MILD 29
AUTUMN WIND
「うう、寒いな…」
9月の衣替えの時はまだ暑い、上着なんて着たくないと思ったものだが、ただの1カ月でこうも印象が変わってしまうものだろうか。
学校に行くために家を出た瞬間から、僕は上着の存在に感謝した。
こうも寒いと思う理由、それはおそらくこの、ともあれば吹き飛ばされそうな風のせいだろう。
とはいえ、「風が強すぎて風邪引いたため休みます」といった、古典的かつつまらないネタを提供するようなハメになるわけにはいかない。
早いところ、風をしのげる場所までソッコーで行くことにしよう。
「みぃーつけたっ!」
…しかし、これはお決まりというのだろうか。案の定と言うか、この風の中をテンションで乗り切ろうとしたところを見事に打ち壊してくれる、間の抜けた声が1つ。
僕はすでにその人物がわかっていたので、振り向きざまに言った。
「あのな、僕とおまえとは家が隣なんだから家の前で出くわすのはほとんど当たり前とい…」
「一緒にガッコ行こっ!」
人が話をしているのをさえぎってまで聞こうとしないのも相変わらず、か。
「はいはい…おっしゃるとおりに」
結局僕が折れるのも、普段通りの展開になってしまった。
ここで僕と彼女の関係を説明すると、簡単に言えばクラスメイト。
ただ一つ、他のクラスメイトと違うところは、彼女はこの2学期が始まると同時に転校してこの街にやってきて、しかも、偶然にも僕の家の隣に彼女の家があるという点だ。
といっても、現在の彼女の家はもともと親戚に当たるものらしく、そこでお世話になっているというのが正しいだろうか。
1カ月経った今となっては彼女はこの通り、僕はおろかクラスメイトたちともすっかり打ち解け、むしろ僕としては彼女を扱うのに手こずらされるほどの存在にまでなってしまった。
それによって毎日被害を被っている僕から見て、彼女はとにかく常識を超越した行動をとることが多く、振り回されてばかりいて…
「もう、今日はガッコさぼっちゃってどっか行こうよっ!」
「バカ、さっき学校一緒に行こうと行ったのはどこのどいつだ」
そんなやりとりは日常茶飯時なのだ。
別段彼女は学校を単にサボりたいわけではなく、「なんとなく」だというのだからタチが悪い。
「まったくもう、わかったわよぅ…」
「それはこっちのセリフだ」
こんなくだらないやりとりを毎日繰り返され、いい加減耐性がついてきた僕だったのだが…
この後、彼女のとんでもない常識の逸脱ぶりを僕は嫌でも認識させられることになる。
それは学校にもうすぐで到着する直前のことだった。
「ねぇ…」
彼女がしきりに僕を呼びかけている。
突然、彼女が何の脈絡もないまま呼びかけてくる時は、大抵面倒な話になることが多いので、僕はこの秋の冷たい風の音のせいにして、聞こえないふりをする。
「ねぇってばっ!」
ここまでくるとさすがに無視するのもつらいので、一応返事を返す。
「なんだよ…」
「なんでそんなぶっきらぼうな返事するわけぇ?こんなか弱い女の子がせっかく呼びかけてるのに」
「バーカ、か弱い女の子ってイメージかよ」
僕は普段と同じような返事をしたのだが…
しかしその時、彼女は一瞬何か考え込むような素振りを見せた。
「……じゃあ、1年前はどうだったの?」
予想外の言葉だった。
彼女が転校してきて僕の家の隣に住むようになったのはつい半年前のことだ。
どう考えても彼女との接点はない。
強いて言えば、去年の今日は学園祭の日だったことだけだ。
なぜそれを覚えているかといえば、僕の誕生日だからである。
今年の学園祭も今度の日曜日に迫っていて、今は準備期間…というのはおいておくとして。
「覚えてない?これ…」
彼女の出したのは、黒いマフラー…
そうだ、マフラーだ。記憶の糸を手繰り寄せて思い出す記憶。
確か、誰かに貸してそのままにしていたものだ。
誰かまでは思い出せない。しかし、今彼女が持っているということは…
「1年前、マフラー貸してくれてありがとっ!」
僕は、開いた口が塞がらないと言うのはこういうことをいうのだと、冷静に分析しながらも内心焦りが体中かけ巡っていた。
「おまえ、まさかそれだけのために…」
引っ越してきて、この高校に転入までしてきたというのか。
「さあねぇ…どうでしょ」
彼女がいたずらな笑みを浮かべる。
「でもね、ちゃんとつかまえてくれなきゃどっかに飛んでっちゃうんだから…この秋の風みたいに」
その顔が、いたずらに笑った。