おしえて、恋のイロハ。
Teach.4 小さな幸せを、おしえて。

 
 
「まったね〜、かなめお姉ちゃん!」
「うん、またねー」
 無機質な駅のホーム。目の前には新幹線のドアが開いて待っている。
 私は木下先輩と共に、かなめさんの見送りに来ていた。
 かなめさんも現役の高校生なのでゆっくりしているわけにはいかないということだった。もちろん、それは当然な話なんだけど。 木下先輩は私が見送りに来ることをちょっと渋っていたけれど、かなめさんの勢いに押されて了承していた。
 そもそも、なぜ渋る必要があるのかが疑問だったけれど、すぐにかなめさんは私のその疑問を察知したらしく解説までしてくれた。
「お兄ちゃん、照れてるだけなんだよ〜。だってだって、女の子2人連れてるなんて一緒に住んでた時は想像できなかったくらいなんだもん」
「あはは、そうなんだ…」
 かなめさんとは、最後にはそんな木下先輩のことで盛り上がるほどができるほど気が合っていた。
 昨日は色々なところを触られて大変だったけど、今となってはそれもスキンシップみたいなものだと感じはじめた。なんだか毒されているだけかもと考えたりしたけど、きっと気のせいだろう。
 そして私も一緒になって触り返したりしていているうちにますます私はかなめさんに好感を持った。これはきっと、木下先輩の妹さんだからこそだったのかとも思う。
 木下先輩は、どうしていいか分からなかったみたいだけど。
「ようやく帰ってくれるかと思うとせいせいするよ」
「お兄ちゃんはそうかもね〜、これからゆっくりそのふかふかな体を…きゃっ」
 かなめさんが1人で身をよじって赤くなっている。
 そういえば昨日はなかなか状況を把握できなくて気に留めていなかったけれど、ずいぶんと私と木下先輩が進んでいる仲のように見えているらしい。本当は言われていることはされていないのに、今のような言葉を木下先輩が聞いているのを思うと、途端に恥ずかしくなる。
 いったい、木下先輩はどう思っているんだろう。
 というか、私もだけど…
 木下先輩を見ると、何も聞かなかったかのように普段の話し方と同じくらいのテンションで、かなめさんをドアに押し込みはじめた。
「いいから早く帰れ、かなめ」
「はいはい、ジャマ者はさっさと帰りますよ〜だ。あ、かなめお姉ちゃん」
 発車のベルが鳴り始めた時、ドアの向こう側にいるかなめさんが私を手招きする。
 私が近くに寄ると、かなめさんは一言だけ言った。
「がんばってね」
 ドアが閉まっても、新幹線が動き出しても、かなめさんの笑顔は絶えない。
 がんばってね、か。今まで勘違いされていると思っていたけど、かなめさんは最初から木下先輩との関係が分かっていたのかもしれない。
 それに加えて私は認められた、ということなのかな?
 そんなことを思いながらいるとそのまま新幹線は見えなくなっていった。
 それはどこか普通に思う別れのシーンとはかけ離れているような、あっさりとした別れだった。
「ずいぶん簡単にお別れするんだね」
「ま、会えないわけじゃないから。どうせこっちから頻繁に会いに行ってるし。まさかこっちに来ることがあるとは思わなかったけどな」
 とはいっても、去っていった線路の向こうを遠く見ている木下先輩は、目を細めている。
 やっぱり、お兄さんという雰囲気を隠しきれていないように見えた。
 なんだかんだ言っても、大切な人なんだなぁ。もっとも、木下先輩を今まで近くで見てきた私は、そういう人であることは良く知っている。
「ど、どうした」
「ううん、別に。じゃあ帰ろっか、『お兄ちゃん』」
「からかわないでくれ」
 期待していたリアクションを取ってもらえなかったのは、ちょっと寂しい。
「つれないなぁ、妹さんの代わりになってあげようっていうのに」
「いらないから」
「またまたぁ」
 木下先輩はこれまでにも何度となく聞いているため息を1つ。「仕方ないな」と、私の方を向かずに言った。
 
 私は見送りの帰り、考えていたことがあった。
 なんでだろう、私はかなめさんと会ってから、何度か何かに嬉しく思ったことがある。
 でもそれが何なのか、これまで何も思い浮かべることができなかった。
「まったく…かなめにはいつも悩まされるよ」
 だけど今の木下先輩の言葉で、何に嬉しく思っていたのか、そして何が引っかかっていたのかが分かった。
「木下先輩、妹さんのことは名前で呼んでるんだね」
「まあ、そうだけど。それがどうかしたか?」
「私のことは名前で呼んでくれないの?」
「おまえはなー、なんか妹を呼んでいるみたいでちょっと」
 そう、私のことを呼ぶ時はだいたい『おまえ』か、苗字で呼ばれている。
 だから、かなめさんのことを少し羨ましくも思ったりした。
「むー、なんかやだ…さっき妹さんの代わりにしてもらえるって言ったばかりなのに」
 本当は、妹止まりであって欲しくないというのが本音だけれど。
「そう言われてもな」
 木下先輩にとってはちょっとしたことでも、私にとっては名前で呼ばれるのは嬉しいんだよ。だって好きなんだもん。ほんの小さな幸せでも、欲しいと思える。
 先輩に対してしか、こんな気持ちにはならないんだから。
 だから、木下先輩…
 
 そんな小さな幸せを、おしえて。
 
 

          

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