5・待ち伏せ(ダブルゲーム・番外編)

「何度言ったらわかる?迷惑だ」
「別にいいじゃない、一緒に帰るぐらい」

こちらを一瞥しただけで、口を開くのも面倒といった風に、無視して通り過ぎる。
でも、こっちだってそれぐらいのことじゃめげていられない。だって、彼が1人で帰るなんて事、 年に数回あるかどうかってぐらい貴重なことなんだから。

「ねー、さきょうちゃーん」

走り寄って腕を掴もうとしたけど、あっさりとかわされる。
こんなに可愛い子が腕を組んであげようって言ってるのに甲斐性のないやつ。
私の腕を払いのけ、全く興味がないといった視線を送り、再び歩き出す。

「どうして?こーーーーんなに可愛い子が好きっていってるのに」

これは自信過剰なんかじゃない、客観的に見て私のルックスはいい方だ。 もちろん絶世の美女とか人形のような美少女、といったレベルじゃないけど、 いわゆる癒し系の美少女だと思う。近寄り難いほどじゃなく、連れて歩くには自慢できるレベル?
コンパスの長い彼に追いつくべく小走りでくっついていく。彼はあくまで無言だ。
そんなところもそそられるんだけどな。

「城山さんに遠慮してるの?」

前を出した瞬間、少しだけ反応した。わざと名前をだしたんだけど、やっぱり悔しい。

「彼女は片岡君のことが好きなんでしょ?それなのにどうして一緒にいられるの?」

無言を通していた彼は、立ち止まり、ため息をつきつつ私の方へ振り返る。

「俺と彼女の関係は君には関係ない。部外者が立ち入ったことまで聞いてくるな。不愉快だ」

ばっさりと切り捨てられる。でもまだまだだね。

「どうしてー?左京ちゃんだってまだ高校生でしょ?そんなに一途に思うことないんじゃないのかなぁ」
「お前と一緒にするな」

明らかな侮蔑の表情を浮かべる。

「なんで?私はちょっと人より愛情がたくさんあって、ちょっと振りまいてるだけじゃない」

ただそれだけのことなのに周りのやかましいこと、特に同性からは毛虫のごとく嫌われているらしい。 もちろんそんなものなんとも思わないけど。
だって、あの人たちはきっと私が羨ましいだけなんだもん。自分だって思うとおりに動いてみればいいくせに!

「お前の愛情のかけかたなど、知ったことじゃない。俺に付きまとうな」

ここまでひどい扱いを受けたことはない。今までは迷惑そうにしつつも受け入れてくれた。 彼女がいる人たちばかりだったから、修羅場になったりして、結局彼女の方を選んだりするのだけど、 それでも私を受け入れたっていう事実に変わりはない。

私はそれで充分だった。私を選んで欲しいとか私だけを愛して欲しいとかそんなうざったいこと思ったこともない。 愛情なんてどうせ変わっていくものだから。

「じゃあ、一回だけしよ?」

それだけでいい。

「きっと城山さんよりいいと思うのね、私の方が胸が大きいし」

彼のポーカーフェイスの仮面が外れる。
気が付いた時には私の首には彼の細くて長い指が押し付けられていた。

「や、さきょうちゃん、くるしい」

容赦なく喉元を締め付けられる。彼の目には侮蔑の色。
今までに感じたことがないような恐怖を感じる。
指先が冷たい、意識が遠のきかける。
背中に嫌な汗が流れる。このままどうなるんだろう。絶望にも似た気持ちを抱いた瞬間、 ふっと指の力が緩まった。だけどいつでも締められる位置に置かれていることにはかわりない。

「どうして?」

張りついた声帯を必死で開いて声をだす。

「さくらと比較するような口をたたくな。俺はお前なんかには興味すらない。嫌いでもない、無関心なんだ。別の男でも漁ってろ」

それだけを冷酷に言い捨てて、また何もなかったかのように歩き始めた。
ほっとしたような虚脱したような思いでへたりこむ。

自分の首もとを確かめる。

冷たい体温。

これほどまでひどい拒否の仕方はされたことがない。

どうして?
皆結局受け入れてくれたじゃない。
どうして左京は受け入れてくれないの?
両腕で自分を抱きしめるように泣き崩れる。
何人もの人が通り過ぎていく足音が聞こえる。
だけど、声をかけてくれる人なんて誰もいない。

私は1人だ。

ずっとずっと1人きり。

ただ、確かめたかっただけなのに。

憂鬱な気分を引きずって、なんとか家へたどり着く。
両親共に共働きだから家には誰もいない。
のろのろとバスルームへ向い、お湯を張る。

着替えのために自分の部屋へ行く。
大小のぬいぐるみがゴロゴロするごちゃごちゃした部屋。
父も母も何かを忘れるように仕事に没頭し、ほとんど家へ帰ってこない。
だから罪滅ぼしのためなのか、誕生日やクリスマスになるとリビングにぽつんとぬいぐるみが置いてある。
もう高校生になったのに、相変わらず二人ともぬいぐるみを贈ってくる。

私は子どもじゃない。

だけど、きっと両親の中では泣きながら彼らを追いかけた子どものままなのだろう。

もうとうに見限っているというのに!
私が捨てられたんじゃない、私が捨ててやったんだ。
社会に出るまで金づるとして利用しているだけ。
そう、ただそれだけなんだから。



着替えをもってバスルームへ入る。
私に調度いい温度のお湯が満たされている。
そろそろと足先からお湯につかる。
幸せな瞬間。
何かに満たされるようなそれでいて足りないような。



ゆったりとした気分でお湯につかる。
これでいい、これ以上考えなくていい。
また別の男を捜せばいい。



きっと今度は受け入れてくれる。そう思うから。



11.27.2004
>>Text>>Home>>半年記念目次へ