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「まさし君、これここでいいの?」
「あー、ちょっと待って。今行く」

隣の部屋から忍さんの声がする。慌てて今やっている作業の手を止め、彼女のいる部屋へと向う。
何も置かれていない剥き出しの畳の上に、ダンボールが幾つか無造作に置かれている。その箱を開け、彼女が途方に暮れている。

「ごめんね、自分だけじゃ判断できなくて」

申し訳なさそうにしている彼女に大丈夫、とうなずき、ダンボールの中を確認する。
こんなことだったら最初から外側に使用する部屋の名前を書いておけば良かった、なんて後から思うことで、それでもこんな煩わしさもこれから彼女と一緒に暮らしていけるのだという嬉しさの方が遥かに勝っている。
二つ年上の忍さんとは大学時代の先輩後輩で、自分は一方的に淡い恋心なんていうものを抱いていたものの、それ以上でも以下でもない関係だった。だから、こうして社会人になって、同窓会で再開した忍さんとあんなことやそんなことを乗り越え、今こうして同じ部屋をシェアする関係になれたなんて俄かには信じられない。
現実だよな、なんて思いつつ荷解きを続ける。
二人しかいなくても、そもそもモチモノが少ない同士だから日が暮れる前にはなんとかなるなんて思っていたら、突然玄関のチャイムが鳴った。
当然まだ引っ越してきたばかりで、近所に知り合いらしい知り合いはいない。新聞かなにかの勧誘だろうと、無防備にもあっさりとドアを開けてしまった。
ドアを開けた瞬間目にしたのは壁。
や、ドアを開けていきなり壁なんてそんな造りはしているはずもなくて、視線を下に向ければ規格外に大きなスニーカーが2足。恐る恐る上まで視線を上げるとそこには作り笑いに隠し切れない怒りの感情を滲ませている大男二人の顔があった。

「こんにちは・・・」

気の利いた言葉の一つも出るわけもなく、すっかり動転した俺は凡庸な挨拶の言葉を口にする。

「はい、こんにちは」

軍隊の復唱のように綺麗に挨拶を返してくれるこの人たちのことは嫌と言うほど知っている。だけど、身体に染み込んだ恐怖心が彼らの存在を認識することを頑なに拒んでしまっている。そうこうしているうちに、固まったままの自分の後ろから忍さんの声が聞こえてきた。

「兄さんたち!!!」

ああ、そうだ、この雪男に海坊主みたいなごっつい男二人は、あんなに可憐で華奢な忍さんの兄さんたちだったと改めて認めざるを得ない状態になった時には、二人とも自分の脇を通り抜け、忍さんを代わる代わる抱きしめていた。

「どうしたの?突然」
「手伝いが要るだろうと思って」

その言葉に何がしかの意味を汲み取ってしまうのは小心者の鬱屈した精神のせいでしょうか。

「別に、そんなに荷物もないし二人で大丈夫なのに」
「いや、こういう力仕事は男の仕事だ。忍はそこにでも座って指示を出してくれればいいから」

忍さん相手には掛け値なしの穏やかな笑顔を見せ、両脇に陣取っている。
彼女が再度遠慮する言葉を伝える前に、二人の兄はてきぱきと荷物を仕分けはじめている。
固まったまま動けなかった自分も、ようやく作業に戻る事ができた。
黙々と、それでも二人だけでやるのとはけた違いのスピードで作業がはかどっていく。

「忍、お前の部屋はどっちだ?」
「部屋って、寝室の事?」
「まさか、一緒に寝る気じゃないだろうな」
「へ???えっと・・・寝室って同じじゃない?普通」

台所あたりでチマチマと荷解きを続けていたもう一人のお兄さんまで寄ってきて、それはだめだと言い始めた。

「でも・・・」
「でも、じゃない。お互い仕事をしているんだ。生活時間もずれるだろうし、お互い相手に迷惑をかけない空間ってものが必要なんだ」
「そうそう。残業で遅くなった時なんか、悪いだろ?寝ているまさし君を起こすのは」
「いえ!!大丈夫です!僕眠りも深いですし、それに僕の方が残業が多いと思いますし!」

