08.境界

「先輩、彼氏いるんですか?」

今年入った新人に無邪気に投げかけられた言葉。
彼氏という単語にすぐにやつの顔が浮かんだけれども、軽く頭を振って映像を蹴散らす。

「いないよ」

やや憮然とした表情で返したためか、まずったって顔をしている。
そうやってプライベートにずかずか入り込んでくるのは学生のときまでよ、覚えておいてね、なんて意地悪なことを考えたりもする。

普段仕事の忙しさに紛れて考えないようにしていること。
やつと私の関係は?
恋人同士、といってしまうにはお互いの存在価値がわからない。
私には奴が、くやしいけれど、必要かもしれない。
でも、逆は?
考えたくないことは後回し、そうして3年も経ってしまった。
貴重な20代を無駄にしているような気がしなくもない。

 お互いが合鍵を持つような関係だけれども、私がその鍵を自分の意志で使うことはほとんどない。
やつからの呼び出しがないと部屋へは行かない。
別に行ったところで嫌がられるわけじゃない、と信じてはいるけれど。
見たくもないものを見てしまいそうな気がして勇気が出ない。
お互いの間には見えない透明なバリアがあるんじゃない?
どちらが張っているとも言えないものが。

 境界を踏み出さないのは私なのかやつなのか。
全てを相手のせいにしてしまえれば楽なんだけどね。
大人の付き合い、なんて曖昧にして済ませていられるうちになんとかしなくてはいけない。
そう思いつつもずるい大人になった私は不透明な関係を選ぶ。

 本当に踏み込まないのは私のほうかもしれない。
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6.29.2004
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名前もでてない二人ですがシリーズ(?)第4段です。
自分の暗い部分をここに放り投げているおかげで他の作品が明るい気が・・
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