3・鳴り止まない携帯(彼女に愛を僕に勇気を)

※本編の春〜夏編の間のお話になります。

 最近見慣れぬナンバーからの着信が残されている。ワンギリかいたずらか、最初はそんな風に楽観していたんだけど、日増しに増えていく着信記録に、少々薄気味悪いものを感じてしまう。
会社にいる間は基本的に、マナーモードにしている。だって、技術部の私に外部から連絡があるなんてありえないからね。家族からの緊急連絡なら会社の方を通せばいいわけで。
お気に入りのストラップがついた携帯をぼんやりながめながら、見知らぬ相手のことを想像する。
予想として、最悪なのが元彼。さすがに同級生だったから、どこから番号がばれているのか知れたものじゃない。念のために現住所は由美にしか教えていないから漏れる事はないと思うんだけど。でも、それ以外の人間というと、今のところ人から恨まれる記憶はないというか、たぶんね。

「着信拒否、かな、やっぱり」
「どうしたんです?」

自然と声が出ていたのか、私の独り言に先輩が反応する。現在はお昼休みで各々がお昼を食べ終わった後、休憩時間を満喫している。

「いえ、ちょっとワンギリがすごくって」
「ああ、なんかはやってるらしいね、同じ番号ならサクっと拒否しとけば?」
「そうですね」

曖昧に微笑んで、携帯をバッグの中へ仕舞う。
拒否できなかった番号は日増しに着信回数を増やしていき、私の携帯の着信記録は全てそのナンバーで埋まっていった。





「理佐さんどうしたんですか?なんか考え事?」

相変わらず犬のように私の後をついてくる大越さんが心配そうに顔を覗き込んでいる。
いつものような帰り道、なぜだかくっついてくる大越さんと同じ車両に乗っている。

「や、別に」

今日はじめてつながった例の番号。わざわざ掛けなおす事はなかったけれど、ずっとそのコールに答えるタイミングを狙っていた。
いきなりぶつけた『誰?』という問いに、相手は『返して』と答えてきた。
間違い電話なのかと思った瞬間、彼女は「卓也を返して」と哀願した。
なんとなく、卓也かその関係者ではないかと薄々感じていた自分の、番号を拒否しきれなかった複雑な思いが交差していく。
『私はもう知らないし、会ってもいない。だから私には関係がないから』
そう言いきった途端に通話が終了した。
本当は彼女もわかっていたはずなのに、私が卓也と全く関係がなくなっているということを。
そうでなければ、私が基本的に携帯に出ることができない日中にかけてくることなどしないと思う。夜や土日にはかけてこなかったから、彼女にしても、最後の解決の糸口を切ってしまうのが恐かったのかもしれない。

「なんでもないって顔色じゃないですけど」
「なんでもないったらなんでもないの、大越さんには関係ないですから」

私のツンツンした受け答えにも、苦笑いしたのち穏やかな笑顔を見せてくれるこの人に、これ以上のやつあたりはしたくないなんて思ったりするのは、少しは情がわいているからだろうか。
目的の駅が近づくのを溜息を堪えながら待つ。
明るい話題を提供してくれるこの人に、空回りの笑顔を貼り付けながら。



 嫌な気持ちを振り払うかのように、ゆったりとお湯につかる。
湯上りにウーロン茶を飲みながら、リモコンの電源ボタンを押す。
再びなる携帯電話。
ワンコールで終わらない呼び出しは、一呼吸置いて番号を確かめている間にも鳴りつづけている。

「もしもし?」

目をつぶり、気持ちを落ち着かせる。

「ごめんなさい・・・」

昼に耳にした彼女の声が再び携帯越しに聞こえてくる。

「ううん、別に・・・」

それ以上の会話がない二人の間に沈黙が続く。
彼女がどうして電話をかけてきたのかも、どうして今謝ってきたのかもわかってしまったから。

「ごめんなさい」
「いや、本当にいいから」

二言目の謝罪は電話を掛けつづけてきたことに対するものなのか、卓也とのことを指すものなのか。

「あの人・・・。ううん、なんでもない。本当にごめんなさい、もうかけたりしないから」
「うん・・・。わかった。こっちも番号全部消しておくから」
「ごめんね」

最後まで謝罪を繰り返した彼女との通話が終了する。
約束どおり、私は全ての番号を消去する。
きっともう彼女からの電話はこない。


冷蔵庫から平日には余り飲まないビールを取り出す。
コールの回数だけ彼女が悲鳴をあげているのかもしれない。
ビールの苦味と冷たさが喉に広がっていく。
ああなっていたのは私なのかもしれない。



8.12.2005
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