MILD 32
LOVE LETTER
「先輩、好きです。付き合ってください」
手紙には、そう綴られていた。
「告白、されたのか…?」
いまだに、実感が沸かない。
あまりにも突然過ぎて、事態が飲み込めずにいる。
それは、普段通りに学校へ向かう最中、いざ校門に入ろうとした瞬間の出来事。
よくヘルプで向かっている野球部のマネージャーの女の子が僕の前へやってきたかと思うと、
「これっ、受け取ってください!」
一言だけそう言われて勢いのままに受け取ってしまった1通の封書の中身にこれまた一言だけ書いてあった言葉、それが今の一文だった。
どうひねくれても、ここに書いている文章を読む限り、愛の告白以外の何物でもない。
「うーん、どうしたものか…」
嬉しいけど、困る。それが今の心境だった。
正直、「野球部のマネージャーの子は可愛い」などという、小説やゲームの1シーンみたいな都合のいい話などあるわけが無いと思っていたのだが、今告白を受けた女の子は学年を超えて評判がよく、「恋人にならなくてもいい、せめてこんな妹がいたらなあ…」とぬかしていたヤツもいる。
そんな子にそう思われていたのは確かに嬉しいけれど、今まで一度も彼女をそういう目で見たことが無く、どうするべきか判断に迷うところでもある。
「なーに朝からニヤけちゃってるのよっ」
そこに現れたのは、昔からの腐れ縁の女が1人。
とにかくバカで最低な女で、平気で人の気にするようなことを大声で話したりする。
だが、そんな性格があながち嫌いではなく、なんだかんだでけっこう女友達として成立しているのだから不思議だ。
「ああ、これもらっちゃってどうしようかと」
「何これ、ラブレター?へぇ、もらったの?自分で妄想で書いたんじゃなくて?」
「つくづく最低でバカな女だな。そんなことして何の得がある」
「なにをー!…うーん、でもまあ、アンタのいうことも間違いないわね…」
「ん?」
拍子抜けだった。普段ならもっと言い返してくるのだが。
「…どうするつもりなわけ?その子」
「なに、気になるのか?」
「変なことでも考えてたらぶん殴ろうかと思って」
少々つっかかるような言い方をされたが、今に始まったことではないのでその言葉にはあえて返さないことにした。
「…野球部のヘルプで駆り出されて数回しか会ってないから今は何とも言えない。でもこれからちょっとは意識してみることになると思うけど」
「ふーん、そう…」
というか、なぜこいつにこんな話をしなければならないんだ、と今更ながら思う。
だいたい、こいつにこの手紙を見せている時点でおかしいじゃないか。
「はいはい、このくらいでこの話はオシマイ」
これ以上詮索されると面倒なことになりそうなので、ここで話を切ることにした。
放課後ともなると、普通の制服だけでは少しばかり防寒対策には心細くなる。
コートを羽織って、外に出た。
ようやく学校から開放されたという安心感から伸びをするためにふと上を見上げると、車の通りが多い車道をまたぐ歩道橋の上で、目につく影が1つ。
「あいつ、なにやってるんだ…?」
手すりに腕組みをする形でその体を預けている。何か考え事だろうか。
「先輩、途中まで一緒に帰りませんか?」
その時かけられた1つの声。今朝告白されたその相手が、目の前にいた。
「あ、ああ…そうしようか」
どうやら待っていたようだ。
となればここで断るのも失礼だし、OKすること以外にないだろう。
歩道橋の上の影が、いまだ気になりつつも…
「私が一方的に先輩に手紙なんか送り付けてしまって…先輩、困ってますよね」
「いや、そんなことないけど」
「あのっ、だから返事は今すぐでなくてもいいんです。私のことを少しでも見てもらえるようになってもらえれば、それだけで。それから返事をしてもらってかまわないんです。待ってますから…って、一人で喋り続けてしまいました、ごめんなさい」
