3月14日

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writting by小雪さん

冬の寒さも終わりが近づき春の匂いを感じつつある二月の半ば…。

“し、仕方ないわね。もらう宛がないんならこれから一緒に見に行くわよ?もういいのは残ってないかもしれないけど、好きな物買ったげる!”

あれから、佐藤さんと手を繋いで歩いたあの日からもうすぐ一ヶ月が経とうとしている。

僕と佐藤さんは宛てもなく歩き続けた。
足が棒になるまで歩き続けた。
仕事後なのに疲れさせてはいけないと思って、何の店かも確認せず偶然横に立っていた店内に入ろうと誘った僕。

何故か佐藤さんの顔が微妙に曇る。
始めて上を見上げて、僕も仰天してしまった。

トイザラーズ…おもちゃ屋である。
一度口にした言葉はもう二度と撤回できない。
お互い始めは少々不審げな感じで店内に入った。
が、しかし。

“高木君〜見て見て!これ面白いわよ!このおもちゃ、私も昔持ってたわ。懐かし〜。”

最近のおもちゃは進歩したとばかり思っていたが、幼少時代の記憶を辿ると、結構見慣れたものも置いてあり、いつの間にか夢中になる僕と佐藤さん。
自然と笑いが零れ落ちていた。

そんな中、僕はリズミカルな音に引かれてその場へ足を運ぶ。
懐かしさにひたっていると、いつの間にか僕の隣に佐藤さんの姿がある。
佐藤さんも懐かしそうにそれを手に取る。

“これ、高木君そっくりね♪”

シンバルをパンパンならす小さいサイズのゴリラのぬいぐるみ。
佐藤さんは、そのぬいぐるみを僕に似てると指摘してまた笑い出す。
僕が口を尖らせると、冗談まじりになだめてきた。
佐藤さんにはやっぱり目が上がらない僕は、すぐ機嫌が直ってしまう。
すぐフォローに入って、懐かしいおもちゃを見る時の佐藤さんの笑顔が一番眩しかったゴリラのぬいぐるみをおねだりしてしまっていた。
本当は、もう少しムーディーな物を…って思っていたのに、僕は何て優柔不断なんだろう。

でも、どんな物だって僕にだけの贈り物。
この瞬間、僕の一番の宝物になった。
携帯のカメラ機能で写真を撮って携帯の待ち受け画面にしているし、部屋にも一番見渡せる所に大事に飾っている。

おもちゃ屋を出た後さらに、コンビニに寄って売れ残りのだったけどチョコを買ってくれた。
ハート型のチョコレート。
その形にそんな意味は含まれていないことは分かっていたが、僕はほんの少し意識してしまう。
おもちゃのお礼とチョコの味の感想を言う為にひと口だけかじって、残りはもちろん冷蔵庫の中に眠っている。
ひと口だけしか食べていないのに、チョコの甘さがほんのり口の中で広がった。

今年のバレンタインは今までで一番幸せだった。
問題は、いよいよ明日にまで迫った3月14日だ。
佐藤さんに何をあげよう。
何をあげたら、あの笑顔が見れるだろう。
そう思うと、なかなかファイナルアンサーまでいきつかない。

そんな気持ちの中、今も佐藤さんのお返し探しをしている。
有名ブランドのアクセサリーは、高価すぎて返って気を使わせるかもしれない。
服や靴も、サイズが分からないしもしミスして大きすぎるサイズを買ってしまったら失礼だ。
やっぱりノーマルなクッキーやハンカチが妥当なのだろうか。
そのコーナーに立ち寄ってはみるがやっぱりパッとしない。

そんな中、閉店を知らせる館内放送が流れ出す。
タイムオーバー…。
結局僕は深く考えすぎて何もいい物に出会えずに終わってしまった。

もう明日なのに…。
佐藤さんに何て言い訳しよう。
喜ぶ顔が見たいのに、これじゃぁ残念そうな顔を拝むことになってしまう。
こうなったら懐かしいおもちゃでもあげてしまおうか!?
やっけになっていた僕の目の前に現れたのはとある大型店。
僕は、何かに吸い込まれるかのようにそこに引き寄せられていた。
“GIFTコーナー”として設置されていたそこに、僕は立っていた。
一つ一つ手に取ってそれを見ていく。

「こ、これだっ!」

僕は何度もそれを確認して、レジへと急ぐ。
僕の中には、すでに笑顔の佐藤さんがこれをもらってくれる回想が何度も流れていた。

2月14日のあの日以来、少しだけ僕は佐藤さんを近くに感じていたのに相変わらずな佐藤さん。
いつもと全く変わらない態度。
そのおかげで、僕達のあの出来事がばれることなく今まで過ごしてきていた。
僕の心は嬉しいような悲しいような、少し複雑なんだ。

だからこそ、明日は佐藤さんに喜んでもらいたい。
そして、もっと近くに感じたい。
僕は、軽いはずのそれにかなりの重みを感じながらもう一店を目指していた。


「よし。これで明日の準備万端だ!明日急な事件が起こらないことを祈りながら今日はゆっくり寝るとするか。」

神様、もし本当に神様がいるのなら、どうか明日、僕に佐藤さんの笑顔を見せて下さい。
あの天使の笑顔は、僕に元気をくれる一番の特効薬だから…。


3月14日。
平均気温より少し寒いが、雲ひとつない快晴となった。
急な事件も入らずに、ようやく仕事が一段落つく。
神様は存在するらしい。
朝家を出る時何度も確認したお返しをもう一度確認して、僕は佐藤さんの姿を探す。
一人になった時を見計らって、僕は佐藤さんを呼び出す。
佐藤さんは快諾してくれて、本庁からすぐ近くの公園にやって来た。

