パチパチと静かな音をたて、手に持った線香花火が燃えている。小さな光のタマをつけたそれは、徐々に華やかな火花を散らし、最後には静かに光を落としていく。3人でやるには多すぎるぐらいの花火を黙々と点けては消化していく。まったくもって風情もなにもない無粋な自分に嫌気がさしつつ。
「これ、どうしたんですか?」
「残り物・・・」
物置を整理していたら出てきた、早季子さんの忘れ物。毎年毎年あの人は、「夏はやっぱり花火よね」といいながら近所のスーパーで花火を買い込んできていた。だけど、線香花火だけは早季子さんの性格に合わないのか、花火セットの中に組み込まれているそれはいつもいつも余っていた。それでも懲りずに買いつづけていたら、こうやって大量の線香花火だけが残される結果となってしまった。
「湿気てなくてよかったですね」
それ以上の詮索はせず、それとも早季子さんの癖を思い出したのか優しく微笑んだ少女がぼんやりと光を見つめている。
思えば、彼女がこうやって自分の中の日常風景に溶け込んでいったのはいつからだったのか。
「香織ちゃんみたいに若い子には地味じゃな・・・この花火は」
好々爺の雰囲気似見せかけた狸爺である親父がそんなことを呟く。
「大先生、私コレ大好きですよ」
祖父と孫といった風情を漂わせた二人が笑いあう。微笑ましい風景だと思わなくてはいけないのに、どこからか秋風が吹き始めたせいなのか、いつかはこんな光景も思い出になってしまうのだろうか、なんて柄にもなく寂しい気持ちになっていく。
「もう少し太らないと」
突然親父がこんなことを言い出す。季節柄、露出の多い彼女の両腕に視線を移す。
もうすぐ中学生になる彼女は、平均体重よりもずっと軽い。骨ばった体の原因を知っているから、だから、目にするたび胸が痛くなる。
「今はこれぐらいが普通ですよ」
それ以上の会話を遮るよう呟く。なんの表情も映さない顔で
能面みたいな無表情。
また、子供である彼女にこんな表情をさせてしまった。
昔はこんな表情ばかりだった彼女。3人で過ごす日を重ね、本来の子どもが持つ無邪気な顔を見せるようになったというのに、それでもまだ、先程のような表情が現れることがある。
彼女の受けた、いや、今でも受けている傷がどれほど深いのかその度に思い知らされる。
事情を知っている親父と自分ですら、そのことを掘り返されるのは辛いことなのかもしれない。現実逃避に来ている先で、現実を突きつけられたら彼女もたまらないだろう。最悪、避難場所を放棄してしまうかもしれない。
自分達親子はあくまで彼女にとっては他人。
そのことでどれだけ歯がゆい思いをしてきたかわからない。
気休めでも、一時凌ぎでも、今こうやって彼女が楽しんでいるように、彼女にとって逃げ場を常に確保しておくしかできないなんて。
「おまえがもう少し若ければ、香織ちゃんをお嫁さんにもらえるのに」
恨みがましい目で親父に睨まれる。
「そんなにかわいい息子を犯罪者にしたいのか」
「可愛いなんて形容詞、20年以上前から似合わん」
きっと、良く言葉の意味がわかっていない香織ちゃんと、彼女を挟んでにらみ合う馬鹿親子。
「なれるといいな、お嫁さん・・・」
ある意味結婚生活の嫌な側面を見続けている彼女は、将来にどんな夢を抱いているのだろう。
「なれるなれる、可愛い香織ちゃんならいつだって。でも、その前に絶対にわしに紹介すること」
約束と言って、小指同士で指切りを交わす。子どもじみた動作だけど、親父のアレは本気だ。目が笑ってない。
将来彼女が結婚する相手は、この狸親父を倒さないといけないのか。そう思うと、可愛い彼女を横合いから掻っ攫っていくであろう、まだ見ぬ男に少しだけ溜飲が下がる。
いや、これはきっと父性に基づく感傷に違いない。
まだまだ子どものままでいて欲しい。
どこからくるかわからない感情を持て余しつつ、再び線香花火に火をつける。