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相馬野馬追振興
相馬歴史探訪& 房総一人旅2011

初発神社と相馬野馬追
パート2

さまざまな相馬の妙見さま

2010年の秋に巡った標葉郷の初発神社
初発神社は相馬や鹿島、飯館にも存在します

歴史に想いを馳せて巡る野馬追の郷
疑問が謎を呼び、妄想を膨らませる……

改めて相馬の歴史を追ってみました(^^ヾ
震災から9ヶ月が経ちました。

野馬追の後、東京や坂東市のイベントに赴き、被災馬に会うため北海道にも行きました。
しかし南相馬には野馬追以来、一度も行っておりません。

被災地が今どうなっているのか……と言うことも気になりますが、それを目的で行くのもなんだか気まずい。
それならば以前から気になっていた初発神社巡りでもしてみようと思い立ちました。(→ 関連 昨年秋の標葉歴史探訪
……って、その方が余計にばつが悪い感じもしますが。(^^;
だけど「南相馬に行きたいっ!」という気持ちは強かったので、1泊1日でとりあえず赴きました。
訪れたのは12月11日。
震災からちょうど9ヶ月目でした。

前日の夕方に仕事を終えて、その足で南相馬へ。
道の駅に着いたのは日付が11日になった頃でした。

南相馬の道の駅にはクリスマスらしいイルミネーションが。

そういえば小高もこの時期になるとアチコチで
凄いイルミネーションがあったそうですね。
見てみたかったなぁ……いつか復活できるかな?
翌朝。まずは雲雀ヶ原へ。

観覧席である山はススキで覆われていました。

走路も雑草が伸びて荒れ放題。
砂の上の足跡は散歩で来ている人と犬のものだけ。
馬に乗りに来ている人はずっといないようです。

……と言うか、この季節に馬乗りする人はいないですよね。
この時期に馬の足跡が無いのは前から同じ。
悲観することではなかったですね。(^^ヾ


車を走らせて本題の初発神社に向いました。
初発神社 〜鹿 島〜


北郷本陣から北西におよそ1キロ
田畑の中に木々で囲まれた盛山の上に
ひっそり佇む小さな社

後になって知ったのですが
社の建っている小山は古墳だそうです
元々鹿島町内にあった神社を
明治時代にこの場所に遷されました
質素な雰囲気の社と神額(ページTOPの写真)
パッと見たところ妙見様の象徴・九曜紋が見当たりません
社の周りを見てみると鬼瓦に小さい九曜紋がありました


この神社の石碑も地震の影響で幾つか倒れていました


またこれも後になって知ったのですが
この近くにも鼻取地蔵があるそうです
大熊の鼻取地蔵とは少し話が違いますが
関連性があるのか気になりますね
鹿島は相馬野馬追では北郷の地域になります。
北郷のことも自分はまだ知らないことばかりですし、興味を持っています。
「野馬追は北郷にあり」「明治に入り野馬追の功績のあった北郷」と言われていますが
具体的にどんなことがあったのか、他の郷とはどこが違うのか。
機会があれば詳しい方からお話を聞きたいです。

さて。さらに北へ。相馬市内に向います。
初発神社 〜相 馬〜


中村城の東側、市役所の北側の町中に
ひっそりと佇む”庶民の”初発神社

相馬の妙見様(初発神社)とは相馬中村神社
その社は中村城内に鎮座しており
武家によって信仰されていました

この社は町民のための妙見様であり
町の守護神として祈り奉られています
町中に隠れるように建つ鳥居と社

相馬の武家と町民
身分の違いを象徴するかのような社

しかし境内の立札に書かれた由緒には
神事(野馬追)を通しての 「上下相和」 が記されている

野馬追を通して町民も城内の妙見様に
祈り奉ることができるようになったのでしょう

故にここの神社は質素な姿のまま
ひっそりと残っているのかもしれません
中村城大手門には正月に向けての立て看板が。


さて。
今回、相馬に来た理由の一つが中村城にあります。
以前インターネットで下のような記事を見つけました。
相馬・新市民会館の建設予定地に城堀跡。建設か、保存かで議論二分。

