フェイク・アウト

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by.yu-kaさん


1.
「高木さん、ケータイ鳴ってますよ。」
書類のコピーを取りにデスクを離れていた高木のところに後輩の千葉が携帯電話を持ってきた。
今日も当たり前のように残業の高木と千葉の二人。
そもそも警視庁捜査一課の刑事に定時など存在しないのだ。
「おぉ、サンキュ、千葉。あれ?メールが入ってる。えーっと…。」
メールの画面を開いた高木は送信者を見るとボタンを押す指がぴたっと止まった。

「どうしたんですか?」
と、横から千葉が覗き込む。
送信者欄には”宮本由美”、タイトルには”やっほー♪”と、ある。
「なーんだ。交通課の由美さんからじゃないっすか。
 急に固まるから深刻なメールでも入ったかと思った。」
(深刻なメールよりたちが悪いかもしれないぞ)
「由美さんからのメールでオレはロクな事があったためしが無いんだ。」
気は進まないが仕方が無い。高木はメールの本文を開いた。

”よっ、高木くん♪ 元気に仕事してるぅ?(^^)
実は今美和子と二人で飲んでるんだけど、美和子の奴かなり酔っ払っちゃってさ〜。
私にはもう手におえないよん。悪いんだけど、迎えに来てくれない?
んじゃねぇ〜(^。^)v”

(さ、佐藤さんが酔っ払って手におえないって?)
画面に見入りながら高木が酔った佐藤を妄想する世界に入りかけると…。
「お、いいじゃないっすか〜。
由美さんや佐藤さんと一緒に飲めるんなら僕も連れてって下さい。」
まだ横から覗き込んでいた千葉が嬉々として言った。
「さぁ急いで残った仕事片付けますよ〜高木さん。」

(佐藤さんと由美さん、あの二人の間に入ったらどんな事が起こるのか
 千葉、お前は知らなさ過ぎる…)
高木はこれから起こるであろう何らかの出来事を予測も出来ないまま
隠し切れない不安の中、それでも急いで千葉と共に仕事を片付け始めた。

 

2.
高木と千葉が指定された居酒屋に着くと二人はもうかなりお酒が進んでいるらしく
ろれつの回らない口調で話していた。
「だからさぁ〜美和子。あんたがいつまでもそんなだから回りが騒ぐのよぅ。
 ったく、彼氏の一人でも作ればそう煩く言われなくなるのにさー。」
「彼氏なんか要らないってば。私は都民の平和を守る為に働くのぉ〜。」
佐藤は次から次へと持ってこられる見合いの話に霹靂としていてお酒が入ると
由美にいつも同じ愚痴をこぼす。

高木は二人の座っているカウンター席に近づいておそろおそる佐藤に声をかけた。
「さ、佐藤さん?大丈夫ですか?」
「あれ?高木くんじゃないの〜。それに千葉くんも〜。どうしたのぉ?二人揃って。」
(うわ…佐藤さん、完璧に酔ってるよ。)
「由美さんに呼ばれたんですよ、佐藤さんがかなり酔ってるから迎えに来いって。」
「え〜?なにぃ?どーしてそんな余計な事するのよぉ由美ったらぁ。私酔ってなんかいないわよ。」
(いえ、その目がじゅうぶん酔ってますって、佐藤さん)

「千葉くんもご苦労さん。ま、座って座って。」
由美に勧められて千葉はちゃっかりとすでに由美の隣りの席についている。

「ま、いっかぁ。高木くんも飲もう!」
「あ、僕は迎えに来ただけですから。」
「なに固い事言ってんのよぉ。いいじゃないの、ほらぁ。」
(だめだ。逆らう余地が無い。)
高木は佐藤から差し出されたビールをヤケ気味に流し込んだ。

千葉はすっかりその場に溶け込んで由美と話をしている。
「なんの話してたんですか?由美さん達。」
「何の話ってねぇ、千葉くん。もう美和子ったら愚痴ばっかよぉ。
家でも本庁でも見合いばっかり持ってこられて断るのにもううんざりだって。」
(見、見合い!) 高木は思わず飲みかけたビールを噴き出しそうになった。
「そうよぉお〜、もううんざり。それにさぁ、なんと!
この間なんてしつこいストーカー野郎まで現れるしね〜。」
(ス、スト−カー!?) またしても高木はビールを噴き出しそうになる。

