MILD 13
DON'T MUST LOSE!

 なんだか急に、夏に向けて暑くなっていくような気がする。
 桜も散ってしまっているというのに物悲しさにふけるひまもなく、今日も僕は学校へと向かっていた。
 高校を卒業して、専門学校に行くという進路に身を投じてから、はや1ヶ月が経った。
 友達もそれなりにでき、今のところ特に問題もなく毎日を過ごしている。
 ……と、いいたいところだけど。
 そんなに人生、楽になるわけがないんだな、やっぱり。
 一人でゆっくり、考え事をしながら歩いていられるのも、束の間のことだった。
 後ろのほうから、人が駆け出してくる気配を感じた。
(やばい!!)
 その不吉な物音に、僕は不運にも気付くのが遅れてしまった。
 よけようとしたときにはもう遅く、その物音の主は、勢いを殺すことなく、僕の背中にぶつかるのだった。
 こけそうになりながらも、気配だけは感じ取っていたため、なんとか体制を立て直した僕は、この出来事を引き起こした本人のほうへと顔を向けた。
「くっ……またお前か……いつものことながら、また注意散漫になってしまった……」
「えへへ、今日も私の勝ちーぃ!」
 相手はそんなにおもしろいことなのか、へらへらと笑っている。
 僕はその様子を見て、地面にへたりこんでしまいたいほどに脱力しかけた。
 まったく、この女は……どうしてこんなことで喜ぶかね。
 そう、今突如衝突して来た彼女こそが、僕のかかえる『問題』なのだ。
 なぜだかはしらないが、中学、高校と同じクラスになることが多くなった頃から、彼女は何かと僕に張り合ってくるようになった。
 確か最初に話した……というか言葉を交わしたのは、自分の意志に関係なく、とあるテーマの賛成と反対にわかれ、言い合いを学校でしたときだったと思う。
 僕と彼女は反対の立場だったのだが、他の人とはうまく自分の意見を言うことができなかったのに対して、不思議と彼女と当たったとき、担任もうなってしまうほどの熱論を繰り広げていたらしい。
 それは、自分自身の手ごたえでもあった。
 僕はあまり女子と話すのは得意ではなかったのだが、それがきっかけで彼女とだけは普通に話せるようになった。
 ところが……6年もの時が経ってしまうと、こうなってしまうらしい。
 確かに、『女の子にかまってもらっている』という言いかたをすれば聞こえはいいが、もはやこれはつきまとわれているという風にしか表現できない。
 おまけに、あの言い合いをしたときの手ごたえの理由にもなるかもしれないが、運動神経、勉強、その他もろもろ……ほとんど全てがちょうど同じレベルと言っていいほどで、高校進学、そして専門学校まで同じになってしまうとは……
 これからも彼女の気ままな行動に長い間付き合っていかなければならないと思うと、気が重くなるのもしかたない。
「あっ、ほら、早く行かないと遅刻になっちゃうよ!」
 そしてまた、彼女の無邪気な声が。
「誰のせいだ、誰の!」
 そして今日も、無理矢理引っ張られていく一日が始まってしまうのだ。
「よーし、学校まで競争だよ!」
 そんな僕の気も知ってか知らずか、彼女はいつも元気だった。
 
 
 真向かいに堂々と、前からあったと言われているパチンコ屋がそびえているという、勉強する場所とは到底思えない悪環境の中に建っているこの学校だが、ひとたび教室に入れば荒れてなどなく、いたって明るく仲間が出迎えてくれる。
 もちろん、あの女以外の友達も声をかけてくれるわけだ。
 時はすでに昼休み、僕はいつものように彼女を振り切って、男友達と近くのファーストフードショップに足を運んでいた。しかし、彼女の全てを振り切れてはいなかった。
「おっ、今日もお前の愛しのスイートハニーは一緒じゃないのか?」
「まったく、からかうなよな……お前まで。それに何がスイートハニーだ、バカ。誤解をするな」
 ホント、あいつがつきまとってきたぶんだけ、こうしてからかわれるもとになってしまうのだから嫌になる。
 まあ……まったく気になっていないといえばウソになるけど、そんなに深い意味もない。
「おっ、その顔は……気になって仕方ないってやつだな」
 僕はもう、あきれて声も出なかった。
「ん?違うのか?でもな……彼女の様子を見てると、彼女は案外……」
「案外……なんだっていうんだよ」
 逆に、今度は友達のほうが首を横に細かく振り、明らかにあきれたというような顔を見せた。
「はぁ……鈍感なやつめ。まあいいや、それより、午後からのテストな……」
 何か僕に察したものでもあったのだろうか、いきなり話題を変え始めた。
 僕はそれに救われたと思いながらも、それでも平静な自分を取り戻せずにいた。
 その気持ちがなんなのか、僕はごまかすようにバーガーをひとかじりしていた。
 
 
 彼女を意識せずにはいられなくなったその日の帰り、一緒に帰ろうといつものように言われ、気が付いたときには断れないままに隣同士、肩を並べていた。
 その途中、予想はしていたが彼女は一方的に、僕にひたすら話し掛けてくる。
「今日のテスト、きっと私の勝ちね!」
「あっ、そういえばそろそろ体育祭だよね。絶対負けないんだから!」
「むーっ、まだ私のほうが身長低いなあ……でも絶対追い越して見せるんだからね!」
 あげくの果てには、僕の目の前に立って背比べまでしはじめる始末だ。
 その目の前に立たれたとき、僕の頭は、変にかき回されていた。
 少しだけ僕の目線の下にある、わずかな風にも浮き上がる、黒いつややかな髪に……
 何も考えていないような大きな瞳に……
 しっとりと濡れた、赤い唇……
 彼女の、全てのパーツに、見とれていた。
 その時、彼女は何を思っているのか、とたんにその場所で立ち止まったまま、動かなくなってしまった。
「何も言わないんだ、今日は。いっつも何か言いたそうにしてるのに」
「なんだよ、気付いているなら言わせてくれれば……」
 僕がそこまで言いかけたところで、彼女は僕を見上げた。
 その目つきが、さっきまでとは違って、きつくなっているようにも見えた。
「な……なんだよ」
「怖い」
 最初は、その一言だけだった。彼女の口が、小さく動いていた。
 そして、今度は少し思い切ったように……
「だって、怖いんだもの!」
「怖い……怖いだって?何がだよ、僕に勝つだの負けるだの、そういうこと一方的に言っておきながら」
「まだわからないの?あなたは男だから、私がどんなにがんばっても追いつかないことわかってる。だけどそのまま引き離されたら、きっと接点がなくなって、これから一緒にいられなくなるような気がして……焦ってたの!」
 彼女の顔が、太陽の輝きに後押しされて、真っ赤になっていくように見えた。
「だから私……あなたに負けたくない!」
 彼女がそのまま僕の方に飛び込むように迫ってくる。
 そして僕らは、昔の記憶をたぐりよせるように、今までの甘酸っぱい思い出と共に、唇を合わせた。
 唇を離した後、僕らはしばらく無言でお互いを見つめていた。
「ね……今から駅まで競争しない?……ふふっ、よーい、ドン!」
「お、おい待てよ!きたないぞ!」
 言いながらも僕は、今度は彼女の後ろ姿を追っていた。