新しい市民会館が計画されている福島県相馬市で建設予定地をめぐって議論が二分している。
予定地に福島県史跡である相馬中村城の堀跡があるためだ。
市は東日本大震災で中断した事業の再開を表明したが、市民からは保存を求める声も出ている。
市は『計画通りに堀跡の上に建てる』案と『場所をずらして残す』案とでアンケートを行い結果を参考に決定するとしている。

新市民会館は、2010年5月に中村城東側に隣接する市有地に建設することが決まった。
2013年の完成を目指し今年から建設を計画していたが震災で中断。9月議会で事業再開に意欲を示した。

建設予定地は工場跡地で、会社が撤退後に市が購入。調査した結果、南北に伸びる堀跡が確認された。
長さ65メートル、幅7〜13メートル、深さ1.5メートルで、「東三の丸」を囲む堀の一部とみられる。
石垣がはっきり確認できる場所もある。石垣の沈下を防ぐ「胴木」という木材なども見つかっている。
こんな記事を見ては城好きにはたまりません。(^^;
結果がどうであれ、残っている姿が見れるならと考え
建設予定地に行ってみました。

……が、そこには堀跡らしきものがありません。

場所が違ったのかな?と考え近くのお店で聞いたところ
場所は合っていましたが、見つかったのは随分と前のことで
敷地は震災時には自衛隊の駐屯地に使うため
再び埋められてしまったとか。

……と言うことは、怪しいこの囲いがその場所なのか
それとも近くの砂利が敷き詰められた辺りなのか……。
なんにしても期待していた光景は見れませんでした。


ちなみに市民アンケートの結果では
『場所をずらして残す』そうです。
完全にずらすのではなく、一部は埋めてしまうようです。


相馬中村城は周囲を囲む水堀なども残っているし
城内の道や橋、雰囲気など魅力のある城跡です。
できるだけ良い形で残して欲しいですね。

いずれ見学できるようになるのを待ちましょう。(^^ヾ
中村城内には馬とあゆむSOMAの厩舎があります。
以前いた何頭かは北海道・日高に移ったようですが
ここにもまだ何頭か残っていました。

せっかく相馬に来たのに馬に触れないんじゃ意味がない。
ここなら馬に触れられると考えての訪問です。(^^ヾ

訪問したとき、日本橋百年祭に来ていた人達が
ちょうど来ていて、厩舎の補修をしておりました。
と言うことはココの馬達が日本橋に来ていたのかな?
機会があれば、また出張イベントに出てほしいですね。
青空の広がる相馬。

もし震災が無ければ開府400年記念祭が行われ
関東からの常磐道延長も成されていたはず。

風光明媚と謳われた松川浦と魅力的な特産品、
週末開催となった相馬野馬追などをアピールして
観光事業をどんどん推進していったことでしょう。

相馬に溢れていた魅力と躍進への期待。
震災はそれらを奪い去ってしまいました。

それでも相馬は復興に向けて動き出しています。
震災後も残っている相馬の魅力。
野馬追や歴史的なところに、それがないだろうか。
そんなことを考えつつ歴史の片鱗を見て回りました。
歴史に触れ、馬に触れ、友人知人とも会えた南相馬訪問。

日曜日らしく公園には遊んでいる子供達がいてアチコチにあるお店には買物客が集まっている。
車の通行量も多く、活気はだいぶ戻ってきているなぁと感じました。
ただ今回は時間も無かったので多くは回れませんでした。
震災で大きな被災を受けた地域や人達は今なお苦しい生活を送っているのでしょう。
それを考えると複雑な気持ちになってしまいます。

