「どうします?といっても、どうもできないですけど」
「記憶は?」
「別に記憶を吸い取ることができるわけではないですから。まあ、この人の溢れんばかりの情熱的な思考というのはおいしそうではありますけれど」
「食べたところで記憶は消えないと」
「はい、そんなものです。しかもこのお嬢さんの場合、どれだけ思念を吸い取ったところでその情熱が消えそうにもありませんし」
「本格的に困ったなぁ。琥珀の変化も見られてしまったし」
「別に、こちらとしては困らないですけどね、どうせ誰も信用しませんし」
あっさりと、私よりもさりげなく酷い事を言う琥珀だが、それは確かにそうだろう。突然琥珀を指差しながら「人間じゃない」と叫んでみたところで、彼女の方が危険人物扱いされるのがおちだろう。
なんとなく、まあいいや、と楽な方向へと考えがなだれ込みそうなところに枕がひょいっと飛んできた。
当然容易にそれを交わし、飛んできた方向へと体を向ける。
私たちがぐだぐだと会話をしている間に、彼女の方はすっきりと起きてしまったらしい。
「どうせ私は嘘吐きよ!!!」
ヒステリックに叫びながら泣き喚き始めた。
女と言うのは良くわからない。男のことが良くわかるわけではないけれど。
「あーーー、まあー、その、なんだ」
そして、私は決定的に涙に弱い。
どれだけ理不尽でも相手に泣かれてしまうと、それにほだされて何もかも許してしまいそうになる。常ならば姉や由貴などが許してしまいそうになる相手をさりげなくどこかへと連れ出してしまうことが多く、その人たちがどうなったかは恐くて聞けないでいるけれど、困ったことにここには私ししかいない。
大声で本格的に泣き始めた彼女を途方に暮れながら遠巻きに眺める。
琥珀の方はいきなりやってきた喧騒に露骨に迷惑そうな顔をしている。
二人で顔を見合わせながらため息などをついていると、ようやくすすり上げるような声へと変化していき、最後には、ぐったりと掛け布団の上に顔を埋めて黙り込んでしまった。
本当にどうしていいのかわからなくなってしまった。
「とりあえず名前は?」
この場でこんな言葉が適当かどうかはわからないけれど、謎の少女と呼ぶのは些か気が咎めるため、とりあえずそんな事を尋ねてみる。
「…」
無言で答えた彼女に、即座に、
「ならば名無しのゴンベイということで」
「違う!!ルリ、皆川ルリ!」
啖呵を切るように威勢良く彼女が叫ぶ。
「で、ルリさん。もしここにいる琥珀が人ではないとして、どうする気だ?」
沈黙の間に考えていたこと。
結局、彼女は騒いでいただけでその目的を明らかにはしていない。確かに琥珀は妖怪だが、だからといって誰に迷惑をかけているわけでもない。あの金髪妖怪一号二号とは根本的に異なる。
「どうするって…」
どうやら本人もそこまで深くは考えていなかったようで、あからさまに答えあぐねている。
「別に、貴方に迷惑をかけているわけではないと思うが?」
「でも!」
「でも?」
「だって、おかしいじゃない。そんなのと一緒にいるだなんて!」
細かい血管が数本切れたような気もするが、激しく脅かしてしまった手前堪えてみる。
「おかしいとかおかしくないとか、良く知りもしないあなたにいわれる筋合いはない」
「おかしいことをおかしいって言って何が悪いのよ。っていうかあんたもとりつかれてるんじゃない?普通じゃないし」
「もう一度言うが、迷惑を掛けた覚えもないのだが?」
「はあ?存在そのものが迷惑でしょ?どうせ隠れて人間襲ってるんでしょ?キレイそうな顔しちゃって、あんたもその顔にたぶらかされた口でしょうけど」
何かがブチンと切れる音がした。
理性よりも何よりも気がつけば彼女の胸倉を掴んで引きずっていた。
「あなたのように赤の他人の家にやってきて、非常識な事を口走るような人間よりははるかにましだ」
本体を門の外へと引きずり出し、玄関に戻って彼女の靴を摘み上げる。
「琥珀は私の家族だ。それ以外の何者でもない」
彼女の靴をできるだけ遠くへと放り投げる。
慌てて彼女が絶叫とともにその靴を追いかけていった隙に、門扉と玄関のドアを厳重に閉める。
セールス撃退の最重要項目は話を聞かないことだったな、などと思いながら上がりこむと、そこにはハンカチを握り締めながら涙目になっている琥珀がうずくまっていた。
「翠さんが、私のことを家族と…」
なにやら感動しているらしい琥珀は置いておいて、数回肩をほぐすために腕を大きく振り回す。
なんとなく、このままでは終わらなさそうな予感を振り切るために。