由美と千葉は興味津々でその話題に飛びついた。
「なにそれ。わたし初耳だよ、美和子。」
「それ、やばくないんですか?佐藤さん。」
「あ、ぜ〜〜んぜん。逆にとっ捕まえて喝入れてやったから。
『警視庁捜査一課の刑事をストーカーするなんて10年早いのよ!』ってね〜。」
(あ、あまりにも佐藤さんらしい…)
「さすが美和子♪カッコいい〜〜。」
「でしょ〜?」
一同は思いきりうなずいた。

「でも、ストーカー野郎よりも見合いのほうがやっかいだわぁ。どーして断っても断っても
 次から次へとやってくるんだろ。」
「そりゃ、佐藤さんが素敵だからじゃないですか〜。ねぇ、高木さん。」
(………千葉の馬鹿野郎。それをオレに振るなって!)
「ん?どーしたの?高木くん〜。そこで黙っちゃまずいでしょ?」
由美が意地悪っぽく、そう追い討ちをかける。
「も、もちろんその通りだよ。」
慌てて答える高木だが
「なんだか無理やり言わされてるっぽくなぁい?…高木くん。」
と、佐藤にまで責められ…。
「ほ、ホントに佐藤さんは素敵ですってば!そ…その…。」
「あら、嬉しい♪それじゃ、私高木くんと結婚しちゃおっかな〜。
 そうすればもう見合いも断らずにすむしね〜。」
(……はっ!?……)
由美と千葉は佐藤のその言葉に顔を見合わせた。

高木はというと真っ赤になって固まっている。
(さ、佐藤さんがオレと結婚…?)
頭の中で白いドレスを着た佐藤が教会のチャペルで微笑みかけた。

だが。
次の瞬間、佐藤はそのままテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。
またしても絶句の高木をカヤの外にして由美達は異様に盛り上がる。
「は…酔っ払いのタワゴトかぁ〜。驚かせないでよ〜美和子ったら。」
「ほ、ホントですよね。まさか佐藤さんが本気で言ってるのかと、僕びっくりしちゃいましたよ。」
「きゃははは!!!」

(おまえらなぁ……。しかし…一瞬本気にしかけたオレって…。はぁ。)
高木がため息をつきながら隣りを見ると
佐藤は幸せそうな顔をしてすっかり寝入っていた。

「オレ、佐藤さんを家まで送ってそのまま帰るよ。千葉、由美さんを頼むな。」
「了解しました!高木さん。」
「高木くーん、ちゃんと真っ直ぐ送るのよぉ。」
「あ、当たり前じゃないっすか!」

 

3.
店を出た高木は佐藤をかかえてタクシーを拾い彼女の家までたどり着いた。
「こんばんは〜。遅くからスミマセン。」
チャイムを押すと佐藤の母が玄関へ出迎えた。

「まぁ!美和子ったらなんてみっともない! 高木さんごめんなさいね。」
「いえ、いいんですよ。」
「美和子!起きなさい! 全く年頃の娘がこんなになるまで飲むなんて…あぁ情けない。」
「なによぉ〜。大体お母さんが見合いの話ばっかり持ってくるから…。」
佐藤は半分もうろうとした意識の中でその母の言葉にはしっかり反論した。
「あなたがいつまでもそんなだから早く結婚して落ち着いて欲しいだけじゃないの。」

「じゃあ僕はこれで失礼します。」
親子喧嘩に巻き込まれないうちに退散しようと玄関を出ようとした高木を
「あら高木さん、お茶でも飲んでいってくださいな。」
と佐藤の母が慌てて引きとめようとすると
その傍らで佐藤がぼそっとつぶやいた。
「あ〜結婚ね〜。高木くんとするから。見合いはもうけっこーよ〜…」

 