さて。
最後に飯館の初発神社に寄りました……と言っても飯館を通るのは行きも帰りも夜の時間。
行きは急いでいたこともあったので帰りに寄ることにしました。
飯館村の西端、川俣町との境近くに初発神社があります。
神聖な場所も夜に訪れるとなんだか不気味です。
と言うよりも、むしろ罰当たりな気も……(^^;

強い風が注連縄を揺らしていました。
風の音も凄くて流石に怖かったです。

県道沿いにあるので結構頻繁に車が通ります。
自分の車はハザードを付けて止まってますが
通りすがる車は自分を怪しく思ったでしょうね。(^^;

でも車の灯りを消したら……幽霊と間違われたかも。(^^;
初発神社 〜飯 館〜


境の妙見社とも言われる飯館の初発神社
相馬二編返しで謡われる「伊達と相馬の境の桜」
境内にある桜と言われています

社の屋根には九曜紋がありました
建物は平成14年に建て替えられキレイな感じです


歴史的な雰囲気云々を感じるよりも
暗くて怖いので長い時間は居ませんでした(^^;
と言うわけで、足早に過ぎた1日。初発神社巡りでした。

昨年、標葉郷に興味を持ち、その取っ掛かりとして訪問した標葉郷の初発神社。
調べていくうちに疑問が生まれ、妄想が広がっていく。
今回の初発神社巡りも、その延長で興味を持っていたため実行しました。
野馬追の歴史、相馬の歴史……震災でそれどころではなくなっていましたが
いつまでも震災に引きずられるわけにもいきません。
相馬の歴史探訪はこれからも続けていきたいと思います。


さてさて。このレポートの標題にあります「房総一人旅2011」
毎年12月に行っている千葉の馬事文化めぐり&プチ旅行なのですが
今年は一週前に相馬に行くことを考えていたこともあり、あまり下調べをしていませんでした。
また昨年のようにアレコレ詰め過ぎると時間に余裕が無くなるので、目的を絞って行くことに。
と言うわけで、とりあえずの旅行記です。(^^ヾ
12月18日。
ミスターシービーの墓参りがてらに行う千葉プチ旅行。
今年もとりあえず実行することにしました。

まず最初に向ったのは千明牧場
ミスターシービーのお墓参りです。
2000年12月15日に亡くなったミスターシービー。
日本競馬史上、3頭目の三冠馬です。

今年、7頭目の三冠馬となったオルフェーヴル。
父内国産馬の三冠はミスターシービー以来28年ぶり。

28年前の三冠馬。亡くなって今年で11年経ちますが
自分の他にも花を供えに来るファンはいるようですね。
ミスターシービーの墓参りを終えて次の目的地へ。
向ったのは成田市街の北。サイトウ乗馬苑です。

今年の「相馬野馬追 in TCK!」を手伝っていただいた
齊藤様の乗馬施設。大井に来た3頭の馬達に会いたくて
前日に連絡し、見学させていただくため向いました。

サイトウ乗馬苑様は障害者向けの乗馬施設です。
ホースセラピーは身体面、精神面ともにに効果があると
言われています。

自分も馬に触れていると元気が出てくるんですよね。
……って、単に馬好きだからですが。(^^;
まずは大井競馬場に来た3頭との再会です。
上の写真の右の芦毛がフレイムマン
左の馬は中央競馬でも活躍したシベリアンメドウです。

それから右の写真の右の馬。半血種の黒姫です。
3頭ともとても元気でした。

黒姫は相変わらず大人しくて穏やかな表情。
フレイムマンはボンヤリしてましたね。
大井競馬場に来ていた時の方が元気だったかな?