話を聞けば聞くほど、なるほど人気のあるわけもわかる。常に相手のことを考えていて、更に自分のした行動が相手にどのような影響を与えているのか、それをわきまえている。
「先輩?どうしたんですか?」
「あ、ああごめん。そう言ってもらえると助かる」
とっさに出たこの言葉に、間違いはない。
変に暗くなってシリアスに話を切り出されたらどうしようかと思っていたけれど、彼女のこの笑顔には救われる。
「先輩、ケータイ鳴ってますよ」
「あ、ごめんごめん」
まずい、彼女と歩いていると色々なことを考えてしまう。さっきからごめんばかりしか彼女に言えていないではないか。
なるべく早く事を済ませようと、急いで取り出した2つ折りケータイの背面液晶に現れる文字は、メールの到着を知らせていた。
「メール?珍しいな…」
大抵誰とでも通話で済ませてしまうため、メールはほとんど来ない。来るとしても広告メール程度のものだ。
またその類のものかと思いながら、一応フタを開けてみる。
「私も好きだったけど、結局言えなかった。もう違う人に目が向いちゃっているから…だから邪魔者は消えます。じゃね」
一瞬、何のいたずらかと思った。
しかしその時浮かんだのは、歩道橋の上の影。
「何考えてんだ、あのバカ!」
差出人は、今更言うものではない。
「どっ、どうしたんですか!?」
隣で笑顔でいた彼女が一転、胸を押さえて肩で呼吸している。
しかし、あまりそのフォローに回っている暇はなさそうだった。
「ごっ、ごめん!ちょっと学校に忘れものがあって…だから先帰っててくれないか!じゃっ!」
「あっ、せ、先輩!」
バレバレの嘘をついてしまった。だけど一刻も早く、メールの差出人のもとへ向かわなければ。
やっぱりあいつはバカで、最低な女だ。
そして自分も大バカで、物凄く最低だ。
ここまで、全然気づかずにいたなんて。
階段も1段飛ばしで駆け上がり、激しい酸素不足に襲われる歩道橋の上。
「おい、何やってるんだよ!」
そう叫んでも、あいつのいつものカラ元気にもほどがある返事が、今日はない。
「何やってるんだって聞いてるだろ!」
歩道橋の中心まで駆け寄って、肩をつかむ。その肩は、微かに震えていた。
ただ、予想していた展開とは違ったことが1つあった。
「あははははっ…」
…肩が震えていたのは、その人物が笑っていたからだったということが。
「…おい、何の冗談だ?」
「何が?私はただ、2人仲良く帰っていくからお邪魔だと思って失礼するねってメール打っただけなんだけどなぁ?」
言いながらも口元が笑っている。
「…確信犯か」
もう脱力するという選択肢しか自分の中で残されておらず、怒る気力も沸いてこなかった。
「でもねぇ…後輩の彼女を置いてまで私を優先するなんて、らしくないじゃない。私に気があったりして」
「バカか、いきなり何を言い出すんだ」
「まあねえ…でも、さっきのメールは前半はけっこう本気だったりするかもね」
一瞬、下で通過していく車の交通量とはまるで正反対の状況な時間が流れた。
突然告白めいたことをされたわけだが、それ以前に更に混乱するようなことを言ったこいつの罪は、重い。
「…ったく、この混乱した状況を作った借り、今返してもらうからな」
羽織っていたコートを半分脱いで、彼女にかぶせ、そっと口を近づけ…
「え…あ…う…」
されるがままに、身を委ねてくる彼女が…
…おかしかった。
「くくくっ…すっかり女の顔になってやんの」
「あっ、ああああアンタまさか」
「まったく、つくづくバカで最低で、そしておまけに単純な女…」
「なんですってー!もう一度言ってみなさいよ!」
「仕返しだ仕返し!うわっ、落とそうとするなバカ!」
そう、こんなやりとりが自分たちには似合っている。
そしてこれからも、ずっとこういう関係を保っていきたい。
明日になったら、ちゃんと後輩の女の子に謝って、断りの返事を返そう。
そんなことをこのやりとりをしている間に考えていた。