Under20,Over20 2
「だから、ごめんねって言ってるじゃない」
くるみはただ、おれに謝っている。だが、その表情は本気で反省していると思えない。
「冗談じゃないぜ…まあ、いつものお前のことだからなー。ほどほどにしろよ」
おれがどんな冗談じゃない仕打ちを受けたか。それはもはや一言では言い表せられない。
例えば道行く人々に突き刺さるような痛い視線を向けられたりとか、その中に本気でくるみを拉致しようとしているように見えたのか、突然第3者に羽交い締めされたりとか。
それはもう、大変なことをされたのだ。
しかしくるみはそれでもどこか面白がっているのか、少なくとも落ちこんでいるようには見えない。
「さっすがお兄ちゃん。よくわかってる〜!じゃ、もうそろそろ自分の教室に行くね。愛してるよ、お兄ちゃん!」
そう言ってくるみがおれの前で投げキッスをする。
「な、なっ…!だからおれが言いたいのは…!」
「へへ、じゃあね〜」
…逃げやがったな、あいつ。
今おれは、さっき語った大変なことをなんとか乗りきって、無事に学校にいる。
まあ、どんな学校かと言うと…一言で言えば大学だな。
電車から降りて30分もバスに揺られ、人里離れたコンビニもないような場所におれの通っている大学はある。
その分、上の階に行けば行くほど見下ろせる街が最高ではある。
ウワサでは夜景もきれいとのことらしい。おれは学校が終わればさっさと帰宅するから、その真偽を確かめてはいないが。
構内は結構広い。1教室に100人が入る教室に至っては最初は度肝を抜かれたものだ。もはや高校のそれとの比ではない。
中庭もそれなりの広さだし、日当たりもよくて昼寝には最適。
コンビニがない分、学内にそれと同等の購買スペースがあり、おかしやら雑誌やら弁当やら…と、けっこう使えるところではある。
ちなみにおれのいる学部は文学部。
なんで文学部なのかと言えば、けっこう小説とか読むのが好きだし…と、まあそれくらいの理由だろうか。
それに楽そうだったしね。
…と思ったら大間違いだった。
大学に入って早々、創作小説を原稿用紙で100枚ほど書けとか言われた時には本当にまいった。
おれはその頃、小説なんて一度も書いたことがなかったのだ。
というか、いくら文学部だからといっていきなり小説なんて書かせるか?普通。ありえないとも言いきれないけど。
それでも前向きに考えた。小説を読むことは多い。だから書くこともそう難しいことではないだろう…と。
しかし、それも甘かった。
書こうにも、題材がなければ作れない。題材を見つけても筋を立てること…要するにプロットと呼ばれるものを作らなければ、ちゃんとしたものが出来ない。
第一おれは、その小説を書く順序さえも知らなかったのだ。
でも、こんなおれでもなんとか1本の小説を書き上げるまでに至らせた、とある人がいる。
その人物というのが…
「よう、元気にやってるか?昼も夜も」
「バカ、朝からシモを言うな」
「朝からバカとはご挨拶だな。最初に小説の書き方を教えてやった恩は忘れたのか?え?」
その男はおれに顔を近づけて、軽くデコピンをする。
「けっ、まだ根に持ちやがって…」
そう、この男…永野直樹という奴が、まさにその人物なのだ。
知り合って間もないのに、おれが小説が進んでいないことを発見するなり家に上がりこんで講義していったり、学校でもおれの隣で話しかけてくる。
『小説ってのはな、例外を除いて1つの節につき1人の視点でなければいけないんだ。同じ節の中で何人もの感情が入り混じっていては、読者もつまらなく感じてしまう。相手の心境を読むことが読者にとっての楽しみでもあるわけだからな。それをやってもいいのはドラマくらいなものだ』
とにかく長かった。それを毎日聞かされるのはたまらなかったが、しかし皮肉にもそのおかげで小説がなんたるものかを知ることが出来たのも事実。それでなんとか完成させることができたのだ。
それに直樹も友人のいない新しい生活に戸惑っていたのだろう、今思えばあれが直樹なりのコミュニケーションの取り方だったのかもしれない。
とにかく、それに見事にはまってしまったのか、今でも友達付き合いが続いている。
「それよりも…妹の方、扱いが大変みたいだな」
直樹が面白そうに言う。
なるほど、さっきのくるみとのやり取りを見ていたってわけだな。
しかし、こいつまで面白がるとは…くるみと同一レベルってことか?
…いや、ありえるかもしれない。
「バカか、お前は。妹じゃないって言ってるだろ」
「ほお。じゃあくるみちゃんは女として見ているというわけだな」
はあ、どいつもこいつも。やはり直樹はくるみと発想が一緒らしい。
「いい加減にしろ。切れるぞ、マジで」
「へいへい。わかりましたよ」
そんなやりとりを交わしていた頃、また1人と教室のドアから入ってくる音が聞こえてきた。
「おはよう、空下君、永野君」
その子の笑顔は、おれにとってやっと最高の朝を告げるものとなってくれた。