Under20,Over20 6
 
 
 あいかわらずヒマな授業が続く。
 外の壮大なる景色を見ては、あくび。目に涙がたまるのをゴシゴシ。
 こうして、今日1日も過ぎていってしまうんだなあ…
 そしてもうすぐやってくる誕生日…おれが20歳になる日も近い。
 19から20になったところで、いきなり何かが変わるものとは思えないけど。
 でも、変わってしまうような気がしてならない。
 大人になるという期待より、このまま大人になっていいのかという不安のほうが大きいといったところか。
 そして、ひとつため息をつく。
 視線の先には、風中の姿…
 おれのようにさぼっているのが見つからないように後ろの方に行っているおれとは違い、前の席に座って、真剣に先生の書き出している黒板の内容をノートに写しているようだ。
 なんでよりによっておれは風中に惚れてしまったんだろう。
 自分には全然似合わない人だとわかっているというのに…
「あ…」
 と、おれは授業中だというのに小さく声を漏らしてしまう。
 風中がおれの方に振り返ってきたのだ。
 おれの視線に気づいたのだろうか?てことはよくない印象を持たれただろうか。
 しばらくした後、けっこう距離があるのでよくは見えなかったが、風中の口元がちょっとだけ緩まったような感じになったと思ったら、また前のほうを向いてしまった。
「まいったな…」
 今の行動はどう判断すべきなのだろうか。
 おれはまた、あくびをしていた。
 
 桜が満開で、ピンク色のトンネルを新たな気持ちを胸に歩いていた入学式の日。
 その中でもひときわ大きな桜の木が、おれの歩く道の中央にあった。
 木はわざわざ周りを左右に道が囲むようになっていて、まるで歴史を語る記念物のように、貴重な扱いをされているように見えた。
 何か意味のあることなのだろうか、と通りすぎようとしたおれだったが、その時一陣の風が吹いて…
「おお…こりゃすごいな…」
 滝の流れるような涼しげな音とともに、その巨木から離れて渦を巻いた1枚1枚の桜の花びらが、おれを出迎えるように頭上で舞を披露しだしたのだ。
 めったなことで感動とかをしないおれだったが、この時ばかりは大学の入学というすがすがしい気分もあってか、立ち止まって見とれてしまっていた。
 しばらくして風がやみ、地面に次々と落ちてくる花びらたち。
 おれは一瞬だけの美しさを演出してくれたそれらを、最後まで見届ける。
 と、その花びらの向こうに、1人の女性の人影があるのをおれは見つけた。
 その人はおれと同じようにその場で立ち止まっていて…しかし、きれいなはずのその光景なのに、どこか浮かないような表情をしていた。
「悲しい…ね…」
 彼女は、おれに向かってなのか…そう言い出していた。
「この桜の木、人々に幸福を与える木だって言われているんです…知ってますか?」
 今度こそ、彼女はおれの方を向いて話しているようだった。
 おれはいきなり知らない人から話し掛けられたのに戸惑いつつも、答える。
「いや、知らなかったよ。そんないわれがあるのか…だからこうして、わざわざ道をよけさせてまで大事にされてるんだな」
 しかし、何か変なことをおれは言ってしまったのだろうか。彼女はおれの言葉を聞くなり、うつむいてしまった。
 そういえば、最初の彼女の言葉…『悲しい』とか言っていたな。それと関係があるのだろうか。
 なんだか気まずくなってしまったので、おれは彼女に質問をしてみる。
「この木って、この大学が出来る前からあったの?」
 すると、彼女は少しだけおれの方に視線を配る。
「そうです。ずっと昔から…だけど…」
 彼女がゆっくりと歩き出し、幹をなでるように触る。
「この木は誰かに幸せを与えられることができても、決して誰かから与えてもらってはくれない…咲いた花たちも今のように風が吹いてしまったら、あっという間に飛ばされてしまって。あとはこの木だけで1人ぼっちになってしまって。それって、不幸だと思って…」
 彼女こそ言葉に出して言わなかったが、もしそういうことなら幹に痛々しく削られた落書きの跡も理由の一つになるはずなのだが…
 辛くて言えないのだろう。おれは言い出せなかった。
 それに、今の風による花びらの舞を、ただきれいだとしか思えなかった自分にも…
 
「…というわけで、ここまででいったん休憩にしましょう」
 気づくと、1発目の授業が終わりに近づいていたようだった。
 そうか…今のって、夢…だったんだな。
「空下君、わかりましたか?」
「えっ?」
 眠りから覚めたまどろみの中で突然先生に呼ばれたおれは、一瞬にして思考が止まった。
 どうしよう…何も聞いてなかったぞ。
「は、はい…わかりました」
 意識とは別に、おれは反射的に答えてしまっていた。
「よろしい。で、何がわかったんですか?」
 げ…反撃されてしまったぞ。
「え、い、いやあの…わかりません」
 当然のごとく、おれは教室にいる人全員から失笑を買ってしまったのだった。