Under20,Over20 11
 
 
「終わってよかったね」
 数時間ぶりに、身をちぢこませる冷凍庫に入らされたような外の空気に触れる中、風中が言う。
 空気の回りにくい教室から解放されたおれにとっては、この凍る寒さもけっこう心地いい。
 そんな中、薄暗く光る大学備え付けの時計をふと見てみると、時間はすでに8時を回っていた。
 課題、けっこう進みづらかったからなあ…
 しかし、それでもおれとしては頑張ったほうだ、と思う。
 それはもちろん風中のアドバイスに助けられたのが一番の理由なのだが、あまり遅くまで残ってもらうわけにはいかないという良心が体を突き動かしていたのかもしれない。
 どちらにしても、終わったのは事実なのだ。風中には悪いと思いつつも、おれは自己満足にひたっていた。
「悪かったな、遅くまで付き合わせて」
「ううん、全然。私こそ役に立ったかどうかわからないけどね」
「それは決してないって」
 本当にそうだ。自分1人でやっていたら、明日の朝になっても終わっていたかどうか怪しいところだ。しかし、それでも風中はおれに譲っているのだ。
 それが本気で言っているのか、はたまた社交辞令なのかはわからないが、少なくともおれがさらに風中に惹かれてしまったのは事実だ。
 でも、もともとおれが風中に惹かれていたのも、きっとこんな風中の姿を今まで見てきたからなのかもしれない。
「バス、あるかな?」
 風中が大きく深呼吸をして言った。
 ここから駅までは、大学が山の上にあるということからも当然かもしれないが、そこそこの距離がある。だからもちろん、バスも通っている。
 別に歩いていってもいいのだが、そこまでするならバスに乗っていったほうが賢明な判断だと思う。それも学費の一部だと思えばなんとかなるものだ。
 しかし、今風中が言っていたように、これから先にバスはあるのだろうか。皆目見当もつかない。
 何が一番困るかって、駅までの道が、先も見通せないほど暗いということだ。
 男のおれだけだったらまだしも、風中もいるからな。最近、変質者も多く出るというウワサも聞くし。
「ちょっと待ってて。見てくるね」
 バスの乗り場はまっすぐ校門を行くルートから少し外れたところにある。バスはこの大学の中にまで入ってくるのだ。風中は、そのバス停まで行こうとしていた。
 おれは風中に「おれが行くよ」と言おうとしたが、タイミングを逃し、そのまま風中を行かせてしまった。
「おれって…なにげに幸せなやつかなあ」
 かけ足でバス停に向かっていく風中の後ろ姿を見ながら思う。
 おれのために遅くまで付き合ってもらったり、今だって自分のためもあるのだろうが、おれが言う前から自分からバスがあるのかどうか見に行動していたり…
 なんだかもう、おれが風中を見続けている資格さえあるのかなあ、なんて思ってしまう。
 と、その時ちょうど、風中が帰ってきた。
「今日はもう終わってるみたい」
「そっか、まいったな…」
 やはり時間が時間だけに、明日にでもならない限り、このバス停にバスが来ることはないようだ。
 まだこのように学生がいるというのにふざけるなとでも言いたいところだが、バス会社だってたった2人の客のために1本走らせるというのはバカバカしい話だろう。
 というか、その前に大学側から送迎バスを出してくれと言った方が正論だな。
 まあ、それを今考えたところでどうしようもない。問題は、ここから歩いて帰らなければならないところにある。
 今まで、風中とは学校の中での付き合いしかない。こうしてプライベートタイムに一緒にいるというのは、まったく初めてのことだ。
 ましてやおれは、今まで彼女らしい彼女の1人もいたことがない。
 この状態は間違いなく「一緒に帰る」シチュエーションなのだが、どうしてもそのために言い出そうとしても声に出すことができない。
「どうしよう、空下君」
 風中にとっても、きっとここでバイバイというわけにはいかないのだろう。どうもおれの言葉を待っているように見える。
 こ、これは…ますます深刻な事態になってしまったぞ。
「そうだな、タクシーというわけにはいかないし」
「そうよね、タクシーは高すぎるし」
「つまり、歩いて帰るしかないってことだよな」
「うん、歩いて帰るしかないね」
 だめだ、堂々巡りだ。このままじゃ本気で夜が明けてしまう。
 ここは男であるおれが一発決めなきゃな。
 よし、言うぞ。
「一緒に帰ろうか?」
 その一瞬、空気が止まった。
 なぜなら、風中もおそらくおれと同じ口の動きをしていたのだから。