よくわからない感情が湧き上がるときがある。
特定の人を見つめたときにだけ、胸が高鳴ったり、心臓がドキドキしてその音にさらに緊張が高まって。
そんな話を早季子さんにしたら、それは“恋”じゃないかって簡単に診断されてしまった。
誰に対してそうなるかは内緒にしていて良かった。だって、若先生に恋しているだなんて誤解でもされたら、
早季子さんがすぐにでも若先生に話に行きそうだもの。
コイと聞いてすぐには恋にたどり着けなかった。だって、私には絶対縁のない単語だって思っていたから。
だからこれは早季子さんの気のせいに違いない。
小説を読んだり、クラスメートに借りた漫画を読んだりしても、いまいちピンとこなかったのに、
最近は主人公に感情移入してしまって、気がつくと涙が溢れてたり。
そんな自分の変化に一番最初に気がついたのはやっぱり大先生だった。
「香織ちゃん、最近なんだかこう、大人っぽくならないかい?」
「それはセクハラだろう」
いつも通りにいつもの席に腰掛けて、いつもの湯飲みでお茶を飲んで二人の会話に耳を傾ける。
一番素敵な時間はなずなのに、今は自分のことについて尋ねられてなんだか気恥ずかしい。
「大先生、制服が変わったからじゃないですか?」
中学の制服と違って、少し大人っぽいデザインかもしれない。スカートの丈を短くしたりはしていないから、
同級生に比べると子供じみてるかもしれないけれど。
クラスメートは早く大人になりたいって言ってるけれど、私は今が一番幸せだから、今のままでいたい。
そんなことは本当は無理なことはわかっているから、もうすこしこのままで、
せめて高校を卒業するまでは二人にとってただの子供でいたい、そう思っている。
「そう、か、香織ちゃんももう高校生か」
感慨深げに若先生が呟く。
確か中学にあがったときにも同じことを言っていた気がする。
カウントダウンの残りが少なくなっただけその言葉がいやに重くのしかかる。
あと少し、もう少しこのままで。
「香織ちゃん?」
少し考え込んでいた私を若先生の呼ぶ声が正気に戻す。
トクンと心臓が跳ねる。
いつからかわからないけど、若先生の顔を見るときに緊張するようになった。
それを早季子さんは恋だというけれど、まだ良くわからない。
顔が赤いかもしれない。
そんなのを見られたくなくて、トイレにいくふりをして洗面所で顔を洗う。
これが恋かどうかはわからないけれど、少なくとも私は若先生を好きなことには違いないのかもしれない。
大先生も早季子さんも大好きだけど、こんな状態になったことはないから、少し違う種類の好きなのかな。
今度この状態にいつになったら慣れるのか早季子さんに聞いてみよう。
この“好き”に慣れたらどうなりますかって。