4.
次の朝。
佐藤は最悪の体調で目覚めた。何の事はない、二日酔いである。
「おはよう〜お母さん。あぁ、頭いたぁ〜い。」
「自業自得よ。それより、美和子。」
「ん?なぁに?」
「あなた本当に高木さんと結婚するつもりなの?」
「は?何言ってるのよお母さん。私は当分結婚なんかしないって。それにどうして高木くんなわけ?」
やはり佐藤には夕べの記憶は全く無いようだ。
あきれた母から事の顛末を聞かされ逆に驚く。
「うそぉ!?私そんなこと言ったの?」
「…ま、高木さんも笑ってたけどね。単なる冗談ですから気にしないで下さいって。」
(冗談?…そう言われるのもなんか、腹立つなぁ。
 ん?別に腹を立てる必要なんかないのか。)

「とにかく、あなたにはそろそろ身を固めて落ち着いてもらわないと
 母さんいつまでも気苦労が耐えないってことよ。さっさと観念してお見合いしなさい。」
「見合いなんてしないってば。あ!もうこんな時間じゃないのぉ〜!支度して出かけなきゃ。」
母の小言から逃げるように身支度をして佐藤は家を出た。

しかし職場に着き母の見合い攻勢から逃げ出したのもつかの間
捜査一課にたどり着く前にまたしてもいつも見合いの話を持ってくる
総務部の部長に捕まり足止めを食らってしまった。
「佐藤くん、いい話があるんだが…。」
「え…、またですか…?」
「キャリア組で現在所轄署修行中のいい人物がいるんだよ。
 実はその相手というのは前総監の甥ごさんでねぇ。君のこともかなり気に入っているらしくて
 訳もなく断られたとなると私の立場もあるんでね。今度ばかりは見合いしてもらうよ。」
(そ、そんな…。それって絶対断れないってこと? 美和子、ピーンチ!?)
「え、え〜っと。実はですね…。」
必死で言い訳を考える美和子の脳裏にその時ひらめいたのは
『高木さんと結婚するの?』という今朝の母の言葉であった。
(よし!決めた!!)

「すみません部長。私つい昨日婚約しちゃいましたので、その件は。」
「なっ何ぃぃぃ!? 誰だ、相手は!」
「あは・・はは…。ウチの課の高木ワタル巡査部長です。」
「なんだって!?」

 

5.
高木は午前中非番で午後からの出勤だった。
いつものように本庁の玄関をくぐり受付の前を横切ろうとすると
受付嬢と傍にいた婦警が突然なにか騒ぎ出した。
どうやら高木を指差しているようなのだが全く訳がわからず
首をかしげながらエレベーターに乗り込む。
しかし途中ですれ違う人たちもがなぜか自分を見ているような気がしてならない。

(一体何だっていうんだ…?)

捜査一課のセキュリティチェックにカードを通すといつものようにドアが開く。
自分の席へと向かおうとした高木の前に白鳥警部が立ちはだかった。
「美和子さんも、もの好きな…。一体どうやって彼女をくどき落としたんだい?
 全く残念だよ。彼女はもっと人をみる目を持っていると信じていたのに。」
「は?」
(一体何の嫌味だ? オレ、なにか白鳥さんの気に触るような事したっけ?
 美和子さんって・・佐藤さんがどうかしたのか?)
ひたすら訳がわからず困惑の高木をよそに白鳥は一人語り続ける。
「しかし、彼女が決めた以上僕は反対はしないよ。
 それにもしも彼女の気が変わった時の為にいつまでも待つつもりだ。
 ただし、高木くん。彼女を不幸にするような事をしたら僕は君を許さないよ。」
(何の事だ?さっぱりわからないや。でもまぁ逆らわないほうが良さそうだし)
「あ、はい。わかりました。善処します。」
「うっ…。」
あっけらかんとした高木の返答に白鳥は次の言葉を出せず
すごすごと引き下がった。

