6・キラキラ光る



 同窓会なんていうものに参加しようと思ったのも、山名が来ると小耳に挟んだからだ。
結局、告白どころか遠目から眺めるだけだった俺にくれた千載一遇のチャンスだと、その時には思っていたんだよな、今更ながら。





「久しぶり、山名さん」
「お久しぶり」

小首をかしげながら挨拶を返してくれた山名はひょっとして俺の名前を忘れてしまったのか、それとも元から覚えていなかったのか。少々がっかりしながらもさりげなく名前を告げる。
相変わらず目立たないようにひっそりと立っている彼女だけど、先程からチラチラと男たちの視線に晒されている。さすがに少しはそのことに気がついているのか、居心地が悪そうにしている。親しくもなかった俺が行き成り話し掛ける姿を見て、露骨に悔しそうにしている連中の姿が見て取れる。

「ちょっと雰囲気変わった?」
「そう?自分じゃ良くわからないから」

曖昧な微笑を湛えている彼女は、3-4年時が経っただけとは言い難い変貌を遂げていた。しかもいい方向に。
元々顔立ちも悪くないし、性格は、よくわからないけれど、悪くないとは思う。それでも中学時代の彼女が目立たなかったのは、彼女がそう仕向けていたからだ。存在を押し殺すように、目立たないように目立たないように。
だけど、今の彼女は、相変わらず目立たないように振舞ってはいるけれども、それでも隠し切れない艶のようなものを発している。
その変化に嫌な予感がよぎる。
慣れない視線に戸惑っている彼女を壁際まで誘導して、ちゃっかり二人きりになる。
彼女はこういった、自分がいうのもなんだけど下心満載の男心には気がつかないのか。

「医療系だっけ?進学先」
「・・・えっと、良くご存知ですね」

軽く驚きの表情をみせる彼女がとてもかわいい。あまり近くにいけなかった3年間を思うと、この距離に鼻血がでそうだ。

「看護婦さんとか?いや、白衣なんて山名似合いまくりじゃねーの?」
「ははっ・・・。技師希望だから八木君の言う白衣は着ないよ、たぶん」

苦笑しながらも彼女が答えてくれるのが嬉しい。いや、看護婦(※)でも技師でも山名ならかわいいと思う。

「患者さんにももてるだろうな、あ、俺予約しといていい?」

お調子者の性なのか、次々と軽い言葉が飛び出してくる。

「八木君はあんまり必要なさそうだよね、病院」

やっと俺に慣れてくれたのか多少リラックすした表情で山名が笑う。
貴重な笑顔が見れた嬉しさに浸る余韻もなく、俺らの間に無粋な声が割ってはいる。

「ごめん、話中に・・・、でもさ、すっごいこと聞いちゃったんだけど!!!」

ハイテンションで会話に加わる彼女は良くクラス委員なんぞをやっていた元気少女だ。当然山名とは対極の位置にあるほど目立っていたはず。そんな彼女が興奮を押さえきれない様子で山名に突撃してくる。その雰囲気に気圧されたのか、後退りしたそうにしているものの、残念ながら後ろは壁に阻まれている。

「山名さん、結婚したんだって!!!!!」

突っ走ったテンションでとんでもないことを口走っている。って、オイ待て、今なんて言った?
彼女の言葉が脳内に届かないうちに、素早く反応した周囲の女どもがたかりだす。
確かに同級生の中には、子供のいるやつやバツイチのやつだっているけれども、だけどよりにもよって男性の影どころか人間関係ちゃんとやってますか?と問い掛けたくなるような山名が結婚?

「うそ」「はやすぎー」「デキ婚?」
フリーズしたまんまの俺をよそに、様様な言葉が矢継ぎ早に飛び出してくる。そんな女性陣の迫力に敵うわけもなく、あっという間にその輪の中から弾き飛ばされてしまう。
取り残された俺は、さっきから悔しそうな視線を飛ばしまくっていたクラスメート連中と混ざる。

「そういえば、彼女指輪してたよな・・・」
「しかも左手に」

それには俺も気がついていた。あまり装飾品をつけそうにもない彼女が唯一身に付けていたものが左手の指輪だったから。

「ただのリングだと思ってたけど」
「それにしては形もまんま結婚指輪だよな、アレ」

モテナイ男が肩を寄せあって恨めしそうに溜息をつく。

「でも、まだ10代なのに」
「俺、ここに来るまで信じてなかったんだけどさ、噂で聞いた話だと、若月医院の若先生だってさ、相手」
「先生・・・」
「そう、お医者様」

スペックからして敵わないというか、なんというか。

「それじゃあ年上なんじゃねーの?」
「あー、確かに。若先生といっても30過ぎだったはず」
「山名とはひと回り以上も離れてるじゃねーか」

各々が見つめあいながらも再び深いため息をつく。

「ロリコン・・・か」
「ロリコンだね」

だからといってたぶん山名が手の届かない人になってしまったことには変わりはなく。
彼女の左手にはキラキラ光る結婚指輪。
その輝きに、顔も知らない相手の意地悪な表情が浮かび上がっているようで。

「結局あれは虫除けか」

その一言に山名に片思いしていた俺も、今日目をつけた連中もがっくりと肩を落とす。
敗者復活のない不戦敗・・・そんな言葉が浮かんでは消える。

8.23.2005
修正:7.12.2007
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