おしえて。 --Teach.9
 
 
「あはは、お兄ちゃんはきっと彼女ができることになるんだろうなぁ」
 窓の外でころころと変わり流れていく景色を見ながら、私は思った言葉を口に出していた。
 ほんの少しだったけど、様子を見に来てよかった。そんなことを思いながら。
 お兄ちゃんとは離れて暮らすようになってから3年近くになる。お父さんの転勤が決まった時、お兄ちゃんはタイミング悪く進学する高校が決まっていて、いい機会だからとそのままお兄ちゃんだけ残ることになって…
 それから一度もお兄ちゃんの暮らしぶりを見たことがなかったので、休みがちょうどできたこのチャンスを生かして、会いに来たというわけ。で、今は再会も終わって、その帰り。
「いきなり女の人がお兄ちゃんの家に来るんだもんなぁ」
 とにかく妹としてみたら何が気になるかって、女の人の存在が特に気になるわけで。
「そんな人はいないよ」
 なんてはぐらかしていたくせに、しっかり来られちゃって。私が出ようとした時のお兄ちゃんの顔といったら、冬だというのに今にも汗を噴き出しそうなものになるんだもん。その表情の分かりやすさが変わっていなくてほっとしたけどね。
 そして今日、新幹線に乗り込む私を、お兄ちゃんはその女の人と一緒に見送りに来てくれた。
 遠くなっていく2人の姿を見て、凄く似合っていると思った。ただ、お兄ちゃんはその女の人の気持ちを理解していないみたいで…
 あれは、私が端から見ていても分かるのに。なんで気付かないんだろう。
 でも、お兄ちゃんも意識していないってわけじゃなさそうだし…だってそもそもその女の人が家に来た時、ドア越しなのに誰なのか分かったあたりが怪しくて仕方ない。
「あっ、もしかして」
 一応、お兄ちゃんにばれないようにその女の人にはエールは送っておいたけど…
「もしもーし?」
 いつ通じ合えるのか、分かんないよね…お兄ちゃんの気持ちがどうなっているのかわかんないし。
「人を無視すんなぁ!」
「ひゃああっ!」
 耳元で大きな声を出されたので跳ね返りの耳鳴りがこだました。
 さっきから何か呼びかける声が聞こえるとは思っていたけれど…
「まったく…ようやく気付いたのか」
 まさか、その相手が私だったなんて。
「え…ええっ?なんでこの電車に乗ってるの?」
 そこにいたのは、私のクラスメイトの男子。というより、幼なじみと言った方が早いのかもしれない。
 いくらそれほどの関係とはいえ、さすがに地元から新幹線で移動しなければならない距離にいたりされると、驚く以外にない。
「偶然だ」
 そんな一言で片付けられるわけがない。
「もしかして、ストーカー?」
「そんなわけあるか。むしろどっちがだ」
「何が言いたいのかな〜?」
「別に何も」
 そんな言い方されれば、誰だって「別に何も」と思うわけないじゃない。
「さて、隣に座らせていただきますよっと」
「ストーカーさんを隣に置いておけるほど私の頭はおかしくなってないはずだけどなぁ」
「今日は例外だと頭にたたきこんでおいてくれ」
 シーズンから考えて混んでいないと思って自由席を選んだのは、本当に誰か乗っているのかなってくらいに空いていたので間違っていなかったと言える。だけどその代わり、誰であろうとこうして横に座られるのもまた問題はないって言える話になってしまうわけで。
 別に、嫌ってほどではないんだけど…
「で、何をしてきたんだ。わざわざこんな遠くまで」
 何の前触れもなく、彼が切り込んでくる。いつものことだから仕方ないとは思っているけど、私のことをちょっとは考えてほしいとも思うんだけどな。
「お兄ちゃんに会ってきたんだよ。けっこうちゃんとしてたから安心しちゃった」
「そうか、そりゃ良かった」
 幼なじみというくらいだから家も近く、家族での付き合いも多いので、彼も私のお兄ちゃんのことは知っている。だから、一応教えておいてもいいかなと思った。
「もっと部屋も汚く散らかっているかな〜って思ってたけど意外にそうでもないんだよ」
「まあ、あの人はけっこうまじめな感じがするからな」
「人付き合いもうまくいってるみたい」
「なるほどね…さっきの彼女みたいな女性を見る限り、確かにそうかもな」
「うんうん…ん?」
 危うく、今の言葉をそのまま流しそうになる。
「何でそれを知ってるの?」
「えっ、何が…うっ」
 彼もそのことに気付いたみたいで、今更ながら口を押さえたりなんかしている。
「女の人の話なんて私はしていない、でしょ?それに、今偶然会ったはずなのについさっきの出来事を知ってるって…」
「悪かった」
 彼が何も抵抗することなく、あっさりと非を認めてきた。これまでのやりとりからすると、意外な風にも感じた。
「どういうこと?」
「女の子1人で行かせるのが心配だから、見守ってくれとそっちのご両親に言われたんだ。実は今までもそれなりに頼まれてたりして」
 それはあまりにも突然の、なんだか怖ささえ感じる告白だった。これまでも1人で出かけることはよくあったけれど、それにも、つまり…
「や、やっぱり、ストーカー…」
「なわけあるか。そっちの両親公認だぞ」
 その言い分も間違ってはいないかもしれない。でもお父さんもお母さんも、何を考えているのとは思うけど…
「な、なんでそんなの引き受けちゃうの!すごく時間の無駄でしょ!」
「…ここまで明らかになっても、全然気付いてくれないんだな」
 彼の声がこれまでと違う小さく低いトーンに変わる。
 そこには、どこか暖かくも思える何かの思いを感じた。
 
 …そっか、そういうことなんだ。
 お兄ちゃんのこと、私が悪く言う資格なんて無かったんだ。
 あんなにあからさまに気持ちが見えるのに、なぜ気付かないのかっていうこと…
 私自身が今まさに、お兄ちゃんと同じ立場になっていたのに。
 
「う、うん…ごめん、今わかった」
 思えば最近はお兄ちゃんのことばかりで、私は周りが見えていなかったのかもしれない。
 すぐ近くに、私のことを見てくれていた人がいたというのに。
 これは私がちゃんと彼に対してけじめをつけないといけないと思った。だから、更に言葉を続けようと私が口を開こうとする…と。
「わかってくれたか、ようやく」
 それよりも彼の言葉が先に私に届いていた。
 そのまま、彼は…私の心の準備もできていないままに、先の言葉まで…
「幼なじみなんだから当然だってことだな」
「へっ?」
 あまりにも自分の思ったこととかけ離れたことを言われると、こんな声が出るものなんだ。
 
 どういうことなのか、一瞬わからなくなる。
 今の流れ、どう考えてもハッピーエンドにつながるところだったんじゃないの?
 だけど、これが彼の精一杯の照れ隠しだったということを知るのは、もう少し先の話。
 期待させといてこれはないじゃない、と文句を言うのもその時の話。
 
 やっぱり、気持ちを通じ合わせるのって難しいんだな。
 だからお兄ちゃんも頑張ってほしいと思える瞬間。
 
 私は…そうだなぁ、この先ゆっくりでもいい…少しずつでも。
 
 気持ちを、おしえて。
 
 

          

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