思えば、スタートが悪かった。
現時点における男運の悪さを総括するに、やはり一番最初の男は外せない。
非科学的だけどあの時にお祓いしておけばよかった。あいつとかかわったせいで、私から男運というものがなくなってしまった気がする。

「普通、よね。部活の先輩後輩同士のお付き合いって」
「表面上は普通。中身はどっぷり変態。だから、別れるにしてもなかなか理由をいえないし、わかってもらえないしで、しばらく私が悪者になったもん」

なんとなくずるずると進んだ大学院生活にも馴染み、こうやって真夜中に研究室でディープな話が出来る程の関係も築く事ができた。

「私にはいつも白のハイソックスをはいていて欲しい、って言われたって、周りに言えるわけないじゃん。中学生だったしさ」
「それだけだったらちょっとフェチ入った人ってかんじじゃない？」
「・・・・・・その格好でしか欲情しないって言ったら？」
「それは、なんと言うか、ご愁傷様ってかんじ」

・・・の最中にもソックスをはくことを求めているのだから、その時点で気が付くべきだった。真っ裸に靴下って、思った以上に間抜な姿だと思うけど、全部脱いだらダメだったんだから、念の入ったフェチだよな。 今も彼は元気に白ソックスを穿いてくれる女性を探しているのだろうか。同年代ではなかなか折り合いがつかないと思うけど。

「次こそはまともな相手と、で同級生？」
「そう、同級生と清く正しい男女交際」
「結局それもはずれだった・・・わけね」
「その通り、骨の芯までどっぷりマザコンだった」

優しそうな外見通り、確かに彼は優しかった。最初があれだった私は、それでも随分彼にのぼせ上がっていたのだから。
だけど、やっぱりひっかるところはあったらしく、清い交際は清いままだった。もっとも彼の方からそういう素振りは一度もなかったのだから、お互い様だったのかもしれない。

「なにせ、高校生にもなっておかーちゃんと風呂に入るぐらいだから」
「・・・・・・。引きがいいわね、あなたって」

しかも、それが一般的にどういう風に見られるか理解していなかったところが、さらに痛かった。どおりで同級生男子達に哀れむような視線を浴びせ掛けられたはずだ。あいつら全員、やつがママと一緒にお風呂に入って、ママと一緒に寝て、みかんの皮はママに剥いてもらって、おまけにあーんしてもらうって知ってたんだ。
それでも、これがおかしなことだと断言できなかった私は我慢強く交際したのだね、時間の無駄とも知らずに。だけど、やっぱりおかーちゃんの壁は厚く、私との交際に感づいたママンは激しく私の親へクレームを入れるだなんて。彼に抗議するものの「ママは悪くない！」の一言でやっと目が覚めた。
風の噂で、彼女に逃げられつづけているらしいって聞いたけど、きっと根本的な原因には気が付いていないんだろうな、彼は。

「普通そんな年でそんな強烈な相手に出会わないって。ある意味くじ運が強いんじゃないの？で、次は？」
「年齢が近いのはもうコリゴリと思って、うんと年上、しかも高校の先生」
「うわーーー、基本押さえてるねぇ」
「基本？基本か？？？」
「禁断の恋ってかんじじゃん」
「そんなにいいもんじゃないってーの。ばれそうになったらさっさと切られるし」
「おまえしかいない、とか、永遠の女だとか恥ずかしい事いいまくっていたけど、結局逃げ足は一番速かったぞ、この男」

普通の公立高校でも、やっぱり生徒と教師の恋愛は禁止だ。私としても、周囲に隠し事をしている、といった禁断めいた恋愛ごっこに酔っていたのは確かだ。だけど、現実はやはり厳しい。私たちの噂が立つにつれ、あっという間に彼は私の元を去っていった。一言も言わずに。

「しかも、次の赴任先でもちゃっかり彼女作ってるし」
「あ、そっちはバレたんだ」
「うん、だって在学中にデキ婚だもの」
「・・・・・・自分じゃななかっただけ良かったと思わないと」

さすがに、在学中はひた隠しに隠してはいたけれど、卒業、即結婚、しかも6月には出産だなんて、在学中に仕込まないと無理じゃないか。ついでに言うと現在は３児のパパになっているらしい。

「まあ、おかげさまで大学にもいけて、おまけに大学院にまで進んだけどね」

でもやっぱり、楽しそうに奥さんをしている彼女の話を聞くにつれ、それが私じゃなかったことが、ちょっぴり悲しい。

「そっから先は知ってるけど、やっぱり全部変」
「これだけ続くってことは、私に何がしかの原因があるってことだよね？」
「や、ちゃんとまともな男も近寄ってるじゃん、選ばないだけで。数だけを見たら、もててるし」

他の人間には簡単に見破れる程の欠点が、どういうわけだか私には魅力的な部分に映るのだ。ろくでもないやつだと、直ぐに気が付くのだけど。

「なんだろうねぇ、瞬間的に網膜にフィルターが張られるかんじだよね。駄目男がいい男に見える。しかも短い間しか効かないの、そのフィルター」
「すぐにのぼせる性格が悪いと思うんだわ、やっぱり」
「突撃して撃沈して、でも浮き上がってって、不屈の闘志だけは尊敬してあげる」
「それはそれは、ありがとう。私も少しは学習したから」
「で、結局、本日のメインは？」

実験中だというのに、軽くビールなどを飲み干している私たちは、お互いほんのりと染めた頬をしながら、わけのわからない話をしている。とてもじゃないけど、先輩後輩には聞かせられない話だ。

「理学部の鈴木先生」
「ん？？まあまあじゃない？顔は」
「そうじゃなくって」
「ああ・・・、いいんじゃないの？直感だけど」
「うん、私の直感より１００万倍信じられるし」

私と彼女は工学部だけれど、化学系に所属しているため、理学部の化学系の科とも交流がある。そんな中で、鈴木先生とも出会ったのだけれど。

「いつのまに知り合ったわけ？」
「うちの先生のお使い」
「ああ、そういえばあそこにしかない本があるとかないとか」
「そーいうこと。何でか知らないけど、気に入られてしまった」

学生の身分で、先生とお付き合いするということを、本当は恐れている。高校生の時と今の私の立場では違うとは思うけど。

「いい人、とは言い切れないけど、少なくとも今まで見てきた中で一番いいと思う」
「・・・やっぱりそう思う？どうりで食指が伸びないわけだわ」
「ほーーー、だったら、正解じゃない？彼」

なんとなく、ときめくものがないのだ、彼に対しては。今までの彼氏達には一瞬にして燃え上がるような気持ちが芽生えたものだ。あっという間に燃え尽きたけど。

「とりあえず付き合ってみたら？」
「好きになれなかったら？」
「そうやって断らない時点で少しは気に入ってるんじゃないの？」

そうなのだ、以前の自分なら、即効でお断りしている物件なのだ。断られた男達は、やっぱりそれぞれいい男で、その後きっちりいい恋人を見つけて幸せになっている・・・らしい。

「後一年で学生生活ともオワカレですし、いいんじゃないの？彼」

こうやって彼女に相談しているのも、本当はただほんの少し背中を押して欲しかっただけなのかもしれない。
２本目のビールを空ける頃には、丑三つ時をとっくに越えていた。

「徹夜決定ってかんじ」
「お肌に悪いよなぁ」

そう言いながら、二人ともディスプレイの前に座りなおす。
本気でやりはじめないと締め切りは待ってくれない。
とりあえず、明日の報告会が終わったら、返事をしにいこう。
何かが変わるかもしれないから。

短編「運試し」の綾に似ていますけど、彼女よりずーーっとたくましいです。
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