賭けをしよう
「ねえ、じゃあ賭けをしない?」
学校終わりのHRが終わってほっと一息、部活もない帰宅部の僕がいつまでも学校にいるわけにはいかない。
そそくさと帰りの支度をして、カバンを肩に乗せるところまで来ていた時のことだった。
その女は僕に向かってそう言っていた。
「僕はモテないんだ」
実際に高校2年にもなって彼女の一人もいない。そんな気配もない。
そんなことを帰りのHR中にわざわざ僕の口から言わせたのが、この女だ。
「あんた、彼女作る気ないの?」
こんな質問無視すれば良かったのかもしれない。
ただ、後ろの席から乗り出すように聞いてくるのを無視する方が、逆にずっとこの体勢を続けさせることによって目立ちそうなので早々に答えたのだが…
もちろん、それをみんなの前でカミングアウトしたというわけではない。質問者に聞こえるようにつぶやいただけだ。
「ふーん…」
女はそれで納得したように引き下がっていく。…いや、納得されたらされたで悲しいものはあるけど、一旦はこれで落ち着いたのかと思った。
しかしそれで終わるわけが、当然あるわけもなく。
「なんだよ、賭けって」
「あんたね…何が『僕はモテない』よ。何そんな弱気なこと言ってるの」
「事実なんだからしかたないだろ」
「だから、事実かどうか確かめるのよ」
女はなぜか偉そうに僕の目の前で腕を組んでいる。
名案が浮かんだということなのかもしれないが、僕にはさっぱり何のことだか見えない。
「賭けと何がつながるんだ」
「今ここに何人か女子が残ってるでしょ」
「そうだな」
確かにHR直後だからまだ支度が終わっていないクラスメイトが何人かいる。改めて見回してみると何気に可愛い子が多い。
「この教室の中にいる女子全員に、あんたが好きか嫌いか聞いて確かめるわよ。1人でも好きって子がいたら私の勝ち。逆だったらあんたの勝ち」
「は!?」
自分でも驚くほどの声を出していたと思う。一気に僕にクラスメイトの視線が集まる。
「何を言い出すんだ、誰が聞くんだ誰が」
「みんな注目してる今がチャンスよ!私が聞いてきてあげるから。感謝しなさいよ」
「ば、馬鹿!本当に行くのかよ!」
感謝できる要素がどこにもない。そんなツッコミを入れる間もなく、手を伸ばしても届くことなく、既に1人目に突撃しはじめていた。
結局、何を賭けるんだかわからないまま。
「別に…何も思ってないけど」
「えー?好きなんてありえないよー」
「あんなスケベそうなヤツを好きかって言われてもねえ…」
「断固拒否します」
…なんだこのつるし上げは。
そろそろ心が折れてきそうな僕だったが、幸いこの状況を逃れるためにクラスメイトがどんどん教室から出て行ってくれて、最終的に誰もいなくなっていた。
いや、どう考えても幸いなところはどこにもないわけだが。
「もういいだろ…誰もいないぞ。疲れたから僕は帰る」
もはや賭けのことなどどうでも良い。とにかくかなりの無駄な労力を使ってしまっているので心を癒す方向でいきたい。
カバンを引っつかんで、僕は教室の出口に向かう。
「ちょっと待ってよ」
「なんだよ…」
「まだ1人だけ残ってるでしょ」
そして背中に、今までの心のダメージを包み込むような感覚。
「ほら、私の勝ち」
賭けの内容は、聞かなくても分かるような気がした。