「これは・・・」
部屋に入った瞬間、荷物をもったまま立ち竦んでしまった。
何度か目をしばたかせて目の前にあるモノを確認する。
それはやっぱり最初に見たままで、当然想像していたモノに変化するわけもない。
「俊也さん?」
心配そうに自分の後ろに立っている香織ちゃんが私の名前を呼ぶ。
「え?」
私の背中からひょっこりと顔を出し、部屋の真ん中に居座っているものを見てやっぱり驚きの声をあげる。
「ツインって言ったはずなのに」
その声はやましい心がなくても言い訳のように聞こえ、本当にこれっぽっちもヨコシマな心はないのに慌ててしまう。
「だ、大丈夫ですよ、若先生、私床で寝ますし」
視界を圧迫するようなダブルベッドの前でそう言い繕う香織ちゃんは不思議そうな顔をしてこちらを覗いている。
「いや、その・・・えっと、部屋をかえよう」
「でも、今日はいっぱいだっていうお話では?」
だからこそこんな間違いも起こりうるのだろうけれど。
「それに一応夫婦ということだから、うっかりしてしまったのかも」
そう、無事合格して後は卒業式を待つばかりといった香織ちゃんを卒業旅行と称して連れ出したのは、ちょうどこちらで学会があったからだ。だから入籍も秒読みで、どさくさ紛れに同じ苗字で申し込んでみた。自分の年の男が香織ちゃんを連れ込むのはあらぬ疑いをもたれそうで嫌だったのもあるけど。
「この場合男が床に寝るべきで」
「でも、私の方が若いです」
こんな時になんだけど、若いという部分に少々傷付いたりして。
二人して同じ主張を繰り返しながら一歩も話は前へと進んでいかない。
せっかくの二人きりの旅行がこんな時間で潰されるのはもったいない気がする。香織ちゃんもその事に気が付いたのか、サラッと当たり前のように提案をする。
「あの、一応夫婦なのですし、同じお布団で寝てもいいと思うんですけど」
「えっと……。それは確かにそうなんだけど」
香織ちゃんは正直なところ精神的な年齢が幼い。それは養育歴を鑑みれば仕方がないことなのかもしれないけれど、それにしたって耳年増なことが多いこの年齢の女性が当たり前のように知っていそうなことをまるっきり知らなかったりする。どうやら学校での交友歴にも問題があったらしい。それに気が付いたのは最近のことで、しかもやっぱりというか早季子さんが気がついてくれた。こう言うときに男所帯はダメなんだと痛感する。
だから、香織ちゃんとしてはきっと素直にベッドが狭くなるから同衾したくないのだ、と、そう思っているのだろう。
別に大人の余裕を見せ付けているわけじゃないけれど、現在の香織ちゃんを今すぐにドウコウするつもりはない。と、はっきりきっぱり神に誓えるかというと、微妙だけど。でも、見た目とは違って中身が子どものままの香織ちゃんとそういう関係になる、というのは本能は置いておいて理性ではブレーキがかかっている。光源氏に対する紫の上のように、兄だと慕っていた男性に突然裏切られたら、どれほど衝撃を受けるかわからないわけじゃない。まして、香織ちゃんの精神状態を考慮すればだ。
なるようになる、と能天気に構えるわけにはいかない。妹としても一生側にいてくれなくなるのなら、いっそこのままでいい。
いや、それは臆病風に吹かれた大人の言い訳かもしれないけれど。
「香織ちゃんが嫌じゃなきゃ…。このまま、でいいかな?」
「はい、私は構いません。寝相もそんなに悪くないですし」
クスリと笑う彼女は本当にあどけなくて。この人と婚姻関係を結ぶのだと思うと罪悪感が芽生えてしまう。
「じゃあ、荷物置いて遊びに行こうか」
「はい」
嬉しそうにはしゃぐ彼女を横目に、夜眠れないであろう自分の姿がよぎる。
そのうち滝にでも打たれなくちゃいけないかな。
「俊也さん?」
「行こっか」
差し出した手を照れくさそうに握る彼女。
願わくばその笑顔だけはずっとこのままでいて。