた。
やはり、どこか鬱屈したものを感じていたのだろう、嘘をつき続ける、ということに対して。
「うわ、できるんだ、そんなこと」
「信じるの?」
別の世界、などという存在を最初から信じられる人間などいない、と思っているユリは、不審の目を向ける。
なにせ、彼女自身、未だにどこか信じ切れていないのだから。
「えーー、別の世界っていうのは、普通にありうることだと思うよ」
「魔術師だからそう言えるってわけ?」
「や、魔術師っていうかさ、未来視だっていくつかある未来の中で、一番可能性のある未来を見るわけで、そのほかの未来だって絶対にない世界ってわけじゃないわけでしょ?でもそれって、もし自分がその未来を歩まなかったら、全く別の世界になっていたわけで、だから理屈からいったら今この瞬間だって、全く別のことをしている君とボクだっているってことになるし」
「言っていることがよくわからないけど、まあ、信じたのならそれでいいわ、そういうことだから」
「ええ?ちょっと待ってよ、それだけじゃわかんないし。別にどこからやってきてもユリはユリでしょ?」
「初対面でそこまで言えるあんたの神経がわかんないけど」
「そりゃあ、ユリは運命の人だし」
「……それは置いておいて、うまく逃げ出したはいいものの、陛下が探索にきて一定時間接触すると、スリリルに次に飛ばされるっていう悪循環に陥ってるわけ、私。わかる?だいたいのろいをかけたのだって陛下との痴情の縺れなんだから、私みたいなのが近づくのが我慢できないんじゃない?あの女狐」
「あれ?スリリルはそれほど移動の魔術は得意じゃないと思ったんだけどなぁ」
「まあ、そんなことはどうでもいいけど。で、律儀にあいつらはやってくるし、私はそのたびに飛ばされるし、だから付きまとったとしても無駄。わかる?」
「ええええええ?だったら二人で逃げればいいじゃん」
「はい?」
「愛の逃避行」
両手を握り締めながらこちらを真剣に見つめる男に、思わず右足を蹴り上げてしまったユリは、悶絶した男を尻目に、小屋へと入っていく。
だが、初めて話したユリの最大の秘密を、あっさりと信じ、なおかつそれでも付きまとってくる男に、ついうっかりと、何がしかの気持ちを動かされてしまったことに、ユリは気がつかないでいた。