ピュア・ハート 第5回
そしてその十四時間後。
「いってきまーす!」
昨日、なかなか菊池くんとさよならすることが出来なかった私の家の門をくぐりぬけ、今日は一段と早く学校に向かいたい気分で走り出した。
今日は1つも雲がなく快晴。できればまだあってほしかったのに。そうすれば昨日のことを鮮明に思い出すことだってできたはず。
でも天気に言ってもしょうがないよね。
いつもの自分でいなきゃ。ポジティブに、前に進む自分に。
前のことを何回も振り返りすぎると、よくないもんね。昨日、寝る前に何度も思い出したし。
私はうーんと両手を組んでのびをした。よーし、今日もはりきっていこう!
と、その時だった。
私がふと横の方を見ると、今までにない風景が、そこにあった。
「よう、崎野さん」
「あっ、菊池くん!なんでなんで?」
そう、いきなり目の前に菊池くんが立っていたのだ。
「いや、なんでって・・・・ちょっと、通り掛かったからさ」
笑顔で菊池くんはそう言うけど。
「うそでしょ。このあたりは、学校に行くには通るような場所じゃないし、かといってお昼ご飯を買うっていったら余計に違うし。こんなところ通り掛かったって言えるような場所じゃないよ」
なんか昨日もこんなことがあったような気がする。
「ははっ・・・・ばれた?」
菊池くんはすぐに認めて、軽く笑いながら頭をかいた。
「なんの・・・・用なの?」
なんとなく予感はしているけれど、それを確実にするために私は菊池くんに聞いてみた。
「うーん、ここまで来たのに言いにくいなぁ。ま、でも正直に言うか。あ、あのさ・・・・」
「う、うん・・・・」
菊池くんの言葉を私は待った。通り掛かる人たちがちらちらとこちらを見てくるのがちょっと恥ずかしいけれど。
そして菊池くんは・・・・
「一緒に・・・・行かないか?」
言ってくれた。そう、私はこの言葉を待っていた。でも予想していたとはいえ、こうして改まって言われると、やっぱりなんか・・・・
「だめ・・・・かな。ごめん、迷惑だった?」
どうやら菊池くんは、私の黙った理由を違う意味に受け取ってしまったみたいだ。
「えっ、ううん。そ、そんなことない!」
「じゃあ・・・・いいんだね?」
「も、もっちろん!」
普通にしようしようとするのがすべて裏目に出てしまう私。もうどもりまくり。
「よし、じゃあ行こうか」
私はニコッと笑ってうんとうなずいた。
こうしていつもと違う登校が始まった。
昨日肩を並べて帰ったときのとは思うことが全然違う気がする。
それに、まわりの風景もなんだか違ったように見える。電柱や道路も、なんだか私たちを応援しているよう。
とっても幸せな気分に浸っていた私だったけれど、その次の出来事には目を見開かざるを得なかった。
歩いて五分のところにある、そこは・・・・
「やあ!理恵・・・・ちゃん?」
そこは葉埼くんの家の真正面。そして今の声はもちろん・・・・
「は、葉埼くん!」
ってこと。これはまずいかもしれない。
なにか問題が起こりそうな、そんな予感がする。どうしよう。本当にそうかも。
「あ、あのね、葉埼くん・・・・」
私は焦りのあまり、とっさに声に出していた。今から起こることを早めに止めたいという一心からだったのかも知れない。
しかしそのあと、私の思っていたこととは違う問題が起こってしまった。
「おいおい、理恵ちゃん。今日は俺と一緒に行く日だったろ?」
「えっ・・・・えっ?」
まったく聞いてない、そんなこと。
なにも言えない私。だからそうしているうちに、
「そ、そっか。そうだったのか。だからさっきは・・・・」
そう誤解しかけている菊池くんがいる。
違う、違うのに・・・・!
