雨宿り/第6話

 状況的にはこれ以上ないというぐらい似つかわしいと言える森の中。地方都市とは言え、かなり大きな規模の県庁所在地の上に、割と都会だと思っていたわが町にもこんなところが残っていたのかと思わず感心する。ただ一つ問題だと思えるのは、ここが神社の中だということだ。良くわからないがそういったところは本来聖域と呼ばれるものではないのか?

「翠さん、別に僕らは神に対する邪でもなんでもないんですから、聖域は関係ないですよ」
「そうなのか?」
「ええそうですよ。仏教も神社もキリスト教も信じてもいないし、敵対しているわけでもないのに退治されるわけがない」

わかるようなわからないような理屈だが、そういう人間の作り上げた信仰のカテゴリーには入らないのかもしれない、この琥珀という存在は。

「さっきから、何の話をしているんだ?おまえたち」

理由も聞かされず連れて来られたまことは不満顔だ。しかも私と琥珀が仲良く話しているように見えるのが気に入らないみたいだ。

「まあ、もう少し待て、じきにわかるから」

真を宥めて今一度琥珀へと尋ねる。
琥珀はわずかに視線をこちらへと向け、次にゆっくりととある方向を指差した。

「あの大きな御神木と言われる木の後ろにいますよ」
「見えないが?」
「そうですね、自分の姿を見えなくしているらしいです。言ってみればカメレオンの保護色のように」
「ひょっとしておまえより妖力が強い妖怪じゃないのか?」
「失礼な、それぐらいはできますよ、僕だって」
「力はほとんどないといっていただろう」
「あれぐらいのことはできますよ、じゃなきゃ、逃げ回れないじゃないですか」

少しだけやつの力に期待して損をした。とことん逃げるためにしか力をつかわないらしい。

「なんか、うずくまってますよ?しかも、女子高生の姿が見当たりません」
「は?犯人じゃないのか?」
「いえ、たぶん、やつでしょうが」

琥珀が言葉を濁している間に突進してしまった。元来深く考えるのが苦手なのだ、言葉より行動。いつのまにか琥珀の言葉を百パーセント信じてしまっている私は、琥珀の指す見えないけれども存在しているであろう敵の居場所へと。

「翠さん!!」

後ろで琥珀の叫ぶ声が聞こえる。そんなことはお構いなしに、私は琥珀が指差した方向を正確に目指し、何も見えない空間に向ってカカト落としをお見舞いする。
そこには、確かになにも“ない”はずなのに、私の足はしっかりとした手ごたえを感じ、何か柔らかいものにあたった感触と同時に、琥珀のものとは違う叫び声が聞こえた。

「うわああああああああああああああああああああああああ!またみつかったぁ!」

わけのわからない悲鳴とともに、その姿が顕になる。頭を抱えてしゃがみこんでいる金色の髪をした、たぶん男の、形をした妖怪。
理由はわからないが怯えた様子で小さく蹲っている姿は、私の方に罪悪感を与えてくれる。

「あーーーーー、すまない、つい」

こちらが思わず謝ってしまうほどに。
金色の物体は、恐る恐るといった風情でこちらへチラッと視線をよこし、私の顔を見るなり驚愕する。

「おまえ、あいつらじゃないのか」
「聞き捨てならないな。あいつらってなんだ?」
「いや、いい…。そんなことよりお前うまそうだな」

先程までは涙目だった瞳が妖しく輝く。良く見るとこいつは琥珀とは全く異なる、金髪碧眼に絵本の中の王子様のような風貌を有していた。こういった類が好みではない私ですら、一瞬見惚れてしまいそうになる美貌。

「うまそうって…。今更の上にアホっぽい質問だが、おまえ何者だ?」

こいつが不審者である確率は私の印象の中ではかなり跳ね上がったが、嫌な予感がする。ひょっとしてこいつは琥珀が言っていた最悪だと表される連中の一人ではないのかと。

「私は“血を喰らうもの”だ、お前の言う名というものはない」
「げっ、最悪よりちょっと上なやつか!」
「最悪とはなんだ、最悪とは。俺はほんのちょっと血を分けてもらえば一年は持つんだ!」

妖怪その2は構えをとって、間合いを計っている私にそんな言葉を投げかける。

「ちょっとっておまえ、毎週毎週女子高生を誘拐しといて、良くそんなセリフが言えるな」
「あれはちょっとした手違いだ!!それにどいつの血ももらってない!!!」

じりじりと間合いを詰めていく。こいつも琥珀と同じく背は高い。それにひょっとしたら力も強いかもしれない。私の計略がわかったのか、彼との間にじわじわと緊張感が増していく。

「翠さーーーーん」

一触即発の私達の間を腰砕けにする間抜な呼び声が後ろから聞こえてくる。やっと琥珀が追いついたらしい。

「げげ!おまえは!」

私に嬉しそうに近づいた後、テンポ悪く標的を見つけた彼は、またもや間抜な声をあげる。
後ろからやや遅れて、真もやってきた。目の前の日本人離れした美貌の妖怪に呆気にとられている。

「そういうおまえは小太郎じゃないか」
「そういうあなたは血吸い妖怪」

小太郎と言うのは琥珀の前の名前かその前の名前かその前の、と、考えるのはやめておこう。血吸い妖怪っていうのは、まあ、その通りだが、もっとセンスはないものか、人のことは言えないけど。

「知り合いか?」

間合いはとったままだが、やや緊張を解いて琥珀の方へ質問する。

「ええ、知り合いと言うか、以前会ったことがあるってだけですが」
「翠ちゃん、こいつら何者?」

いいかげん真もこいつらからただよってくるただならぬ雰囲気に気が付いたらしい。私はどうやって説明して言いか躊躇している。妖怪だ、などと言ったところで簡単に信じてもらえるはずもなく。

「この人女子高生連続誘拐事件の犯人で、ついでに人間じゃないですよ」

私のタメライなどお構いなしに、琥珀があっさりと真実を告げる。誘拐事件の犯人、と聞いた瞬間、彼が攻撃態勢に入る。やはりというか、真は”人間じゃない”、というのを人でなしだと受け取ったらしい。

「だーーーーーーーーーーーーーーー、仕方ねーだろうが。あいつらの血は飲めなかったんだから!!!」
「はぁ?誘拐しておいて飲めない?」

わけがわからない。ここぞと思う人間を連れて行くのではないのか?あのドラキュラのように。

「見込み違いなんだよ、全員」
「目がニゴリましたねぇ、あなたも」

琥珀はどこか哀れむような視線で目の前の妖怪その2を見つめる。

「だいたいだな、俺はほんのちょっと、200cc以下程度をもらえば一年もつんだよ。そんなに燃費悪くねーーんだよ。赤十字より良心的なんだよ」

切々とわけのわからないことをわめいている男は、どうやら、おもしろいことにかなり切羽詰っているらしい。

「なのに、どいつもこいつも清楚な顔してだましやがって!しかも近づいてみると化粧くさいし。」

話が段段飲み込めてきてしまった。ひょっとしてひょっとすると、この間抜妖怪は。

「おまえ、処女の血しか飲めないなんてベタな妖怪なのか?」
「悪いか!!!」「妖怪???」

間抜妖怪と真の声がシンクロする。
いつの間にか私も、何もしらない真を置いてけぼりにして、妖怪、などという単語を普通に使ってしまっている。これがスレというやつかと、良く考えれば昨日起こってしまったばかりの出来事に対して恨みがましい気持ちを抱いてしまう。

04.01.2005
03.23.2007修正
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