「この暑いのに?」
「はい、この暑いのに」
オウム返しに返事をするのはお向かいの女の子、香織ちゃん。
彼女がこの部屋で親父を交えてお茶を飲むのはいつものこと。
でも、今日は何か耳障りな言葉が聞こえたような。
「それはデートかな?香織ちゃん」
ニヤケた顔で親父が質問する。
小首をかしげながら考える。
「うーーん、どうでしょうか。グループですし」
事の発端は確か、彼女が明日遊園地に行くとか行かないとか言い出したことだ。
「それに、デートって恋人同士がするものでしょう?だから違いますよ」
いや、その前段階っていうのも充分デートだろう。少なくとも相手に気があれば。
「香織ちゃんはかわいいから狙ってる男の子も多いだろうに」
「なーに言ってるんですか、大先生。誉めても何にもでませんよーだ」
子どもっぽく舌をだす。
その口元を見て私が何を思ったかなんて、言えない、とてもじゃないけど。
それにしても彼女はどうしてこう自分に無頓着なんだろうか。
肩口で切りそろえられた髪も、そこから覗く白い首筋も、どこを見つめてるんだろう、
って思うぐらい潤んだ瞳も全てが扇情的なのに。
だめだ、想像すると止まらなくなる。
意識を窓の外に向けて平常心を保つ。
「でも、暑いから熱射病になるぞ」
これは医者として近所のお兄さん(?)として言ってるんだ。別にやましい気持ちはない。
「熱射病。そう、ですよね。やっぱり暑いですよね」
心配しているのは気温のことだけらしい。
私としてはもっと他のことに注意を向けてもらいたいのだが。
「倒れたら、ここに運ばれますよね?」
じっとこちらを窺いながら心配そうに訊ねる。
「まあ、近いし知らない仲じゃないし、そうかもしれないね」
「そうなったら看病してくださいね」
なんの計算もない無邪気な笑顔を向けられて、思わず赤面する。
自分がなんかとてつもなく汚い大人になった気分。
「ま、倒れないに越したことはないが、もしそうなったら看病してやる」
わざと小難しい顔をしてみせる。
内心が漏れないように。
安心したのか椅子から立ち上がり、帰り支度を始める。
「じゃあ、これで失礼します」
こちらを振り返りもせず帰っていってしまった。
「意気地なし」
親父の一言で現実に戻される。
何もかもお見通しって顔をしている。
「待ちくたびれてじーさんになるぞ」
余計なお世話だ。
彼女に本当に二人きりでデートする相手ができたら、平静でいられるかどうか。
そんな未来を予想してため息をつく。