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2011
相馬三社野馬追

23日   24日

鎮魂 〜社に響く哀悼の螺〜


地震と津波、そして原発被害に苦しむ南相馬市
津波で大きな被害を受けた東の地区
放射能汚染で避難を余儀なくされた地域

今なお先行きが見えず復興は進まない

野馬追の行事が大幅に縮小された24日
社に響く螺の音が夏空に吸いこまれていった
平成23年7月24日

相馬太田神社に中ノ郷のサムライ達が集まる。
皆、陣羽織の姿で甲冑武者も馬の姿もない。

相馬野馬追・祭場地の雲雀ヶ原は原発30km圏内で緊急時避難準備区域になっている。
雲雀ヶ原で行われてきた甲冑競馬・神旗争奪戦は中止され、
神事である例大祭のみが相馬太田神社で行われることになった。
相馬太田神社

震災後、4月にも訪れた太田神社

地震で倒れた燈篭も枯草で覆われた境内も
キレイに修繕・清掃されていました

社の周りは真夏の緑で覆われ
蝉の鳴き声がうるさいほど響いています
神社に集まる中ノ郷のサムライ達

華やかな陣羽織姿の彼等に
馬に跨った時の威風堂々な雰囲気はなく
「いつもの彼等」という感じ

震災後、久しぶりの再会

皆とても笑顔で明るい雰囲気
元気な姿を見れてとても安心しました
午前11時

社の前にサムライ達が並びます
その顔は先程とは違って神妙な面持ちに

社に向って左側にサムライ達

右側には大勢の観覧客と
カメラを構えた報道関係者が集まりました
礼螺っ!

前列に並んだ螺役達が螺を吹きならす

「螺に始まる相馬野馬追」という意だけではなく
震災で亡くなった人たちへの鎮魂の礼螺

蝉の鳴き声をもかき消す螺の音

低い音は鎮魂を
高い音は哀悼を
そんな想いがあるように感じました
礼螺が止む

辺りは再び蝉の鳴き声で満たされます

軍師・軍者、侍大将達は社の中へ
これより例大祭が執り行われます

社にはそれほど大勢は入れません
多くのサムライは外にて祭礼を見守ります

社の中から笛と太鼓、雅楽が聞こえてきました
雅楽が止み、再び礼螺の号令がかかります

社の中から響いてくる螺の音
外にいるサムライ達も俯き黙祷します



そんな表情を撮影する報道者
社の中や外にもカメラを構えた人が
大勢集まっています
太田神社に集まった観覧客と報道者

社の中は神聖な場所
相応の立場でないと入ることは元より
覗くこともいけないように自分は思います

だから自分は入らないし中も覗かない
しかしそんなことお構いなしで撮影する人達

今年は仕方ないかもしれませんが
やはり複雑な気分です
社での神事が終り境内を出てくるサムライ達

この後、社務所前にて直会が行われます
直会(なおらい)は単なる打ち上げではなく
神事の行事の一つです

……とは言うものの
席に並べられた弁当にお酒
雰囲気的には食事会の様相です

そんなところも報道関係は撮影します

「皆に見られながらの飯なんて変な気分だ」
と苦笑するサムライもおりました
アチコチでインタビューをしている光景が

震災直後、馬の避難に奔走した國分氏
昨年の各所でのイベントでもお話しし
「ウチの馬も見に来てよ」と誘われていました

震災直後、馬のために奔走し
その後、石川県に避難
電話で無事を確認してはいましたが
顔を合せるのは本当に久しぶり

皆さんの元気な姿が見れて本当に嬉しかったです
直会ももうじき終り

相馬野馬追 軍歌 「相馬流れ山」の斉唱
音頭をとるのは山本軍者です

法螺貝の音と相馬流れ山

この二つを聞いていると
相馬野馬追への想いが心を満たします
直会の終り

螺に始まり螺に終わる相馬野馬追
散らしの螺の音が境内に流れる

鎮魂と哀悼
そして 「来年こそは」 という
相馬野馬追への想い

様々な想いを乗せた螺の音が境内に響く


相馬野馬追24日の行事は
あっという間に終了しました
大原騎馬隊

いつも自分がお世話になっている大原の人達
皆様無事で元気でやっているそうです

大原だけではない
野馬追のとき、声をかけてくれる人達
競馬大会で活躍している人達

皆様無事で元気な姿を見ることができました

いつもの野馬追は見れなかったけれど
皆の笑顔が見れたこと
それが24日の一番の嬉しい出来事でした
副軍師・佐藤様や皆様の陣羽織
様々な龍の絵柄が素晴らしい

直会の後、大原騎馬隊と打ち上げに

「ホームページ見てるぞ!
しっかり作れ!」

と毎回、激励を頂いております


皆さまも元気で、来年こそは
再び大原騎馬隊の進軍が見れることを祈ります
「 来年こそ相馬野馬追を 」

雲雀ヶ原に掲げられた横断幕

来年は再びこの雲雀ヶ原で
相馬野馬追が行えることを祈りたい

鎮魂と復興

震災で亡くなられた人達に
これからを生きていく被災者たちに
想いはきっと届くはず

平成23年度 相馬野馬追 終
翌25日の行事は自分は仕事のため見ていくことはできませんでした。
野馬懸は会場である相馬小高神社が原発から20km圏内にあるため
代替地の多珂神社にて行われました。

行事は野馬懸ではなく、上げ野馬神事として神馬を神前に奉納したそうです。

昨年の相馬野馬追レポートにて記したこと……
「野馬懸は絵馬の原型。
 願い事を託す絵馬を今なお原型で託す相馬の人々の願いはどんなことでしょう」

相馬の人々の願い……今年はまさに鎮魂と復興です。
相馬野馬追の行事は縮小したけれど、想いは大きくなって託されました。

原発では今なお地元の人達も含めて必死に作業をしています。
相馬野馬追に出ていたサムライ達も原発や関連施設で働いてる人が大勢います。

原発の安定・放射線の除染・町の復興・風評問題……
まだ先は長く、先行きも見えません。

それでも
今年、相馬野馬追は行えました。
今までのような野馬追が再び行えるその日まで

頑張ろう!希望を持ち!強くなる!
 
▼戯れ言

と言うわけで24日の相馬野馬追レポートもようやく完成です。(^^ヾ

当日はもう少し何かあるかな?と期待もしていましたが
開始時間前の太田神社も街中も特に変わりはありませんでした。
レポートは言葉で雰囲気を膨らませていますが
例大祭も直会も、当日はそれほど感慨深く感じなかった気がします。(^^;

でも久しぶりに皆に会えたことは本当に嬉しかったです。
國分さんや前田さん、中ノ郷の皆様や観光交流課の方々。
皆が元気で笑顔で再会できたことがなによりの出来事でした。

野馬追も終えて一段落。
また来年に向けて、と先走るよりも今は日々のこと、これからのことが大変です。
野馬追は終ったけど今後も自分は相馬に赴き、出来ることを何かしたいと考えています。

とりあえず今年の野馬追レポートについては、一応もう一つ作る予定です。(^^ヾ

23日

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