Merry X'mas

written by  yu-ka





本格的に冬の訪れを感じてからそんなに幾つもの日々を過ごしてきたとは思えないままに
12月に入ると世間はすっかりクリスマス一色になっていた。
だがそんな浮かれた気分を味わう暇も無く もう明日に迫っているクリスマスイブ…。




12月23日。

高木は珍しく捜査一課の誰よりも早く出勤してきて
自分のデスクの中身を根こそぎ引っ張り出し、なにやらごそごそしているかと思えば
『はぁ〜』と大きなため息をつく。
既にデスクの上は放り出された物達であふれていた。


「あれ?高木さんどうしたんですか?」
不意に声をかけられ高木は驚く。

「あ!? あぁ、なんだ…千葉かぁ。実は…」
と、言いかけた高木だが、はっとしたように慌てて口をつぐんだ。
千葉は何の事やらわからず、ただ不思議そうに高木の次の言葉を待っている。
だが。
「いや、やっぱりいい。…わ、もうこんな時間じゃないかっ!」
と、高木は時計を確認すると凄い勢いでまたデスクの上のものを引き出しに放りこみ始めた。

「高木さん!そこまで言っといて気になるじゃないですか〜〜!!」
千葉はそう叫ぶが一瞬高木にギロっと睨まれ
「僕、お茶でも入れてきますね・・・。」と言いながら、すごすごと引き下がっていった。

そんな千葉の言葉に見向きもせずに高木は忙しく作業を続ける。



あぁ、早く片付けなきゃ…
こんなところ彼女に見られたらどうやって言い訳を…

それよりも、
それもだけれど…
無い。

どうして無いんだ。
あんなに大切なものを失くしちまうなんて・・・。

…一体何処へやったんだ・・・?
確かにコートのポケットの中にいれたはずなのに。


あぁ・・もう、
どーしてオレはこうなんだ。




なんとかデスクの中のものが元の場所に収まると同時に
「おはようございまーす!」
と元気な声が響く。
捜査一課強行犯3係の紅一点、佐藤美和子が出勤してきたのだ。
彼女は捜査一課中のあちこちからかかる「おはよう」の声一人一人に笑顔で挨拶しながら
やっと高木の隣の自分のデスクにつく。

「おはようございます。佐藤さん。」
「おはよう!高木くん。
 うーっ、寒いわねぇ…車から降りたとたん凍っちゃうかと思ったわ。
 この分じゃ明日の夜はホワイトクリスマスになるかもね。」
「ホワイトクリスマス…そ、そうですね…。」


「…なにかあった?…元気無い…。」
佐藤にじっと顔を覗きこまれて
高木はあたふたと手を仰いで椅子の背もたれへと身体を反らせる。

「い、いえっ!なにも無いです、元気です!」
「・・・?それなら良いんだけど…。ね、どーお?明日休み取れそう?」
「無理ですよぉ。佐藤さんが非番だっていうのに僕が休暇届出したら…。」
「ま、結果はわかるわよね…。」
以前デートの計画を立てたものの、すっかり本庁中に筒抜けになっていたおかげで
白鳥警部率いる大捜査団に尾行される羽目になりそうだった過去を持つ二人が
そう易々とクリスマスデートを実行できるわけが無い。

「やっぱり無理か…。ちょっと楽しみにしてたんだけどな。」
佐藤はすこし寂しそうにそう言った。
「あの!でも約束の夕食だけはちゃんと一緒に!」
「・・高木くん!そんな大声出しちゃまずいわよ。」
「あ。すみません。 …待ち合わせのレストランにはちゃんと行きますから。」
「ええ、本庁のみんなにバレそうの無いお店、わざわざ選んで予約したんだから。ちゃんと来てよね。」
「絶対行きます。待ってて下さい。」

佐藤はその言葉に満足そうに微笑むと小さくウィンクして席を立った。




明日の約束。
佐藤さん、楽しみにしてくれてるんだ…。
なのに、こんな事になっちゃって。


まずいよなぁ・・・。


かといって今更…。



目暮に呼ばれ早速仕事の打ち合わせをしている佐藤の背中を見ながら
高木は朝から通算幾度めだかもう数え切れなくなったため息をついた。




12月24日。


朝から一段と空気が冷たい。
空の色も薄い灰色に覆い尽くされ、今にも冷たいものがちらついてきそうだ。
佐藤の予言通り、きっと夜にはホワイトクリスマスになるだろう。


出勤前の高木に佐藤が電話をくれた。
今日の約束の待ち合わせ時間と場所の確認だ。
しかし、勤務中にいつ緊急の事件が入るかもわからない。
『もし、そうなってもいつまでも待っているから』…と彼女は明るく言ってくれた。
いつもの高木ならそんな佐藤の言葉に嬉しさいっぱい、朝から浮かれまくっても不思議ではないのだが、
彼は今日の空のように表情を曇らせたままだった。

