MILD 12
MY HAPPY IS…
桜の花びらが、それを生み出した場所から離れていく。
今年の春も花びらのように、瞬く間に散っていく。
人の幸せも、こんなにはかないものなのだろうか。
僕は家の近所の公園に足を運んで、桜の雨が降る風景をただ見つめていた。
今年、僕は高校を卒業した。
でも、すばらしい青春のはずだった3年間の思い出は、この風の便りとともに運ばれていくピンク色の桜のように、思い出になる前から吹き飛んでいたような気がする。
そう考えると、なんだか味気なかったようにも思える。
だけど、僕はそれでもよかった。
自分が幸せになるよりも、他人の幸せを大事にしたい…と、そう思っているから。
そしてそれが、自分にとって一番幸せだってことを……
バカだと言われたってかまわない。僕はそうやって、今までの自分を作ってきた。ここで後悔などしてしまったら、それはこの3年間は無意味だったことだと、これまでの自分を否定する意味になる。
「でも…まあ、それが僕のあまいところなんだろうなあ…。過剰なお人よしだって、言われていたし…やっぱ、間違ってたのかなあ……」
「私は悪くないと思ってたよ、キミのそういうトコ」
僕のつぶやきのうしろで、突然声がした。
振り向いた目の前で、数枚の花びらが、僕をその人のもとへと迎え入れるようにひらひらと舞い落ちていく。
そこにいたのは、かつてクラスメイトだった女の子だった。
「今年の桜も、だんだん散っていくね……」
彼女が、何かを思いつめているように、悲しそうにまゆを寄せた顔をした。
僕と彼女は、特別に仲がいいというわけではなかった。
そんな彼女が、今は僕のすぐそばにいる。いきなり僕に、フォローをいれるような形で声をかけてきたし……なにかあったのだろうか。
ただたたずんで、桜の木を見上げている彼女。僕は声をかけられずにいた。
いや、かけてはいけないような気がしたのかもしれない。
なんだか、とても不思議な気分だった。今まで感じたことのなかった胸の高鳴り、彼女を見つめているだけで、ドキドキが止まらない。
どうしてだろう、お互いにほとんど初めて声をかけたくらいなのに……この気持ちはいったい、なんなのだろう。
「あのね……私ね……」
半分開いていないような彼女の口元から、ポツリと一言だけ、言葉が漏れた。
僕はその時……見てしまった。
彼女の目じりからあふれ出ていく、きらめくしずく……僕に何か助けを求めるような、一筋の涙。
(そんなに言いたくないなら、言わなくてもいいよ)
僕はそう声をかけて、彼女をなぐさめてあげたかったけど、彼女にそんな哀しそうな顔をされたら、軽率でありきたりな言葉をかけるわけにはいかなかった。
言いたくないことだけど、話したい気持ち。彼女はまさにそういう状態なのだろう。
「私……少し前にカレにふられたんだ……ちょうど、こんな桜の咲いてる下で……」
片方の感情を押し殺して、思い返すように、彼女は一言一言、僕に向かってなのかはわからないけど、確かに話していく。
まるで彼女自身の気持ちに、整理をつけているようにも見えた。
「もうすぐ、この桜も散っちゃう。私とあの人の思い出も、こんな風に散っていっちゃうんだね……だから……」
彼女が、僕のほうに振り向く。
「今もし、キミが私に優しくしてくれたら……私、どこでもついていけそうな気がする。きっと、これからもずっと……。ねえ、私を受け止めてよ……。今までカレと付き合っていたのは本当だけど、いつからか……」
彼女の言葉が止まる。
次に起こったことは、言葉ではなかった。
彼女が、僕の胸の中に飛び込んできたのだ。
それがどういう意味なのか……
ここで彼女を受け入れたら、どうなるのか……
そんなことくらい、わかっていた。
答えは簡単なはずだった。僕も彼女のことは嫌いじゃない。そして、今思うこの不思議な気持ちも、彼女と同じはずだ。
しかし、それだけのことも、今の彼女にはしてやれなかった。
その理由、それは……
「今年の桜は散っても、また1年経てばまた咲くんだよ」
「えっ?それって……」
僕は……気付くと、公園の外の方へと、彼女の肩をつかんで振り向かせていた。
僕らのことを、少し前から時折見ている姿。
今までの経験からの予感。
それが当たっていたことは、彼女の表情からもうわかりきれるほどだった。
彼女が彼のほうへと駆け寄っていく。
空気が瞬間、なくなった感じがして、息が苦しい。
そして彼女は、僕のほうを複雑そうな、まゆをつり下げ目を落としたような顔で、少しだけ向いた後、ピンク色の花びらに包まれるようにして、僕の前からその姿を消していった。
僕が経験した、一つの春の物語……
やっぱり、甘いのだろうな……また僕は、人の幸せを選んでしまっていたのか……
桜の木だけが、僕の思い出を刻んでいた。