ピュア・ハート 第2回
 
 
 あれから一晩が経った。
 みんながみんな休み明けだから、疲れ気味に通学路を歩く姿が見える。
 すぐ前を歩いている男子高校生がごんと電柱にぶつかるのは重傷だと思ったけど。
 逆に大半の女子学生は元気いっぱいに、来る人来る人、『おはよう』と声を掛け、道に広がって歩いている。
 そんな人たちを私がボーッとしながら見ていると、一人の人が声をかけてきた。
「よう、崎野さん。おはよう」
 その声を聞いた瞬間、反射的に自分のほおが熱くなっていくのを感じた。
「あっ…お、おはよう」
 この人を間近で見てしまうと、照れてちゃんとあいさつが出来ない。
「な、なんだよ」
 その人物も、なんとなく照れ加減な感じで私に言った。
「えっ?なんで?」
「いや、俺の顔をまじまじと見るからさ」
「そ、そう?」
 だめだった。一度顔を見てしまうだけでもそむけることが、なかなかできない。
 それだけで彼が遠くへ行ってしまいそう。
 そう、この人こそが私、崎野理恵が好きな相手、菊池里史。
 この人は、中学1年から中学3年になった今でも同じクラスにいる。
 最初の印象はあまりくるものはなかったんだけれど、何回も顔を見るたびにそんな感情が芽生えてきて…今ではこうして、一メートルくらいの間を開けないと、自然にはしゃべれなくなっている。
 菊池くんがどう思っているかなんて、それはわからないけれど。
「しかしさぁ…なんでだよ」
 やっぱり、菊池くんはいつもどおりみたいである。
「えっ?なにが?」
 その逆に私は、今までの会話の中で、返事かあいさつしかしていない。
 そしてその後に菊池くんが続けた言葉は、私にとってとてもショックなことだった。
「いやさ…正樹のことが気になってさ」
 その人は昨日、一緒にお昼ご飯を食べた人。葉埼くんのことだ。
 そして、さらに彼は…
「あいつ、絶対に崎野さんに気があるんだぜ。なんで付き合わないのさ。同じレベルの家柄だし、美男美女のカップルなのに」
 私はその言葉に落ち込んだ。それって、つまり菊池くんが私のことをまったくの友達として見ているってことなのかな。
 もし、そうだったら私、どうすればいいんだろう。
「え、えっと…それは…」
 言われるのが怖くて、私は答えをためらっていた。でもまさかその対応でその後の菊池くんの言葉が、こんなことになってしまうなんて・・・・まったく私は予想していなかった。
「ははぁ、さては好きな奴でもいるんじゃないか?」
 私の心臓がバクンと一回、波打った。
 菊池くん、まさか私の気持ちを知っていたりして…
 ということは、もしかして私を誘ってるってことも?
「う、うん。い、一応いるけど…」
「へぇー、やっぱりな。そいつ、きっと幸せなんだろうな」
 そんなことないか、やっぱり。期待はアッという間に逸らされてしまった。
「もう…ドンカンなんだから…」
 下を向いて、口をとがらせながら、私はつぶやいた。
「ん?なんだって?」
「なーんでもないっ!」
 私は菊池くんを置いて、教室へと入っていった。
 
 先生が来ていない、私のクラスの教室。
 いつも先生がくればアッという間に黙るクラスメイトたちも今は好き放題に騒いでいる。
 そしてその教室内では、私の登校を今や遅しと待っている人がいた。
「理恵ーっ!おっはよーっ!」
 元気な彼女に負けじと私も手を振って返す。
「おっはよー!由美ちゃん!」
 彼女は角田由美。私にとって唯一なんでも話せる、一番の親友。
 もちろん葉埼くんのことや、菊池くんへの想いも、知っている。
 ただし、そのことは私たちだけの秘密。
 だから、私にとって一番良く知っている人だと言っても、過言ではないのだ。
 今日もハイテンションの由美ちゃん。今日は、なにから話そうかな。
 と、私が考えている間に、すでに彼女は話し始めていた。
「ねーねー、どうなの?菊池とは少しは進展した?」
 今の私にとって、結構辛い質問だった。
「ううん、ぜんぜん。だめなんだなぁ、私って…」
 私の顔がさみしそうに見えたのだろう、彼女はニコッと笑って、私のおでこを指ではじいた。
「だめだめ、理恵。考えすぎだよ、それ。だって理恵はこーんなにかわいいし、そんなことで悩んでるところがとてもピュアでいいし。これ以上の女の子なんてそんなにいないと思うよ。うん、私が保証する」
「励ましてくれるのはうれしいけど…ちょっと言い過ぎ」
 自分はそんなにすごい女の子じゃない。本気で、そう思ってるのに。
「そんなことないよ。自分でもそう思っているほうがいいよ。少しくらいうぬぼれる方が女の子はかわいいって」
 さっきから聞いていると、つい昔からの反応で、照れてしまって向かいあえなくなってしまう。
 でもなんとかこらえつつ、私はどもりながら、少し小さくなってしまった声で言った。
「と、とにかく…がんばってみるから。もうそんなこと言わないでっ!」
 そんな私の焦っている気持ちは、簡単に彼女に知られてしまったみたいで、
「ふふっ、そうそう。私の今の言葉で動揺しているくらいだもん、かわいくてしょうがないって」
「か、からかわないでよ、もう…」
 こんなことがエンドレス。やっぱりどうすればいいのかって、それは自分次第なんだな、と私は再び確信していた。