「そういうこと。ごめんな。理恵ちゃんが忘れていたみたいでさ」
葉埼くんは、そんな私のよそで話を進ませている。
「い、いや、別にいいさ。先約の方が大事だもんな、だいたいは。んじゃっ、崎野さん、俺は先に行ってるよ。それじゃまたあとで」
誤解したまま、菊池くんは私のことをチラチラ見ながらも、走り始めた。
「ちょっと、菊池くん!」
やっと声が出てきた私はその背中を追いかけようとした。が、しかし、
「ちょっと待ってくれ!」
この問題を作った人物は早々と私の進行しようとしている方向をふさいだ。
私は葉埼くんを真面目ににらみつけた。
それでも葉埼くんはあくまでクールそうに、言い始めた。
「ごめん。うそついちまったな」
この瞬間、私は何でも言えそうな気がしていた。
「そっ、そうよ。なんで?なんでそんなことするの?」
「悔しかったんだよ。理恵ちゃんが里史に取られそうでさ。俺の推測だけど、あいつ、たぶん理恵ちゃんに・・・・」
これ以上、話させる余地を私は残さなかった。その前に、私は葉埼くんの話を聞きたくなかった。
「なんで・・・・なんでそんなことするの?昔のころはそんな人じゃなかったのに・・・・なんでそんなこと!」
そのまま私はきびすを返し、葉埼くんに背を向けて走り出そうとしていた。のだが、
「理恵ちゃん・・・・」
葉埼くんの手が私の腰回りに巻き付けられ、背中では葉埼くんの温かみがそこにあった。
「な、なにしてるの!?みんなこっちを見てるのに!」
特にこの時間は自分の通っている学校の生徒でいっぱいだっていうのに。
「いいんだ、それでも。俺は理恵ちゃんが好きだから」
私を抱き締める葉埼くんの力が、少し強くなっていた。
この言葉に偽りはないのかも知れない。けれど、私にとってはそうじゃない。
いくら葉埼くんが私のことを好きでも、私を変えることなんて、絶対できない。
(そう、私はあの人が好きだから・・・・)
その人がいたから、今の自分がいる。
いつも困っている私を、彼は助けてくれた。
重いものを一緒に運んでくれたときも、一人で無茶しようとしたときも、支えになってくれた。
それはきっかけだったのかも知れない。けれど、それがすべてじゃない。
彼に恋したのは、もっと菊池くんのことを知りたい、そう思った初めての人だから。
そう心の中で思った瞬間、もうすでに怖いものが私の中からなくなっていた。
今まであいまいにしてきた葉埼くんに言いたかったこと、それと菊池くんへの想い・・・・言えそうな気がする。今ならたぶん・・・・
「ごめんなさい・・・・私、葉埼くんのことは友達にしか思えない。あっ、もちろん友達としてなら好きなんだよ。でも、やっぱり・・・・」
そのあとは私が言わずとも、葉埼くんがたまらなくなったのか、言っていた。
「異性としては考えられない、か」
「うん・・・・」
「そっか・・・・」
この時、今まで抱き締められていた腕は、私の腰まわりから消えていた。
「正直に言ってくれてありがとう。やっと楽になれたような気がするよ。結果は残念だったけど、さ」
「ご、ごめんなさい」
私の二度目のごめんなさいは、今までどっちつかずだった葉埼くんへの答えのことも考えながら頭を下げていた。
「いいさ。友達としては仲良くしてくれるんだろ?」
「うっ、うん」
「それなら困ったときも俺に気軽に相談してくれるよな?」
「うん、そうする・・・・」
「それに・・・・もし気が変わったらいつでも俺は待ってるぜ」
「う、うん。考えとく」
すると私の頭に、たたかれたような、軽い衝撃が走った。
「よくないぞ。そんな浮ついた気持ちじゃ、あいつも振り向いてくれないぞ」
「ご、ごめんなさい」
私はもう、これ以上はなにも言えなかった。葉埼くんもたぶんそうだと思う。私と葉埼くんは、急に黙り込んでしまった。
しばらく、そんな感じで続いたあと、葉埼くんは口を開いた。
「・・・・おいおい。もうこれ以上俺に惨めな思いをさせるなよ。もう言葉なんか出てこないんだからさ」
「えっ?」
この時の私には、なんのことを言っているのか、ぜんぜんわからずにいた。
葉埼くんは一つため息をついて、
「まったく、理恵ちゃんはピュアすぎるよ。わかんないのかなぁ、俺のこの気持ちが。まぁ、簡単に説明すれば、俺のことはいいからとにかくさっさと行けってこと」
「えっ、で、でも・・・・」
葉埼くんに少し同情してる。自分だって、こんなふうにされたら嫌だから。
「行けって!」
その後、今までにない、葉埼くんの険しい顔が私の目に映った。私は一瞬にして、葉埼くんの想いがわかったような気がした。
「う、うん・・・・わかった」
結局、私はつらいながらも行くことにした。
私は葉埼くんのことを気にしながらも、足早に、正確に言えば菊池くんに追いつかなきゃ、という一心で、走っていった。
葉埼くんの姿がだんだん見えなくなってくる。今日は何だか寂しそうに見える。
ごめんなさい、葉埼くん・・・・
そう思いながらも、私は菊池くんを追って走り続けた。