「寺林君と付き合ってるの?」
夏休み前の午後のキャンパスで唐突に訊ねられた。
緊張したときの癖で髪を耳に掛けながら、相手の目をじっと見る。
「あー、仲いいでしょう、二人」
名簿順で前後の私たちは授業や実習が同じ班であることが多く、確かに一緒にいることが多い。
私のほうはそれだけで隣にいるわけじゃないけれど。
話し掛けてくる女の子の隣には、同じだけ気の強そうな彼女が並んでいる。
言わなくても言いたいことは分かる。でも、聞きたくない気持ちが強くって。
「別に、付き合ってるわけじゃ・・」
言葉少なく答える。
その答えに嬉しそうに顔を綻ばせる彼女と彼女。次に私に牽制を送るような目つきで話し続ける。
その先は言わないで。神様に祈るような気持ちでぎゅっと手を握って耐える。
「分かると思うんだけどさ、この子寺林君のこと好きなのね」
やっぱり。
言葉にしなくても彼女の視線を感じていたから。どうしてあなたが彼の側にいるの?
そんな思いをいつもいつもぶつけてきてた。
今日私に近づいてきた時に、とうとう来たか、そう思ったもの。
聞きたくない。今私はちゃんと笑えているの?
「で、十川さんって彼のことどう思ってるの?」
そんなことあなたたちが聞くの?
言わなくちゃ、ちゃんと言わなくちゃ、そう思えば思うほど喉になにかがひっかかったようにうまく言葉を発することができない。
どうしよう。
きっとすごく困った顔をしている。
なかなか話さない私にいらだったのか、付き添いの女が口を開く。
「ただのクラスメートでしょ」
明らかに悪意のある顔で決め付けてくる。
ちがう、そんな簡単な言葉もうまくでない。
「これからはあんまり近づかないでよね」
そう言い切って二人とも去っていってしまった。
私も好きなの。
胸の奥にしまいこんだ言葉がとうとう表にはでてこなくて、代わりに涙がでそうになった。
慌ててハンカチを取り出して、歩き出す。
大学の真中で泣き顔をさらすの恥ずかしいから。
歩き出した私に聞きなれた声がかかる。
「ばかじゃねーの?お前」
突然声を掛けられたので思わず振り返る。
予想通りの人物が立っていた。
完全に戸惑って立ち止まっていると、彼の方から近づいてくる。不機嫌なオーラを隠そうともせずに。
私の頭に手を置いて頭の上から声を掛けられる。
「泣く程好きならちゃんと言えよ」
足元には雨粒みたいな水滴が少し。
「ちがう、泣いてない」
涙声で答える。
「ばーか」
頭に置いた手が肩を掴み、そのまま倒される。彼の胸に。
「や、ここ構内・・」
「知ってる」
悲しい気持ちと、驚きとで私の心の中はぐちゃぐちゃだ。
あまりのことに何も出来ずに固まってしまう。
「俺お前のこと好きなんだわ」
唐突な、本当に唐突な告白。
うまく息ができない。
なんていったの?
「で、今のシチュエーションっておいしいなんて思ってんの」
ようやく脳にも酸素が回ったのか先ほどの言葉を理解しようとしている。
スキ?好きっていった?私のこと。
それでもよく理解できなくて、彼の胸の中で固まったまま。
「嫌なら拒否しろよ」
そう言って私の頬に両手を当てて、彼の顔が近づいてきた。
何が起こっているか分からない。
睫毛が意外と長いなとか、綺麗な目の色だなとかそんなどうでもいいことしか思いつかなくて。気がつくと唇に暖かい感触。
彼の唇が触れたのだ、そう気がついた時にはすでに右腕をつかまれて歩き出していた。
「や、河口君、なんで?」
やっと声が出る。
「好きだから」
「でも・・・」
「聞きたくない」
強引に会話を打ち切られる。今まであまり会話をしたことがなくて、それでも困った時には助けてくれた彼の思考回路がわからない。
特に親しくしてきた記憶もないのに。
「十川さんが何を言ってももう噂になってるだろうし」
ついさっきの事を思い出して、また顔が熱くなる。
「付き合って、俺意外とお買い得だと思うよ」
綺麗な笑顔で言ってのける。
つられて思わず頷いた。
恋敵と思われる人から牽制された日に、彼氏ができるなんて。
人生よくわからない。
でも、流されてよかったのかもしれない。
あの日と同じ綺麗な笑顔で隣にいる彼をみてそう思う。
こうやって牽制してくる女性って本当にいるのですかねぇ。
あまりモテル人と親しくなった経験がないのでわからないです。
突発的短編。なんか最近短編ばっかり???
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