「では、なぜ娘さんたちを帰さない?おまえホントに狩られるぞ?」
疑問で頭の中がぐるぐるしているであろう真を放置しておいて、とりあえず一番重要な問題を片付けることとする。
「帰さないんじゃない、か・え・ら・な・い・んだ!!!」
金髪野郎がやけに力を込めて思いっきり叫ぶ。
「いつのまに日本の女はこんなになってしまったんだ」
おまけに、目に涙を浮かべながら訴えてやがる。加害者のくせに被害者のふりをしたやつを、どちらかというと傲慢で不遜な性格をもっていそうなこいつを、一体何がそこまで追い詰めたのか。
一人で勝手に打ちひしがれている男を前にして、闘うことも説得することもできないでいる二人プラス一体は後ろから華やかな叫び声で我にかえることとなる。
「王子見っけ」「私の恋人!」「やーん、あ・な・た」
口々に自分勝手なことを喋りちらして近寄ってくる集団は、見た目だけはかわいらしいお嬢さん方の集まりだ。しかも若い、そう、近頃頻発している女子高生誘拐事件の被害者達と年齢が地味に一致するほどに。
目は血走っているし、妙に雰囲気が悪いけれども、その集団は肉弾戦をこなしつつ、お互い足を引っ張り合いながらも見事に妖怪その2めがけて突っ走ってくる。
ただ呆然と目の前に起こっている出来事をうっかり見逃しながら立ち竦んでいると、金髪野郎はあっという間に少女達に取り囲まれてしまった。見る人が見れば羨ましいともとれる状況において、金髪野郎はただただ青ざめた顔をしている。
こいつは血は吸うが、人間を傷つけることはできないタイプらしい。
ぽかんと少女達が通りすぎるのをただ見ていた私は、なんとか正気に戻って、彼女達に話し掛ける。
「おまえ達は誘拐された女達か?」
一瞬にして、彼女達の敵意の篭った目が次々とこちらへ向けられる。助けに来たはずだが、どうやら敵認定されたらしい。
「そうよ、この人に強引にさらわれたの、望まれたの、女のロマンでしょ」
頬をばら色に染めてうっとりとしている。
「すぐ捨てられたくせに。運命の人は、私。わ・た・し」
「ブスが威張って言うなっていうの」
「あんたこを鏡をみたことあるわけ?」
ソレを皮切りに、また次々と小さな喧嘩が繰り広げられている。妖怪その2は夢中になって喧嘩している少女達から離れ、じりじりと距離をとっている。
「たのむ、なんとかしてくれ。おまえ思考を食うものだろう」
琥珀の腕に縋りつく金色の魔物が哀願している。
「あんなまずそうなの食べるんですか?それに記憶を盗れるわけではないですよ…。以前にも言ったかもしれませんが」
「食べても思いは消えないんじゃないのか?」
琥珀は彼の腕を振り払い大袈裟にため息をつく。
金色の言うことを信じるのならば、一人づつ誘ってはみたものの、顔は好みだがどうにも口をつける気になれないシロモノだったらしい。途中でどこかでやめておくか、しっかり確認してから誘えばいいものの、こいつの血にはラテンののりが入っているのか、容姿が自分好みの女性がいれば口説かないではいられない、という私からしてみれば病気のような癖をいかんなく発揮することで、気が付いたら今の数になっていた、らしい。
しかも彼の外見に騙された彼女達は離しても帰ろうとはせず、肉体的にも精神的にも女性を傷つけることができない、と言い張るこいつは逃げることしかできなかったらしい。しかし、そこは無駄にパワフルに恋する少女達、あっぱれなことに犬の嗅覚でも獲得したかのようにコイツを発見しては取り囲み、ボロボロになりながらもコイツが逃げ出す、また見つけ出すをかなりな期間繰り返していたらしい。おまけに学習能力がない金髪君は隙を見て獲物を狙っては外していたから、無駄に数が増えるていくという見事な悪循環。
琥珀と顔を見合わせながら、ため息をつく。こいつ、やっぱり真性のあほだ。適当なところでけりをつけておけばいいのに、意地になっていたのか数は膨らむし食事はできないしであげく、自分の体が憔悴する始末。
ここまできてわかった事は、彼女達が帰らないのは自分達の意志だといことだ。自分でまいた種とは言え、招いた結果が間抜けすぎて怒る気にもなれない。
「普通なら消えませんよ、記憶を取るわけではないですし」
「本気で食べたら?忘れるのか?」
「いえ、ちょっとクールダウンするぐらいじゃないですか?まあ、若い娘さん達だから情熱がおさまって、他にターゲットをみつければあっけなく目移りする可能性が高いともいえますが」
「とりあえずでいいんだ、目の前から消えればなんとかなる」
「そもそも、その顔でたぶらかして求愛してから血をいただくなんて事をしているから、面倒なことになるのです」