そしてデスクにたどり着くと隣りの席では千葉が何ともいえない嬉しそうな顔で
高木を出迎えた。
「おはようございます、高木さん。
 いやぁ〜僕ビックリしましたよ。あの後そんな話になっていたなんて。良かったですね。」
「な、なんだよ千葉、おまえまで。皆一体何を騒いでるんだ?」
「とぼけないで下さいよ。いよいよ佐藤さんと…」
千葉が次の言葉を発する前に
今度は目暮警部がひときわ大きな声で高木に近寄ってきて肩をたたいた。
「おぉ〜〜高木くん。今回は本当に良い話になったなぁ。ワシも嬉しいよ。」
「は?」
(警部まで…。なんなんだよぉぉぉぉ)
「で、式はいつ頃になるんだ?佐藤君に聞いてもはっきり答えてくれんのだよ。」
(式? 卒業式も入学式もシーズンは終わってるし、
 良い話って言うくらいだからまさかお葬式とも思えない。 おめでたい式っていったら他には…。
 ……ええ〜〜っ!?)
高木はやっと自分を取り巻く真実にたどり着いた。

「可愛い直属の部下同士の結婚となるとワシも忙しくなるなぁ。
 いや、おめでたい事だから別にそんな事はかまわんのだが。」

(いつそんな話になったんだ?!こっちが聞きたいよ)
茫然自失で視線が空を舞う高木だったが
取調べ室のドアの向こうで自分においでおいでと手招きをする佐藤を発見すると
一目散に駆けつけた。

「さ、佐藤さんっ!一体これはなんなんですかっ。」
「ごめーん、高木くん。実はさ…ちょっと緊急事態になっちゃってね。」
と、佐藤は見合いを断る為とっさに高木の名を出してその場を切り抜けた事情を話した。
「そ、そんな…。」
「しばらくこのお芝居にのって頂戴。このままじゃホントに見合いさせられちゃうのよ。
 助けると思ってお願いっ」

佐藤と結婚。確かに嬉しい。だがそれは単なる芝居だというのだ。
本気で自分の事を好きな相手に婚約者の振りをしろ…と。
高木にとってあまりといえばあまりな処遇である。

(つまりは単なる芝居。裏返せば佐藤さんはオレのことなんて何とも思ってないって事だよな…)
心境的にはがっかりの高木なのだが佐藤のピンチを助けないわけにはいかない。
(佐藤さんのため…よーし、ここは一発…)
「わかりました。その話のります。」
「ホントっ?ありがとう〜〜。これで見合いから逃げられるわ。好きよ〜♪高木くん。」
(好きって…芝居で言われても。でも、ちょっと嬉しいかも…バカだよな〜オレって。)
泣きたいような心境なのだが佐藤の『好き』という言葉には
つい反応してしまう哀れな高木であった。

「まぁ、ほとぼりが冷めた頃に婚約やめました〜って言えばそれで済むしね。」
「は、はい…。」
最後のとどめの言葉をのこして佐藤は取調室を出て行った。
(やっぱりバカだ…オレって)

 

6.
佐藤と高木が婚約!の噂は嵐のように本庁中を駆け巡り高木はすっかり話題の人にされていた。
高木の移動する所には常にひそひそとささやく声が付いて周り
まるで動物園の珍獣扱いである。
(佐藤さん、人気あるからなぁ…。しかし、いつまで続くんだ?これ。)

ひそひそだけで済めばまだ良かった。
時間が経つにつれ高木への風当たりはさらに強まる。

「高木ぃぃぃ〜〜〜〜!」
夜、コーヒーを買うために席を立った高木は自販機の前で機動隊の面々に取り囲まれた。
「なっ!なんっすか!みんなして!!僕は凶悪犯でもなんでもないですよぉぉ!!」
強烈に怖い顔をした隊員や半泣きの表情をした隊員たちの視線が突き刺さる。
「いいや!おまえは凶悪犯だ!よくも俺達の美和ちゃんを〜〜〜〜!!」
「高木、ゆるさ〜〜ん!」
「そ、その…みなさん、落ち着いて…。」
(さ、佐藤さんっ オレにこれを耐えろと言うんですか。)