「高木君、用って何?」

さ、佐藤さん?
今日は3月14日です。
一ヶ月前、僕にあんなことしてくれたのにまさか今日が何日で何の日なのか忘れたんですか?
それとも照れ隠し…なのかな?
だったら嬉しいんだけど…。

そうであることを切実に期待しながら、僕はカバンに手を入れる。
遠回しに言うのも余計に緊張しそうで、早く佐藤さんの笑顔が見たかったから、僕は単刀直入に佐藤さんに渡そうと思っていた。

「あ、あのっ!これ、よかったら…。」

その時、バイクの走行音が僕の言葉を遮る。
その音にビックリした僕は、緊張で震える手からお返しを落としてしまった。
その直後、バイクは僕の真横を勢いよく走り去っていく。
ビックリしつつもようやく邪魔がいなくなったのを確認して、僕は落としたお返しを探す。

“ウ、ウソだろ!?”

僕から人一人分のスペースをあけた所で、お返しは泥まみれのバイクのタイヤの跡でボロボロに汚れていた。

その瞬間、佐藤さんの笑顔も一気に崩れ落ちた気がして、ガラスの破片の様に僕の心は砕け散らばる。
一度起こったことはもう二度と撤回できない。
あまりのショックで、泥まみれのそれを僕は見つめる余裕しかなかった。

そんな中泥まみれのそれを佐藤さんは手に取る。
仕事中のはきはきとした時とは違って、何だか優しげな佐藤さんの表情。

「これ、何?」
「あ、いや…そ、それは…。」

『ホワイトデーのお返しです。よかったらもらってくれませんか?』

こんなに汚れた物をあげられないと思った僕は、こんなこと口には出せない。

「もしかして、先月のお返しとか!?」

佐藤さん、今日がホワイトデーだってこと分かってたんだ…。
僕は佐藤さんの目を一瞬見て、顔を動かしたか分かりにくい位に顔を下に動かした。

「そっか。今日が14日ってことは知ってたけど、あげた物が物だったからまさか私にお返しを用意してくれてたなんて思いもしてなかったわ!」

ST.White Day For You…

百均で買った包装紙につけたメッセージカードを指差して、佐藤さんは小さく微笑む。

「開けてもいい?」
「でも…。」

僕の言葉を遮って、佐藤さんは音を立てて泥まみれの汚れた包装紙を開け始める。
やはり中身も微妙なタイヤの跡で変形していて少しだけ泥のシミがついていた。

「へぇ〜、こんなのあったんだ。変わってるわね!」

佐藤さんは1ページずつパラパラとめくり出す。

…10年後の私に贈る本。
10年後の自分宛てに、今の自分の思いや意志を書き込める本。
いわばタイムカプセルだ。

「こんな汚れた物より、新しい方がいいですよね?佐藤さんがしてくれたみたいに、何か欲しい物探しに行きましょう。」
「バカ!」

佐藤さんはそう一言僕に漏らすと、手の平で僕の頭を軽く叩く。
あまり痛くなかったのに思わず僕は叩かれた部分を押さえて、僕は目を丸くして佐藤さんの方を見る。

「今日、これを私に渡そうと思って用意してくれたんでしょ?だったらこれがいいわ。どんなに汚れてても、私はこれがいい。」

佐藤さんの顔から笑顔がこぼれる。
天使の笑顔。
こんなに汚れたお返しなのに、僕の見たかった佐藤さんが見れた。

僕の体が熱くなる。

「高木君、ありがと!」

僕の大切なもの。
それは、笑った佐藤さんそのもの……

10年後の佐藤さん、どんな風になってるのかなぁ…。
今みたいにこうして佐藤さんの隣にいるのは僕だったらいいな…。
今と変わらない笑顔を、僕の隣で見せて欲しい。

僕は、佐藤さんの笑顔にそれ相応な笑顔を返した。

大好きな人への想いと笑顔を確認する日。
それが、僕にとっての3月14日。

〜END〜

あとがき
佐藤さんの頑張りに引き続き、今度は高木君が頑張りました。
佐藤さんの笑顔が見たいが為に頑張る高木君…けなげですv
お返しがどんなに汚れても、それには高木君の気持ちがたくさん詰まっているってことをしっかり分かっていた佐藤さんv
高木君がお返しとしてあげた本ですが、実際に売っていて、自分で10年後の自分宛てに書き込めるのでもらうとかなり嬉しくなると思います。
佐藤さんの10年後はどうなっているのでしょう…?
「高木美和子」になってるといいなぁ(いや、なっています!←断言)
小雪さんのHP桜の花びら


背景はこちらからお借りしました

小雪さん作の「2月14日」の対の作品となります。
これまた、14日までの配布フリーになっていたので頂いてまいりました。
良い様に、高木君は不運と幸運は紙一重で(笑)
あとがきが、これまたウンウン、そーですよね〜そうじゃなきゃいけませんと、頷きまくりでした。10年後もお幸せにv