日常風景2

 一気に人口密度が増した食卓の風景にためいきをつく。こんなことを言っては、贅沢だと怒られるかもしれないが、琥珀と二人(?)きりの静かな食卓が懐かしい。

「おいしいです」

感涙に咽びながら、ただの味噌汁を飲み干す金髪の人は、姉の夫であるエリックである。
実家にいるときには、一切の家事をやらなかったため気が付かなかったが、姉の料理は破壊的なシロモノらしい。エリックさんは外国の人だから、きっと和的な何かが合わずそう表現したのであろうと勝手に納得していたのだが、一度だけ姉に朝食を作ってもらって認識を改めた。破壊的というより破滅的。いや、言葉のニュアンスなどどうでもよいが、ともかく宇宙の果てまで魂が飛んでいって消えてしまいそうな味だった。

どうやったら食べられる食材をあわせてあんなものが出来上がってしまうのか謎である。
例えばお味噌汁。匂いからしてあやしい。色は普通。味は腰砕け。出汁をとるという事は知っていたらしい彼女は、粉末の顆粒だしをこれでもか、と投入した後、味が足りないわよね、とにぼしを頭ごと投入。しかもそのまま煮込んだらしい。これだけならまだ救いはあったが、さらに特筆すべきはその内容物。前日のサラダの残り物“レタスとトマト”と豆腐の組み合わせはどうあがいてもいただけない。
しっかりドレッシングに浸っていたレタスはすっぱい味がするし、中華風スープだと思い込もうにも過剰に主張する和風だしのえぐみの前には無駄な努力だった。「お味噌汁には残り物を入れるもんでしょ?」そう涼しげな顔で言ってのける姉の首を思いっきり締めてやりたい衝動に駆られる。
それだけでも気が遠くなりそうなのに、おまけにメインときたら・・・。いや、卵料理ではない卵料理など思い出したくもない。廉君が市販のベビーフードから姉手作りの食事にシフトする前に救い出せたのは救いであるとしか言い様がない。 とんでもない料理を出しながらも当の本人はそんなにまずくはないんじゃない?といいながら完食して見せたのだから味覚を認識する部分に重大な欠陥が隠れているとしか思えない。

「おかわりありますよ」

衝撃的な思い出を振り返っていたら、穏やかな笑顔の琥珀がエリックさんに話し掛けていた。姉の事は今でもかなり怖がっているが、どうやら同じ匂いを嗅ぎ取ったのかエリックさんとは相性がいいらしい。一緒に将棋を打っている姿をほぼ毎日見かけるあたり、仲がよいといっても差し支えないだろう。

「ありがとうございます!!」

納豆をかき混ぜながら、おいしそうにごはんを頬張っている。幸せそうな光景、ともいえる。

「私の作った朝食はろくに食べなかったくせに!!!」

ガツガツとそれでもおいしそうに朝食をとっている姉が毒づく。

「アレは無理だろう、いくらなんでも」
「ひどい!!!一生懸命作ったのに」
「結果が全てだろう。あれではさすがに義理兄さんがかわいそうだ」

多少の自覚はあるのかものすごい勢いで納豆をかき混ぜながら黙り込む。

「まあまあ、翠さんも。大丈夫ですよ、エリックさんがとても料理上手になっていますから」

姉の上達はとっくの昔に諦めたといった風情の琥珀がにっこりと微笑む。

「はい!大丈夫です!僕がご飯ぐらい作りますから、紫さんは何もしなくていいです!」

きっと心のそこからそう思っているであろうエリックさんが同意する。
微妙に自尊心を傷つけられた姉はさらに高速で納豆をかき混ぜている。



「そろそろ行ってくる」
「あ、僕も行きます」

食後のお茶をのんきにすすっていたら、もはや出かける時間となっていた。義理兄もそろそろ出かけなくてはいけない時間だ。私達が出かけた後は、姉親子と琥珀の二人と一体きりとなる。仲が悪いというか、一方的に姉の事を恐怖の対象としてみている琥珀と姉がどうやって一日を過ごしているのか不思議だが、今のところ琥珀から弱音のようなものは聞いていない。たぶん、きっとなんとか折り合いをつけているのだろう。

琥珀が作ってくれた弁当を持ち、玄関へと急ぐ。後ろには廉君をおんぶしながらいそいそとついてくる琥珀の姿がある。

「いってくる」
「いってらっしゃい、気をつけて行ってくるんですよ」

無言で頷いて、引き戸を開ける。
いってらっしゃいと送ってくれる存在。おかえりなさい、と迎えてくれる存在。
ただ、それだけで毎日を楽しいと感じてしまう。

いつまで続くのかわからないが、慣れてしまえば賑やかな食卓も悪くはない、かもしれない。

06.13.2005
03.23.2007修正
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