本庁のみならず所轄署の警察官達にも佐藤の人気は絶大だ。
次の日からも高木はあちこちで執拗ないじめ攻撃に遭い続けた。
本当に佐藤と結婚できるというのならどんな目に合っても耐えられるというものだが
これは芝居。しかし、芝居だと悟られるわけにもいかずまさに災難とはこの事である。

「なんだか…大変そうね。」
怒涛の婚約発表から4日目。デスクにつっぷして疲れを癒していた高木に佐藤が声をかけた。

さすがに高木も気の抜けない毎日に精神的ダメージのゲージが上がりっぱなしで
かなり疲労の色が見えてきている。
「いえ、大丈夫です。それにしても…佐藤さんの人気のすごさを改めて痛感してますよ。」
「や、やーね。そんな事無いって。」
佐藤はまるで自分がみんなの注目を集めている事に自覚が無く、面白そうに笑った。
(この人本当に鈍いんだから。 でもそういう所も好きなんだよなぁ。
 この笑顔を守る為にもオレはがんばるんだっ!)
「よしっ!」
と、いきなり背筋を伸ばし気合を入れなおす高木に佐藤はちょっと面食らったが
「頑張るのよ、婚約者殿♪」
と熱いお茶を高木のデスクに置いて行った。

 

7.
そして6日目に事件は起きた。

ある殺人事件が解決し佐藤が捜査一課に戻ってみると目暮が意外な人物と談笑している。
「お、お母さん!何やってるのよこんな所で!」
意外な人物、それは佐藤の母であり佐藤は慌てて二人に駆け寄った。

「あら、美和子。もぅ、あなた家で何にも言わないんだから…。
 今朝、目暮警部にお電話いただいてビックリしちゃったわ。
 この間の話、てっきり冗談だと思ってたのに。」
「佐藤くん、お母さんに何も言ってなかったのか?
 キミと高木くんがいつ聞いても式の日取りを教えてくれないもんだから
 お母さんに聞いてみようと電話したんだが…。」
「折角だから目暮警部に仲人さんをお願いできたらと思ってね。
 電話じゃ失礼だし、こっち来ちゃったのよ。」

「来なくていいわよぉ。」
佐藤は頭を抱えて恨めしそうに言った。
「何言ってるのよ、大事な事なのに。」

そこへ一足遅れて高木が現場から帰着した。
高木を見つけるや否や佐藤の母は嬉しそうに挨拶など始める。
「あらぁ、高木さん♪この度は本当に・・・こんな娘ですけどよろしくお願いしますね。」
(はっ…? なん、なんで佐藤さんのお母さんがここに?)
しかし考えている暇は無い。ここでばれたら今までの芝居が水の泡だ。
「あ、はい。こちらこそご挨拶が遅れまして…。」
と、話をあわせてみる。

「キミらは一体何をやってるんだ?お母さんは何も知らされていないようだし
 こういう事はきちんとだな。」
目暮が少し不審気な目で佐藤と高木を見た。

(ま、まずいっ!)
とっさに佐藤は母の腕を掴みドアの方へと引っ張る。
「ちょ、ちょっと美和子。まだ目暮警部とお話が…。」
「警部、また改めて報告しますので!」
「高木さんにもご挨拶を…。」
「いいのよ!そういう事は勤務が終わってから!!」
有無を言わせず佐藤は母を捜査一課から追い出した。

ドアが閉まり取り残された高木は目暮のまだ不審気な表情に矢面にたたされ
その場を愛想笑いでごまかしていた。
外ではいきなり追い出された佐藤の母が不満げに訴える。
「もぅ、美和子、母さんホントに驚いたのよ。一体どういうことなのよ。」
「事情は帰ってから話すから。とにかく話がややこしくなる前に帰ってよぉ。」
「わかったわ。とにかく今晩ちゃんと話しましょ。
 あ、帰りに式場のパンフレットでも集めてこようかしら♪」
「……なんでもいいから早く帰って。」
「ひどい言い方ね〜母親に向かって。まあいいわ、それじゃ。」