「求愛?」
「あたりまえだろう、いくら俺でも行き成り血を吸うだけだなんて無粋な真似はせん」
ポリシーがあるのだかないのだか良くわからない金色の妖怪は立場を忘れているのか、胸を張っていばっている。
その声に気が付いて少女達が一斉にこちらへ振り返る。口々に思いの丈を叫びながら突進してくる様子は、かなりすさまじい。真などは妖怪2体のことは忘れて本気でびびっている。私だって出来うる事なら逃げ出したい。
琥珀の背に隠れ、本気で逃げモードに入り込んでいる妖怪は必死で琥珀に縋りつく。
「頼む、ちょっとでいいからなんとかしてくれ!!!」
「仕方ないですねぇぇぇ。貸し一つですよ」
うんざりした表情をしながらも、右手を少女達の方向へとかざす。
琥珀の瞳が、漆黒から赤色へと変化する。
今まで彼から感じたことのない、“人ではないなにか”の波動を感じる。
やっぱり、彼も人ではない、妖怪だったのだと、思いしらされる。
真実をどれぐらい理解しているのかわからないが、異様な雰囲気を察知して、真は身構えている。たぶん、私を確保して琥珀との間に距離をとりたいのだろう。
次々と少女達が緊張の糸が切れたようにその場にへたり込む。今までの異様なパワーが瞬時にしてなくなり、ニュートラルな状態になったことについていけないのだろう。
それを見て心底安心したのか金色の妖怪が、琥珀の手を取って感謝を現している。少女達に追いかけられなくなって晴れやかな顔をする異形のものだなんて、お話にならない。
「で、結局食事は済んでないんですね」
「ああ、アレを食べたら食中りを起こす」
妖怪同士会話を交わしている中、真が私の隣でなにやら聞きたそうな顔をしている。
「おい、あいつらなにもんだ」
「なにもんって言われても、人間じゃないとしか言い様がない」
「まあ、ただもんじゃねーのは確かだけど」
先ほどの琥珀の一変した雰囲気から、何かを感じ取ってはいるが、腑に落ちていない様子だ。私だとて琥珀に変化を見せられるまで半信半疑だったのだから、当然の反応だ。
こちら二人の思惑とは裏腹に、妖怪二人はなにやら揉め事に発展したようだ。
「おまえ、よく見たらやっぱりおいしそうじゃないか」
髪と同じ金色の瞳がこちらをとらえる。おまえって真じゃないよな。いくら目が濁っているらしいとはいえ、男と女を間違えるなんてほど間抜じゃないはず。
「だから、あの人はダメですって、僕のご主人さまなんですから」
「少しぐらいいだろう、コレですめば1年ぐらい治まるんだから」
「そうはいきませんよ、だいたいあなたは好みがうるさすぎるんです。そんなに処女がいいんなら、その辺の小学生でもかどわかせばいいでしょうが」
「おまえこそ、好みがうるさいだろうが」
「僕のは多少選り好みしても溢れかえっているからいいんです!」
不穏当な会話は置いておいて、どうやら私は奴のえさとして合格してしまったらしい。喜ぶべきか悲しむべきか。
「おい、おまえ、俺様が血を吸ってやる、ありがたいと思え」
反射的に足技を繰り出す。あっという間もなく金色の妖怪は私の足元にその身体を横たえていた。
「ふざけるな!と、言いたいところだが、これですめば一年以上他に手を出さなくて済むんだな」
「いってーな!!おまえ俺らにだって痛覚はちゃんとあるんだぞ!」
腰を擦りながら立ち上がる。大丈夫痛覚はありそうだと琥珀で実験ずみだから。
「それにおまえその外見でその乱暴さは一種犯罪だぞ」
「本当の犯罪野郎がやかましいわ」
ある種聞きなれたセリフを妖怪小僧に言われるとは思いもしなかった。
「おい、琥珀、後遺症はないんだな」
「翠さん!本気ですか?こんなやつ甘やかしちゃだめです!!顔の選り好みさえしなければいくらだって食料はあるんですから、翠さんの血を分けてあげる必要はないんです」
琥珀は顔を真っ赤にして強硬に拒否の姿勢を示している。そういえばこの妖怪は私などより余程喜怒哀楽がはっきりしている。
「ちょっと待て、さっきから血を吸うだの吸わないだの、何いってるんだ?」
「小僧、そういえばお前も綺麗な顔をしているな」
金色妖怪の舌なめずりするような視線にさらされ、半歩引いて身構える。
「そうだ!!こいつの血を吸えばいいんですよ、だって処女です!」
「あほ!いくらなんでも男の血は吸えん」
「吸えないって、吸ったら身体がだめになるのか?」
「いや、まずいだけだ」
おい、ちょっと待て。だったら体を生かすためには生き血であればなんだっていいんじゃないか。単なるこいつの選り好みのせいで巷であんな騒ぎを犯したというのか。