浮かない気持ちのまま本庁の玄関をくぐる。
コートのポケットに突っ込んだ手も氷のように冷たくて・・
そこにあるべきはずの・・失くし物のことをまた考えた。

昨日1日、幸い珍しく外での仕事が無かった事もあり思い当たる場所はすべて探した。
それでも見つからない。
・・大事な大事なもの。




あぁ・・・やっぱり見つからなかったなぁ…。

高木は絶望的な気分だった。

「こら、高木! なーに不景気な顔してるのよ。」
とぼとぼ歩く高木を追い越しながら、由美がそう言うが
「由美さんのキツイ冗談に付き合ってる気分じゃないんっすよ・・今日は。」

「ちょっと・・・一体どうしたのよ。今日はデートなんでしょ?美和子嬉しそうにそう言ってたわよ。
あ。これはナイショだった…。聞かなかったことにしといてよね。」

いつもなら由美が口にする佐藤のそう言う話には即座に飛びつく高木なのだが
今日はそれにさえ反応しない。
さすがに由美は少し心配になり・・・

「ね、高木くん。ホントにどうしたの〜?なにかあったのなら聞いてあげるからさ。
どうしたの?美和子の事?」
「由美さん…佐藤さんに喋りませんか?」
「言わない言わない。秘密は守る!」
「実はですね…。その〜・・・。」

高木は由美の耳に筒型にした両手を添え、小さな声で呟いた。


「え、ええ〜〜〜〜っ!美和子へのクリスマスプレゼントを失くしたぁぁぁぁ!?」
辺りを歩いていた警官達が一斉に振り向く。

「由美さんっ!そ、そんな大声でっ!」
「あ、ごめんごめん。で・・探したの?」
「探しましたよ。もう隅から隅まで・・・でも出てこないんです・・・。」
「何を買ったのよ。」
「そ、それは・・・。」

由美はにやりと笑う。
「はっはーん・・・そんな青い顔してるとこ見ると・・・・婚約指輪か。」
「ち、違いますよっ! そんな大層なものじゃないんです…でも・・・指輪は・・・当たってるんですけどね・・・。」
「給料の3ヶ月分とまでは行かなくてもそれなりの物だったわけか…。」
高木は無言でガックリとうなだれた。

「ね、もう一回私も探してあげようか?」
「いえ…もう諦めました。昨日散々探しましたし。今日、途中ちょっと抜け出して何か代わりのものを用意しますよ。」
「そっか…、残念だったね。あ、そうだ。こんな時に悪いんだけど今日美和子に会ったらこれ、渡しといてくれない?」
由美は右手にぶら下げていた大きな紙袋を高木に差し出す。
中には二つ折りにされた見慣れたコートが収まっていた。
夕べ二人で飲みに行った帰りに佐藤が忘れていったのだという。
「美和子ったら見かけに寄らずそういうトコ、抜けてるんだから。ね、頼んでいい?」
「ええ、いいですよ。渡しておきます。」
「じゃ、元気出しなさいよ!」

今日の勤務が終わるまでになにか佐藤さん為にプレゼントを用意しなければ…
失くしたあの指輪はまだ諦めきれないが、きっともう出ては来ないだろう。

だって
折角のクリスマスイブ。
彼女の喜ぶ顔が見たいんだ。





しかし、今日に限って途中休憩を取る事さえ叶わないほど目の回るような忙しさ。
とても抜け出して買い物に行ける状態ではない。
夕方訪れた現場での捜査は7時を回った頃に事件性無しとの結果でやっと撤収となった。
だが、まだ本庁へ戻ってからの上司への報告や書類の作成の仕事が残っている。
このままでは約束の時間…8時に佐藤の待つレストランへ行けるかどうかさえ
怪しい気配で、高木は何度も腕時計を気にした。




午後8時半過ぎ。
やっと仕事を終えた高木は急いで椅子の後ろに引っ掛けていたままのコートを掴んで席を立った。

行かなければ。
早く。
佐藤さんが待っているんだ。




外は雪だった。
いつ降り出したのか…もう薄っすらと道路は白く飾られ、
その上にクリスマスの夜を賑やかに楽しそうに過ごす人々の足跡がいくつも模様をつけている。
すれ違う人波を掻き分けながら絶え間無く流れるジングルベルも耳に入らないほど無心に
高木は白い息を吐きながら走った。





約束の店がやっと遠くに見えてくる。
しかし、しゃれた装飾を施されているはずのその外壁を通して見える明かりは
クリスマスのオーナメントと電飾の金色の光のみ。
看板も店内も薄暗い。


間に合わなかった…?

高木は時間を確認する。
すでに時計の針は午後9時10分を指していた。

佐藤さんは?

