MILD 21
IN THE TRAIN -SUMMER-
私が高校に入学してからもう3ヶ月。
ちょっとだけオトナになれた気分。
朝の満員電車に乗って毎日通学。
すべて新鮮で、最初は苦痛でしかなかったのも確かだったけど、今はどうにか慣れてきてる。
確かに時が経てばっていうのもあるけど、でもそれ以上に…
「あっ、今日もいる…」
私の乗る駅で、いつも同じ席に、同じ格好をして眠っている男の人。
きっと、最初の駅のほうでいつもこの席をキープしているんだろうな。
そして私は、決まってその人の前に立って、私が降りる駅まで眺めている。
年は私と同じくらいかな?だいたいそうだろうけど、私より背が高くて、ほっそりしていて、それでいて体つきがよくて。
どうしていつも見ているかはわからない。
これが恋なのかどうかもわからない。
私がこれまで恋という恋をしていなかったからかな。自分自身でも気づいていないだけなのかも。
だからと言って、そんな自分の気持ちに気づくのもイヤだった。
だって、もしこの人に嫌われてしまったりでもしたら…?
もし、付き合っているような人がいたら…?
それはただの私の考えすぎで、臆病になっているだけなのかもしれない。
だけど、そうかもしれないと思っていても、一歩先に踏み込めない私がいる。
もうすぐ夏休みだし、しばらく会えなくなるとさびしい。
ちょっとだけ勇気を出して、『いつもこの席で座ってますよね』とか言うの。
そうして声をかけられればいいなあ…って。
でもきっと私にはできない。これからもずっと。
ただ、見ているだけしか…
「きゃっ!」
カーブに差し掛かって、突然電車が揺れた。
ただでさえ超満員。私は後ろから何十人もの力でぐいぐいと押されて、耐え切れなくなって窓に片手をついた。
ふと、男の人の顔を見る。
私は今、その人を覆うような形になっていた。
顔も、ものすごく近くにある。
しかも、もう片方のかばんを持っている側の手が、男の人の手を握り締めていたことに気づく。
私の顔が…熱い。
おそらくあまりの後ろからの力に、無意識にそうしていたみたい。
すぐ、離そうと思ったけれど…
でも大きくて、暖かい…
ずっと、触れていたい…
自分一人だけでドキドキしていて、なんだかバカみたいだけど、でもうれしいものはうれしい。
ちょっと体勢として辛いけど、しばらくこうしていたいな。
すると、いきなり男の人の手がピクリと動いた。
瞬間、私の胸が跳ね上がるように動き、息が止まる。
そして、その顔が上がる。ゆっくりと、左右に振っている。
(お、おきちゃった…)
「ん?」とその男の人は手のほうを見る。
真っ先に気づいたようだ。
「あっ!ご、ごめんなさい!」
一方の私ときたら、突然の出来事に戸惑って、手を握り締めたままだったことを忘れていた。
「大変そうだね。座る?」
状況を察知したのか、男の人がそう言い出した。私は更なる事態に頭が少し真っ白になりかけていた。
「そ…そんな、いいです、私!」
「いいよいいよ、遠慮しなくても。ほら」
結局…何もこの先の言葉が思い浮かばずに譲られたまま座ってしまう私。
本当に、いいのかな…
なんだろ、すごく気まずい…
「寝ててもいいんだけど。ほら、起こすからさ」
そんな…寝ていられるわけないじゃない。さっきの私と同じ状況をその男の人は受けているのに。
私のいつも見ている男の人が、今は逆の立場になって見上げる位置にいる。
なんか、変な気分だった。
すごく、申し訳ない感じがする。
すると、男の人は私がいつも言うことのできなかったセリフを言った。
「いつも…この場所で会うね」
私のことを知っている…?
それが、ひとつの驚きだった。
確かに私はいつも、すぐそばで立っている。
でも、いつも寝ていたから気づいていないと思っていたのに…
「は、はい…そうですね」
なんだか、変にかしこまってしまう。
せっかくお話できるチャンスだというのに…逃げ出したいとさえ思ってしまう自分もいて。
でも…
「ん?どうしたの…?」
このままなんてイヤ!私はもうこれ以上待ちつづけてはいられない!
「お…お名前教えてもらえませんか!?」
それは、初めてこの男の人の前で出せた勇気。
これがこの先どうなっていくのかはわからないけど。
もしかしたら、初恋になっていくのかもわからないけど。
きっと、私にとって今日の満員電車はずっと記憶に残るものになるはず。
私は、夏休みのあとの自分たちの姿がどうなっているのかを想像しながら、戸惑う男の人に笑いかけていた。