シベリアンメドウはこの日は大忙し。
訪れた時、ちょうど予約していたお客様が来ていて
乗馬を始めるところでした。
足に障害があるらしい小さなお子さん。
お母さんに抱っこされていた子が乗馬に挑戦します。
あ、ちゃんと撮影する許可はいただいています。(^^ヾ

馬の両側に設けられた騎乗用の台。
両側から支えて子供を馬に乗せます。

乗馬苑の人達も優しく丁寧に馬に乗せてくれます。
シベリアンメドウも本当に大人しく待ってますね。

ピンクの服を着ている方が齊藤純子代表。
大井競馬場にも手伝いに来ていた方です。
乗馬しているときの子供はとても楽しそう。

「コッチ向いて〜、かっこいいぞっ!」
お母さんと一緒に子供に声をかける齊藤純子代表。
子供は自慢げに背筋を伸ばし、手綱を握ります。

引き馬で馬場を周回。
視線が高くて眺めが良いし、気持ちも良いでしょうね。
馬が歩くときの背中の上下運動や左右の揺れ。
バランスを取ろうとすることで体を鍛えていくのでしょう。

サイトウ乗馬苑様のホームページには
障害者乗馬の効果なども記載されていますので
ぜひご覧になってください。
サイトウ乗馬苑様には障害に合わせて
周りでサポートする人数を増やしたり、
体を支える特別な馬具などを用意しています。


我が子を見つめる親たち。

障害を持った子供に元気になってほしい、
強く成長してほしいと願い、ここを訪れるのでしょう。

この日はそういう家族が何組も来ていました。

障害者乗馬の需要を改めて認識できました。
サイトウ乗馬苑様には他にもたくさんの馬がいます。
みんな障害者乗馬の馬なのかな?

厩舎の方に見に行ってみると馬房にはきちんと
血統や愛称が書かれたプレートがありました。

その血統を調べてみましたが……現役馬かな?(^^;
休養馬の預託もしているのでしょうか?
どんな馬がいるか公開して良いと言われましたが
現役馬なのか引退馬なのか分からないので
ココでの公開はやめときましょう。

……なかなか良い血統の馬たちでした。(^^ヾ
昼前に訪れたサイトウ乗馬苑様には多くのお客様が来ていました。
ホースセラピーのことや障害者乗馬の馬のこと、大井競馬場でのイベントのことなど
いろいろとお話も聞きたかったのですが、忙しそうでしたので今回は失礼することにしました。
でも障害者乗馬・ホースセラピーへの関心は大きくなりましたね。
いつかまた機会があれば詳しく調べたり乗馬施設を訪れることにしましょう。
真っ青な上空を飛んでいく飛行機。
成田空港のすぐ近くなので飛行機がよく見えました。


この後に向ったのは千葉県某所の牧場。
南相馬でお世話になっていた方が震災後に
コチラに移動してきたと聞いたので挨拶に行きました。

その方から南相馬の馬のこと等、色々聞くことができました。
引退・現役競走馬に詳しく、その方から馬の話を聞くことも
南相馬を訪れる楽しみの一つでした。

ホームページへの馬名掲載などで迷惑もかけましたが
いつも親切で、とても頼りにしています。

久々にお会い出来て、短い時間ですが話も出来ました。
もう一人、その牧場に南相馬からきた友人がいましたが、この日は仕事休みだったので外出中とのことでした。
なにはともあれ、皆、元気そうでなによりです。(^^ヾ

そんなこんなの房総一人旅2011。短いですが今年はこれにて終了です。
震災から9ヶ月。野馬追のこと、馬のこと……気になる出来事はいろいろあります。

日高に疎開した馬たち。南相馬に残っている馬たち。
BTCの功労馬助成金の削減、引退馬協会の支援基金が限界なこと……。
このホームページから発信できる情報、しなければならない情報はいろいろあるはずなのに言葉がまとまりません。

そんな状況での歴史探訪や馬巡りは、一見無意味な感じもするけれど
支援のきっかけになる糸口は無いかと自分なりに模索しながら右往左往しています。
もっとも自分も楽しんで行っている行動ではありますが。(^^;
楽しまなければ、続けることも、良さを伝えることもできませんからね。

そんなわけで、自分なりの形でこれからも野馬追と南相馬に関わっていきたいと思います。

相馬歴史探訪 & 房総一人旅2011 終

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