目を凝らして暗いその場所に彼女の姿を探す。

『待ってるからね』

そう言ってくれたんだ。
きっといる。






やっと店の前に辿りついた高木は入り口の木のドアにクローズの掛け看板を見た。
どうやらもう閉店してしまったらしい。

高木が佐藤の姿を探して辺りを見渡していると
ドアの横のクリスマスツリーの影からそっと手が差し出されて
彼に温かいマフラーをふわっとかけた。

「…バカね。こんなに息を切らして走ってくるなんて…。」
「佐藤さん…。」
佐藤は微笑んでいる。
「すみませんっ、その・・・遅れてしまって…。」
「いいのよ〜。気にしなくて。お互い同じ職場で自分の予定が未定になるって事くらいちゃんとわかっているんだから。」

自分の首にマフラーを巻く佐藤の手が一瞬頬に触れる。
・・・冷たい。

一体どれだけの時間、この寒い場所でじっと待っていてくれたのだろう。
目の前を大勢の人が温かい場所に向かって笑顔で歩くのを眺めながら。
この暗くなった店の前で・・・。たった一人。

「ずっと…待っててくれたんですね。手が冷たいです。」
「だって、言ったでしょ?『待ってるわよ』って。絶対来るって信じてたから。」
佐藤の笑顔が温かかった。
凍えるような寒さの中で、それは高木の心の中をなによりも暖めてくれるものだった。

「ね、中に入ろうか。」
「え?でももう閉店・・・。」
佐藤はクスっと笑うとクローズのドアをスッと開けた。
チリン・・と扉に掛けられた鈴の音が二人を出迎える。
ダウンライトだけがぼんやりと光る店内にはまだ暖房が入れられているのかほんのりと
温かい空気が流れていた。

「いらっしゃいませ」
ろうそくの燭台を持ったウェイトレスが奥から現れ
二人を中央のテーブルに案内してくれた。

「ここのマスターがね。10時まで待ってあげるって…そう言ってくれたの。」
「そうだったんですか・・・。」



『彼はきっと来ます』
予約時間を過ぎ、待ち合わせ相手が来ない佐藤を気遣って
マスターがテーブルにやって来た時、佐藤はきっぱりとそう言った。
一つの迷いも無いその瞳に、オーナーは10時までのタイムリミットでと、二人の為の営業延長を申し出てくれた。
実際は閉店しているのだから店内にはうすぼんやりとした小さな明かりしかない。
テーブルに置かれた燭台の光が二人を包み込む。

厨房の入り口からそっと顔を出しこちらを確認するマスターに
二人は同時に深々と頭を下げて笑い合った。


「佐藤さん、これ由美さんから預かりました。」
高木が紙袋を差し出すと佐藤はちょっとテレくさそうに舌を出してそれを受け取った。
「ごめん、ありがとう〜。あ、やだなぁ由美ったらもうちょっと丁寧にいれてよね〜もう。」
と、佐藤は一旦コートを袋から取り出して整え始める。

「で…そのですね…佐藤さん。実は僕、クリスマスプレゼントをなにも用意できなく・・。」
「あれ?これ・・なんだろ?」

二人の言葉が重なる。
え?と高木が佐藤のほうを見ると、その手の上に見覚えのある包装のちいさな箱があった。
「あ、あぁぁー!?」


間違い無い。失くしたと思っていたあの指輪の包み。
「そ、そそそれっ!!」
「ん?どうしたの?高木くん。」

佐藤のコートのポケットから出て来た大事な大事な探し物。

「そうか・・・。そこにあったのか・・・。」


散々探しても出てこなかったのにそれはちゃんと贈るべき人の手の中にある。


2日前。
高木は捜査一課のデスクで
渡す時の自分のセリフや受け取る佐藤の表情、いろいろな事を考えながら
うきうきと佐藤へのプレゼントを眺めていた。
その時佐藤が戻ってきて、見られないようにと慌てて後ろ手で椅子に引っ掛けていた自分のコートのポケットに
突っ込んだつもりが・・・どうやら佐藤のポケットに放りこんでしまっていたらしい。

やっとそれに気付いた高木は嬉しさと驚きと安堵の入り混じった泣き笑いのような表情で言った。
「佐藤さん、それあなたのですよ。」

「えっ?」と佐藤はもう一度その小さな箱を見る。

「クリスマスプレゼントです、受け取って下さい。」

高木は佐藤の手のひら上で包装紙をとき、中のケースの蓋を開ける。
「はめても・・いいですか?」

高木のその言葉に佐藤は至福の笑みで大きく頷くと左手をさしだした。



さっきのウェイトレスがやってきてワインを二人のグラスに注ぐ。
「メリークリスマス。」

グラスを合わせる小さな音が静かな店内に響いた。


‐End-


石礫がクリスマス用に配布したイラスト(クリスマスイラスト単色縮小版へブラウザで戻ってね)
イメージに作られたそうです
あのイラスト(^^;)が、こんな素敵な小説になるなんて〜(^▽^)

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