佐藤はエレベーターのボタンを押そうとしたが
丁度下から上がってきたエレベーターの扉が開き
表示が下になったので佐藤の母はそのまま乗り込んだ。
(ヘンね…折角上がって来たのにまた降りちゃうなんて)
佐藤はそう思い中を確認する。
中には男が一人乗っていた。

その男を見た瞬間、佐藤は表情を氷りつかせた。
「お母さん!逃げて!!!」
佐藤の叫びと、中に乗っている男の不適な笑みが交錯する。
それと同時にエレベーターの扉はしまり下の階へと降り始めた。

(あいつ…私に付きまとってたあのストーカー野郎だ…。どうやってここまで来たの?
 それよりお母さんを助けなきゃ!このままで済むわけが無いわ)
エレベーターに母と共に乗っていったのは
佐藤につきまとった揚句一喝された例のストーカーだったのだ。

佐藤は捜査一課に飛び込むと急いで事情を目暮に説明し
階段を駆け下りた。高木や他の刑事たちも後へ続いた。

受付前のエントランスでは
佐藤の予感どおりすでに男は母を人質にして騒ぎを起こしている。
大勢の警官に取り囲まれているにもかかわらず男は全く動じる様子も無い。

「お母さんを放しなさい。」
佐藤が冷静な声でそう言うと
男は無言で手に持っていた紙切れを差し出した。
その紙切れは本庁内で発行された昨日付けの署内報だった。
見出しに捜査一課佐藤美和子警部補婚約!と書かれている。

「これは本当か?」
「…ホントよ。だからなんなの?あなたには関係ないじゃない。バカな事はやめなさい!」
佐藤は毅然としてそう言い放った。
男の表情が少しこわばる。

「さ、佐藤さんあまり刺激しない方が…。お母さんが人質になってるんですから。」
高木がそう言ったが佐藤は既に怒りも頂点に達しているようで聞き入れる様子も無い。
「この間はっきり言った筈よ、もうつきまとうなって。こんな事して一体何になるって言うの!」

「…相手は誰だ。これに書いてある高木って言うのはどいつだ!」
「そんな事聞いてどうするの。」
「ここに居るなら名乗り出ろ!出てこなければ…。」
「出てこなければ?」
男は肩から下げたバッグを示して薄笑いで答える。
「こいつの起爆装置を押すだけだ。」

爆弾か!?
周りの警官達がざわめいた。

高木は小声で佐藤にささやく。
「僕が出ます。とにかくお母さんを引き離さないと。」
「ダメよ!」
「佐藤さんはあいつに隙が出来るのを待ってお母さんを保護してください。
 いきなり爆弾のスイッチを押したりはしないはずです。押せば自分も吹っ飛びますからね」
「高木くん。」
「大丈夫ですってば。」
止めようとする佐藤を遮って高木は数歩前に進み出た。
「捜査一課の高木だ。」

男は佐藤の母を拘束したままゆっくりと高木の方を見る。
「おまえか…。彼女の相手は。」
「だったらどうなんだ。こんな事して彼女が自分の物になるとでも思ってるのか?
 それなら大間違いだぞ。佐藤さんは心から正義の為に働いている人だ。
 そんな彼女がこんな事をする奴を好きになる訳が無い!」
高木がきったその啖呵に無表情だった男は怒りの表情へと変わると
佐藤の母を乱暴に離し高木の方に足早に進みだした。

(今だ!) 高木がそう思うと同時に佐藤が飛び出し母を自分の方に引き寄せる。
「お母さん!大丈夫?」
「美和子…大丈夫よ。ちょっと怖かっただけ…。」

男は高木の襟首を掴んで右手を振り上げた。
派手な音がして高木は床にたたきつけられる。
「高木さん!」
千葉が駆け寄り高木を助け起こした。
「そんな心配そうな顔するなよ千葉。これくらいなんともないって。」

男は高木と千葉を見下ろしてつぶやいた。
「起爆ボタンを押してやる。おまえらみんな道連れだ。」
「そんなことしたらおまえも死ぬんだぞ!」
千葉がそう言うと男は意外な返答をした。
「佐藤刑事が結婚をやめると言えばボタンは押さないでやってもいい。」
「まだそんな事言ってるの!?皆を巻き込むのはやめなさい!」
「結婚をやめるのか、やめないのか、どっちだ?
 その答えにここに居る全員の運命がかかってるんだ。」

