MILD RETURNS 1/CHRISTMAS NIGHT 
 
 
 12月24日、クリスマスイブ。
 クリスマスだからと言って浮かれたくはないが、どうしても気になってしまう、聖なる日。
 だからといって、今現在まで予定も何もないわけだが…
 別に特段仲のいい人がいるわけではない。だけどクリスマスの日くらい、奇跡があってほしい。
 まあ、そんなことを言うだけむなしくなるわけだが…
 そんなネガティブな思考ばかりが頭の中でループしながら、おれは一人布団の中にくるまる。
「こんな布団にくるまっているからだめなのか、おれは…」
 おれは一人鼻からふんと吹き出した。
 そこまで何もないと、笑い出してしまうのも仕方のないことだ。
 そんな時だった。
「We wish you a Merry Christmas...」
 おれのケータイが、バイブで机の上をガタガタ震わせながら、歌い始めた。
 時間は16時。
「だれだ…こんな日のこんな時間に」
 そう一人つぶやいて、何にも考えなしに…のつもりだったが、おそらくどこか期待を持っていたのだろう、おれは電話を取るなり。
「あっ、もしもし!今あんたどこにいるのよ」
 一瞬にしてあんまりな展開にため息をついていたのだった。
「母さん…いや、どこって言われても。家だが」
「じゃあ暇なのね。ちょっと付き合いなさいよ。父さんへのプレゼントを一緒に選んで欲しいんだけど」
「やだよメンドクサイ。母さんの方が父さんのことよく知ってるだろ」
「男同士の方がいろいろわかるでしょうよ。つべこべ言わずに早く来なさい」
「はいはい、わかりましたよ…」
 もうがっくりだ。電話の相手が母さんだったという上に、しかも父さんのプレゼント選びとは。
 というか今日選ぶのかよ。
 ツッコミどころは満載で、正直もう外へ出るのも嫌なのだが、多少強引ながら約束してしまったものは仕方がない。
 おれは、支度を始めた。
 
「やっぱ、出てくるんじゃなかった…」
 予想していた通りの展開が、おれの目の前で繰り広げられていた。
「里美、今日はどこ行くつもりだ?」
「そうね…修一君の行きたいところだったら。ち・な・み・に!永野君とくるみちゃんはレストランで食事だって。いいなあ」
「…それって暗に期待していないか?」
「えへへ…わかっちゃった?」
「あからさまにまた…まあ、えっと…予約はしてあるんだけど」
「えっ、えっ…?本当に?」
「後で言おうと思ってたんだけどな…」
 聞けば聞くほど自分がむなしくなるだけだ。やめよう…
 というか、どうしたんだ母さんは。なんで噴水の前なんて、カップルの待ち合わせ場所みたいなところで待ち合わせるんだ。
「あれー?」
 そんな時、おれの後ろで聞こえる、女性の声。
 振り向いた、その瞬間。おれは2度目のあんまりな展開を体験した。
「なーにやってんのかなー?一人でこんな寂しくたたずんじゃって」
「うっさいな、ほっとけ」
 もう今年に大学を卒業してからだから半年以上は会っていないが…忘れもしない。
 大学の時に一緒に講義を受けていた、彼女…
 ずっとおれにつきまとって、散々仲良くした挙句。
『ごめんなさい…今は、そういうの、考えられなくて』
 彼女が放った、その言葉がリフレインする。あの時と同じように、目をつぶって、顔を反らしていた。
 あのときはその場から逃げ出した。今も逃げ出したかった。
 なんでそんなに明るく振舞っているんだ。
 おれは、彼女のその無神経さに腹立ってきさえいた。
「…誰かと、待ち合わせ?」
「ああ、もう!母さんとだ、母さんと!笑うなら笑えよな!第一お前はどうなんだよ、なんでこんなところ…」
 そこまで言って、おれは言葉を止めた。
 噴水の前。カップルの待ち合わせみたいな場所…
 さっき、自分で思ったことだ。
 ということは、当然彼女も…
「それはね…」
「はいはい、母さんそろそろ来るから。早くどっか行けよ、しっしっ」
 手の甲を上にしながら振って、おれは彼女をどかそうとする。
 彼女が何かを言いかけたが、ほぼ100%何を言うか決まっていることを、あえて聞く必要もなかった。
「もーぉ、つれないなあ…」
 幸いなことに、彼女は何も返さずに、おれの元から去っていった。
「おー、ちゃんと来たわね。お待たせ。さあ行きますか」
 もっと幸いなことに、ちょうど入れ替わるように母さんがやってきた。
 非常に苦痛だったこの時間をこの母さんは全く理解せず、お待たせの一言で片付けたのはものすごい気になるが…
「しかしあんたもクリスマスイブだってのに一緒に過ごす相手もいないわけ?全く…悲しいことだわ」
「なんだよその挑発するような言葉は。ほっといてくれよ」
「ほら、大学の時によく家に遊びに来ていた女の子いたじゃない。彼女とはうまくやってたんじゃないの?」
 ものすごい失礼な言葉ばかりをなげかけていた母さんだったが、今の言葉に背筋に冷たいものが走った。
 ニアミス。聞かれてたらややこしいことになる…
「はいはーい!今も仲良くやってます!」
 …見事に、ややこしくなってしまっていた。
「なっ…なんだよお前!帰ったんじゃないのか!」
「あらまあ…ちゃんと彼女まで連れてきちゃって。じゃあ私はお邪魔ね。一人で父さんのプレゼント選びするわ…じゃあね」
「あっ、ちょ…」
 待てよ、という言葉が出る前に、既に母さんはきびすを返してしまっていた。
 というより、あまりに驚きすぎていたのだろうか…おれが言葉を発することができなかったからかもしれない。
「やーっと二人きりになれた…」
「おれはなりたくないんだが」
 本音だった。
 出来れば、二度と会いたくなかった。
 今でも彼女への想いを引きずっているからなおさら…
「今も…彼女はいないの?」
 彼女の発するそれは、痛い言葉だ。とげとなっておれの心に突き刺さる。
「ああ、いないよ。悪かったな!じゃあおれは帰るから」
 これ以上彼女と顔を合わせることは耐え切れない。涙さえ出そうだ。おれは彼女の元から立ち去ろうとした。
 しかし、できなかった。
 彼女の腕が、おれの腕にからみついていたのだ。
 涙が出そうなのはおれの方だったのに、涙を浮かべていたのは彼女の方だった。
「まだ、間に合うかなあ…」
 それは、聞き違いかと思うほど、信じられない言葉だった。
「嬉しかったのに…私の親、ちょうどあの時、その…離婚しちゃって。だからホント、嬉しかったのに、断っちゃって…だから、ずっと」
 その先は、言葉になっていなかった。
 期待していた、クリスマスの奇跡。
 噴水の前、すごく寒かったけれど。
 彼女と絡む、その腕の部分だけは、とても暖かかった。
 
 しかし、この話はまだ終わらない。
 それは、彼女が落ち着いてきた頃の話…
「ところでさあ…」
「ん?」
「私、偶然に君に会えたって思う?」
 一瞬、それは何を意味しているのか理解できなかった。
「私ね、今駅前のスーパーのレジでアルバイトしててね」
 思い浮かんだのは、母さんがいつも行っているスーパーであること。
「まさか…」
 は、はかられた…