MILD 35
CHRISTMAS TREE
私の家の片隅には、私より一回り大きい一本の木が植えられている。
特に何も変わったところのない、本当にただの木。
だけど私にはとても思い入れが深くて、いつだってこの木を見ると、思い出すことがある。
1年前の、ちょうどこの日のことを…
「お待たせ、待ったか?」
「ううん、全然!今出て来たばかりだから」
私はある男の人に、夜遅くこの木の前へ呼び出されていた。
もちろん私の家の前だから、夜が遅くたって問題ないし、待ったなんてことは本当に全然なくて、むしろ彼がなぜここにわざわざ来たんだろう、何を言いに来たんだろうと不安ばかりが私の心の中を支配していた。
「そっか、よかった…」
そう言ったきり、黙ってしまう彼の姿。
私は、胸の高鳴りを体中で感じていた。
私は、この人が好き。
いつもそばにいるはずなのに、なんでも言える仲なはずなのに。
たったそれだけの言葉が、言えない。
だから、彼が黙ってしまうと私は緊張してしまう。
言うなら今がチャンスなのかな、って…
私は彼の話の前だというのに、先走って口を開いた。
「あ、あのね…」
「あのさ、もうすぐオレ、引っ越すんだ」
それは、私が何か言うのを予感していたかのように。
私が何を言うのかわかっていたかのように。
私の言葉は、それきり止まった。
「…そうなんだ」
のどまで出かかる声をぐっと飲み込んで。
私の、精一杯の強がり。
引っ越すという現実を曲げることはできないし、ここで何を言ったって、もうどうしようもないってわかってるから。
もう少し私が子供でいられたら、まだワガママが言えていたのかな。
それきりお互い話に詰まってしまって…
彼は時計を見ながら、何か困っているよう。
「あの…私、帰ったほうがいい?」
本当はまだ、一緒にいたいけど…
それで彼を困らせてしまうなら、そんなことできない。
「あっ、ちょっと待って。もうそろそろなんだ」
「え…?」
私が顔を上げた、その時だった。
私の横にある木が突然光りだして…
そして、私の目の前では。
「メリークリスマス。これがオレからの…今年のプレゼント」
彼の笑った顔が、私の心を解きほぐしてくれる。
「これって…」
「この木、オレたちが小学生の時に2人で植えたものだってこと覚えてるか?」
「うん、覚えてるよ…」
本当によく覚えてる。
それは2人だけで遠くの街まで電車で出かけたとき。
その頃の私たちの背丈の半分にも満たなかった小さな木をデパートで配っていて、予想より遥かに重いことを途中何度も後悔しながらも運んできた。
だから私にとって、思い入れの深い木。
なぜなら、その時の彼のたくましさ…
私の初恋の瞬間だったから。
「あの時、ホント大変だったよな。何度置いて帰ろうと思ったか…でも木だって生き物なんだから置いて帰るなんてダメって言われて、最後まで運んできたんだよな」
「そう言った私があまり運ぶの手伝わなかったけどね」
私の言葉に、彼が笑う。
だけど、それも一瞬。急にまたまじめな顔になって…
「その時からなんだ」
それはあまりにも突然な、不意打ちの言葉。
「好きになったのが」
私の家の片隅にある1本の木。
私と同じように少しだけ成長して、あの日から1年間、ずっとあの日の思い出を抱えて過ごしてきた。
想いが通じたのにその日から逢えなくなること、それはすごく辛いけど…
でもそれは私の中で良い経験の1つなのかもしれない。
逢うことができない分だけ…
「お待たせ、待ったか?」
「ううん、全然!」
「良かった、いてくれて」
「1年後もまた来るから、その時にOKだったらここにいてほしいなんてキザなこと言われたら、来ないわけにはいかないでしょ?」
逢える時の楽しみが、たくさんできるから。
「ところで、今年のクリスマスプレゼントはないの?」
「あ」
「もう…忘れたの?しょうがないなあ」
「ごめん、じゃあ…これがプレゼントってことでいいかな」
それは、この木にまつわる思い出がまた1つ積み重なる時。
お互いの想いを、改めて感じた瞬間だった。