MILD 15
MY BIRTHDAY!

 今日も平凡な一日が終わっていってしまうのか…
 確かに毎日が平凡なのは当たり前といえば当たり前で、もう慣れきってしまったことでもあるけれど、今日だけはそういう日にはしたくなかった。
 なぜなら、今日は僕の誕生日だったから…
 普通だったら友達の1人からでも『おめでとう』くらいのメッセージをメールで入れてきてもらえるくらいあるだろうが、それさえもない。
 悲しすぎる、1人きりの誕生日…この春に一人暮らしを始めた僕には、酷な試練だ。
 去年までは、必ず毎回のように祝ってくれたあいつも…来るわけがないか。
 この1人暮らしをしている場所は、さすがに前にあった家より遠くに離れているところにある。そうでないと、1人暮らしをしている意味もない。
 そう簡単に来ることができる場所ではないのだ。
 今はもう、午後8時を回っている。
 …仕方がないか。この頃みんな、今度学校で受ける検定の勉強に追われているからな、誕生日を祝っている場合じゃないか。
 そうだな、こうしている時間ももったいない。たまには勉強するか。
 そうして僕は、めったに家では中を見ることのないかばんを大きく開けて、テキストを取り出す。
 1人きりの誕生日に加えて、1人きりの勉強会。
 はあ…こんなめでたい日にでも、現実は容赦なく襲ってくるんだな。
 ため息をつき、あきらめて本腰を入れて勉強しようとしたその時だった。
 気のせいか玄関のドアの向こうで、小さく物音がしたような感じがした。
「おいおい…なんだよ」
 まだ夜も早めだが、穏やかな話ではない。
 このあたりは街灯の点いている時の音まで聞こえるほど、静かなところである。
 しばらくたっても他の部屋のドアをあける音がしないため、これはますます怪しくなってきていた。
「こんな時間に…何をうろうろしているんだ?」
 こんなめでたい日だというのにまさか泥棒が出現してるのではと、考えれば考えるほど恐ろしくなってくる。
 でも、可能性がないわけでもない。泥棒は考えすぎだとしても、確か玄関のカギを閉めていなかったような気がした僕は、面倒なことに巻き込まれないようにカギを閉めに行くがてら、様子を見ておくことにした。
 立ち上がって玄関まで足を運び、わずかな緊張感にためらいつつも、ゆっくりドアをあける。
 僕はその正体を見て、体が固まってしまうような感覚に陥った。
「あっ…バレちゃった…か」
 心臓が止まってしまいそうな僕に対して、その声を出した人物は、満面の笑顔を崩さずにいた。
 
 
「で?何しに来たんだよ」
 僕はとりあえず、そのまま帰すわけにもいかなかったので、その人物を部屋に通していた。
「何しに…って、忘れたわけ?彼女がいないあなたに、毎年恒例の行事をしにきてあげたんじゃない」
「なんか…今、すっごく屈辱的なこと言われたような気がするんだけど」
「気にしない気にしない。でもねぇ…へえーっ、けっこうきれいな部屋をキープしてるんだね」
「まったく…話をそらしやがって」
 そう…来るはずがないと思っていたあいつが、わざわざ遠いところにあるこのアパートにやってきたというのだ。
 今言っている『あいつ』との関係は…簡単に言ってしまえば、単なる幼なじみというだけの女だった。
 中学生の頃からだろうか、急に彼女は、
『いい人がみつかるまで、私が誕生日を祝ってあげるね!』
 と僕の誕生日の時に言い出してきた。
 それからもう5回を超えて、僕の誕生日の時には必ず僕の家まで来て、一緒の時間を過ごしていた。
 でも…さすがに今回は両親もいない1人暮らしで、こんなにも遠いところだから、さっきも思ったように来ないと思ったのだが…
 特に1人暮らしだから、いくら幼なじみとはいえ男と女が2人だけというのも普通とは思えないため、部屋に入れるのも少しためらったのだが、彼女はまったく気にもとめていないようだった。
「なんか…つまんなさそうだね。せっかくプレゼントも持ってきたのに…」
 昔のことを振り返っていた僕に、彼女が声をかけてくる。
 どうやらその様子は、僕が不満な顔をしていたように見えていたようだった。
 そして僕は、昔と同じような反応をする。
「うるさいなあ…こんな不快な気分にさせたのは誰だっつの」
「あいかわらず…口は悪いんだね」
 ところが、彼女の瞳がうるんでいるのに気付き、僕は正直言って驚いた。
 彼女も、彼女なりに成長しようとしている。
 それに気付かず、いつものように接してしまった自分が、少し恥ずかしかった。
 僕だって誰にでも口が悪いわけじゃない。
 彼女だからこそからかいたくなって、彼女だからこそ、いろいろ言えてしまう自分がいた。
 それでもいつも、彼女は笑っていつも笑って流してくれていた。
 だから…何も感じていないと思っていたのに…
 そんな自然と彼女に甘えてしまっていた自分が、余計に恥ずかしかった。
「わ、悪い…せっかく来てくれたのに、言いすぎたな」
 心から反省して、今までの分とあわせて、彼女に謝る。
「私だって…そういうこと言われたら、ショックなんだからね」
 言いながら、また笑顔に戻る彼女。
 とても、ありがたかった。
 そして…その笑顔は、完全に女の顔になっていた。
 その僕の視線に気付いたのか、彼女は少し僕から顔をそらした。
「そ、そうだ!電気消そ!えっと、ろうそくろうそく…ん。あった!えっとさ…私もこづかいピンチでさあ…これで、いいよね?」
 彼女が用意していたのは、ろうそく1本と、それを支える台だけだった。
「雰囲気だけでも…ってことか」
 電気を消し、彼女がマッチで火を灯してくれる。
 灯っている炎の向こう側で揺れる彼女の顔と、ささやかに歌ってくれるバースデーソングのその声に、僕は毎年恒例なはずなのに、胸がしめつけられる。
 変な気分のままに、僕がろうそくの火を吹き消す。
 一瞬の、暗闇の中の静寂。
 少なくとも今だけは、素直な気持ちでいられる気がする。
「今日は…ありがとうな。わざわざ…」
 そこまで言いかけたが、僕はこれ以上の言葉を続けられなくなっていた。
 彼女がテーブルを乗り出していた。
 そう、もう言葉を重ねる必要はなかった。
「誕生日のお祝いと、ただの幼なじみから抜け出せた記念…だね」
 彼女が、僕に向かってつぶやく。
「私、『いい人ができるまで誕生日を祝ってあげる』って言ったけど…ホントはつらかったんだよ…。でも、毎年この日が楽しみだった。彼女がいないってわかる日だったから…。だから今度の誕生日からは、私がその役目になっても…いいんだよね」
 一番最高な、2人きりの誕生日の夜だった。