佐藤は迷っていた。
ここでやめるといえばこの男の卑劣な行為に屈する事になる。
そんな事は刑事としてのプライドが許さない。
しかし、本当に起爆スイッチのボタンを押されてしまったら。
本当にあのバッグの中に爆弾が入っていたら。
この場にいる同僚や上司そして高木も巻き添えは免れられないのだ。

しばらく静まり返った沈黙の時間が流れた。

その沈黙を破ったのは高木の一言だった。
「……嘘だよ。」
その場にいた全員が高木の方を見た。
「婚約なんて嘘だよ。全部芝居なんだ。佐藤さんは誰とも婚約なんかしていない。」
沈黙は一斉にざわめきに変わった。

「今更そんな言い逃れ信用するもんか!」
思いがけない高木の言葉に男は少しひるんだ様子でそう言った。

すると小さくため息をついた佐藤が更に続ける。
「高木くんが言ってることは本当よ。だから…誰も巻き込んだりしないで。」

 

8.
事件はあっけなく解決した。
男の持っていたバッグの中には爆弾など入っていなかったのだ。
婚約が芝居だと知らされた男は気が抜けたようにその場に座り込み
そのまま確保され連行されて行った。

騒ぎの顛末を聞かされた上司達にたっぷりと油を絞られる羽目に陥った二人だが
怪我人も出なかった為幸い処分は無かった。
が、高木は解放されてからもまた他の刑事達から執拗な攻撃を受けている。
「よくもあんな嘘で俺達をだましてくれたな〜〜!!」
「高木、今度こそ本当にゆるさ〜〜ん!!」
「か、勘弁してくださいよ〜。」

事件の最中には本庁に居なかった由美が騒ぎを聞きつけて佐藤のもとへやって来た。
「美和子!聞いたわよ〜。大変だったわね。お母さん、平気なの?」
「ええ千葉君が家まで送ってくれたから。怪我も無かったしね。」
「それにしても…婚約芝居6日でおじゃんか。で、見合いの件はどうなった?」
さすがに佐藤の親友の由美は結婚が偽装だという事は密かに聞いていたのだ。
「そんな嘘をつくほど見合いが嫌だったのならこの件は白紙に戻すって部長も言ってくれたし
 結果オーライよ。」
「高木くんが言い出したんだって?婚約は嘘だって事。」
「私が言わなきゃいけなかったのに…
 あの場でみんなを守れるのはあの一言だけだってわかってたのに。
 自分のくだらないプライドなんかのために躊躇して言えなかったのよ、私。情けないわ。」
「気にしなさんなって。そういう事はアイツの役割よ。
 美和子には言えないってわかってたから自分から言ってくれたんじゃないの?」
(由美の言う通りだ…。そういう人よね、高木くんって)
佐藤の瞳には、今度は白鳥警部と目暮警部の厳しい追求を受け
あせりながらぺこぺこと謝りまくっている高木が映っている。
(でも…)

「高木くんのバカ。1週間耐えられたら
 本当に結婚してあげてもいいかなって、思ってたのに。」
ざわめきと喧騒の捜査一課の中で
佐藤のそのつぶやきは誰にも届く事は無かった。

END

細かい所を直し始めたらキリがありませんでした(^^ゞ
いろいろと設定上にも無理があるかなとは思ったんですが
ただ途中に出てくる高木くんの啖呵と
最後の美和子さんのセリフが書きたかった為のストーリー運びとなっております。

いろいろと突っ込みたくなるような場面も多々あるとは思いますが
どうぞお許しくださいませ。


石礫の感想:
 きゃー、素敵ですね。高木君!高木君らしいじゃ無いですかー。佐藤さん、もっと自分の心に正直にってね♪(^_^)もちろん気に入っちゃいました。
私なんて、お笑いに走っちゃう昨今で(笑)羨ましいです。

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