慌てて兄二人の説得に掛かる。そういった自分の信念とは関係ない部分では彼女は安易に納得してしまう事が多い。ましてや、信頼しているであろう兄二人の言葉は彼女にどんな風に届いているかを考えたら、絶対絶対阻止しなくてはいけない。
何が哀しくてせっかく同棲までこぎつけたのに、別々の寝室で寝なくちゃいけないんだ。

「それはいけない、忍は眠りが浅いんだから、ますます別にしておかないと」

しかし、自分の言葉は墓穴を掘ったのか、二人の言葉に別の説得材料を与えてしまった。
案の定彼女は、「それもそうね、まさしさんにも悪いし、それにプライベートスペースって大事だし」
なんてことを言い始めて、新たな部屋割りを考え初めてしまった。
あまりの出来事に呆然とただ事態を眺めていたら、兄二人がニヤリと笑ったのが見えてしまった。
そうだ、やっぱりこれは新たな嫌がらせだったんだ。
そもそも溺愛している妹の同棲を許したのが奇跡だったんだ。



忍さんは面倒くさい女である。

といったのが大学時代の彼女の張られたレッテルである。
地元なので自宅から通っていた彼女は、門限はあるし今時携帯を持っていないから自宅の電話にかけなくちゃいけないし、それだけでも軽く声をかけようとした人間の何割かは弾かれる。
さらに、この二人の兄である。
彼女の前に通せんぼのごとく立ちふさがっている二人の兄は、悉く妹の恋路を邪魔してまわっている、現在進行形なのが悲しいばかりだが。
なにせこの外見である、それだけで軟弱な人間は怖気ずくこと間違いない。
だから、結局真剣に彼女と付き合いたい気持ちでいるものに、根性と根気がある場合にのみ、忍さんの近くにまでたどり着けるといった寸法となっている。しかも、それだって肝心の忍さんに嫌われていたらゲームオーバー。割が合わないと思う人間が続出しても仕方がない。
そんな中、鬼二人の迫害にもめげずなんとか忍さんの信頼を勝ち得たのは今世紀最初で最後の幸運だろうとやっかみ半分同窓生達に絡まれていたのに!
黙々と新しい部屋割りがなされ、新たに彼女の部屋となった元寝室に荷物が運ばれていく。
未練がましくそれらの作業を眺めながら、自分の部屋となった玄関近くの六畳間へ荷物を運ぶ。

荷解きを終え一段落ついたのは、午後3時を少し回った時だった。
夕食を取るにはもちろん早いし、だからといってここではまだ落ち着いてお茶など出す状態ではない。これはもちろん早々に兄二人にお引取り願って、なんて考えていたら忍さんから能天気にも「お茶のみにいきましょうよ、4人で」と、声を掛けられてしまった。
いや、とっとと帰れよ、なんておくびにも出せず彼女達の後にくっついていく。
相変わらず両脇をガードするように歩いている兄。
その間をひょこひょことくっついている妹。
兄弟がいない自分にとっては少しうらやましいかもしれない、なんて前向きに思ってみる。

「まさしくん?」

くるりとこちらの方へと顔を向け、自分の姿を確認する忍さん。
ああ、やっぱりかわいい。
にやけ顔をした自分に兄二人の視線が突き刺さる。
同居は許したけど、結婚なんてまだまだまだまだ許さないからな。
4つの瞳が確実にそう物語る。

かわいい彼女と部屋割りが変更された3Kの部屋。
寝室が一緒になる日はいつになるのだろう。

10.26.2005
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気楽なお話です。もうすぐお題が終わってしまいます。どこかからお借りしようかなぁ、短編用に
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