MILD 11
PROMISE・4 -THE FACT IS…-

 しかし先輩と思い込んでしまった僕のミスだった。なんとなくの面影があるような気もするが、その人はまったくの、別人だった。
 そう、必ずしも百パーセント先輩だとは言えなかったはずなのに、変な確信をして後ろを振り向いた僕は、一気に落胆するはめになってしまったのだ。
 それは同時に、『先輩が男と歩いていた』という事実を自分の行動で証明してしまった。
 僕は、全身の力がそっくり地面に吸収されていくような気分になった。
 でも、今はそうして地に降り立てないほど奥底まで落ち込んでいる場合だろうか。
 いや、もちろん先輩のことも大事なことだ。一番の問題かもしれない。ただ・・・・僕の肩をたたいてまで呼び止めた、今も目の前にいる人に、僕は疑問を抱かずにいられないのだ。
「え、えーと・・・・あの、失礼ですけど、どちらさまですか?」
 どこかで会っていたように思えるのは、単なる僕の気のせいだろうか。しかし最近の記憶に、そのショートカットの似合う女性は入力されていない。
 僕の疑問に、その女性はこう答えた。
「あ、ごめんなさい・・・・あなたにはいきなりだったみたいね。じゃあやっぱり・・・・妹からは聞いていなかったのね」
 女性が何やら一人で納得していて、僕には話が全く見えない。
 僕は聞き返してみた。
「えっ、妹って・・・・どういうことですか?」
「私、あなたの彼女の姉なのよ。あなたと同じ現役で受かった大学2年生。よろしくね。いつも聞かされてるわよ、あなたのコト」
 女性はそんな重大な発言を、さらりと言ってのけた。
「えっ・・・・えっ?おっ、お姉さん!?」
 そうか、なんとなく会っているような感じがしたのは、先輩の姉だっただけか。
 それにしても、驚いた。高校生の時のあのしっかり者の先輩を思い返してみると、同じ姉妹だとしても、てっきり姉ではなくて、妹がいるものだと思ってた。
「ふふ・・・・今、妹を見てたでしょう?勘違いしていると思ってね、声をかけたの。妹と一緒にいた彼のコト。あの子ね、イトコなのよ」
 僕が聞いてもいないのに、お姉さんは僕の抱えていた疑問を次々と晴らしていく。
 しかし、怒涛のごとく続く先輩の無実の証明と、突然現れたお姉さんの存在を少しずつ飲み込んでいる自分がいる一方で、腑に落ちず心のわだかまりがまだ消えないでいる。
 確かに、これまで悩んできたことの答えは出た。だけど、それはまた新たな悩みを生む。
 その一番の理由はやはり、なぜ先輩が『お姉さんがいる』という事実を隠していたかということにある。
 言わなかっただけと取れるかもしれないが、どうやらそんなことはないようだ。お姉さんはさっき、『じゃあやっぱり・・・・妹からは聞いていなかったのね』と言った。
 それは、先輩がまるでお姉さんのことを言わないのをわかっていたような口調だった。
 つまり、これはお姉さんに尋ねてみるのも一つの手だということになる。
「あの・・・・一つ、聞きたいことがあるんですけど・・・・」
 聞いてみようとして僕が言い掛けると、その時を図っていたかのような悪いタイミングで、お姉さんの胸ポケットのあたりから、最新のヒット曲と思われる電子メロディーが流れはじめた。
 あっ、と声に出したお姉さんは、突然僕の話を途中で切った。
「あっ、友達からだ・・・・ごめんね、あわただしくて。じゃあ、また会いましょうね」
「えっ?あ、ちょっと・・・・!」
 僕が予期せぬ展開でまごついているうちに、お姉さんは嵐のように去っていってしまった。
 
 
 結局、先輩の謎を確実にまでは解けないまま、眠れない夜を過ごしたその翌日・・・・
 僕が昨日、先輩のオトコ・・・・ではなく、イトコと歩いていたのを見ていたことは、どうやら先輩自身自覚はなく、そしてお姉さんが話した気配もないようだ。
 先輩はいつもと変わらない振る舞い・・・・ただ一つ昨日と違うのは、僕と一緒に帰り道を歩いていることだった。
 そう、昨日は僕ではなく、お姉さんがイトコだと言っていた、あの人に会うために・・・・
(だけど、イトコ同士でも結婚はできるんだよな・・・・はっ!)
 だめだな、僕も。昨日の夜からというもの、どうしても先輩を疑って、考えがあらぬ方向に飛んでしまう。
 この気持ち、早いところはっきりさせた方がいいな。それに僕にはもう一つ、思うところもあるし・・・・
「どうしたの?今日は黙っちゃって」
 先輩のその一言が、僕の胸を大きくゆり動かす。僕が先輩に対して不安を抱いていることを、おそらく先輩は知らない。
 先輩を信じていないわけではないけれど、それでも言っておかなければならない言葉もある。これから先のことも考えると・・・・
「あの、先輩・・・・聞いてもいいですか?」
「ん、なぁに?急に真剣な顔で・・・・」
「先輩は・・・・僕のこと、本気で想ってくれているんですか?もしそうなら、ウソとかついていませんよね?」
 一瞬だけれど、先輩の足元がぐらついたように見えた。顔にも、明らか動揺の色が出ているのがわかる。
「な、なんで・・・・そんなこと聞くの?もちろん、いつもあなたのことを考えてるよ」
 この際だ、僕は全てを話すことに決めた。
「昨日・・・・男の人と会っているのを見ました」
「あ、それは・・・・」
 僕は、その先輩の言葉を遮った。
「話では、イトコって聞きました」
 先輩の目が、まっすぐに僕に向かってくる。
「ど、どうして・・・・知っているの?見たのはともかく、イトコなんて・・・・」
「お姉さんに、会ったからです」
 先輩の歩く足がついに止まり、そして僕の方を振り向く。
「お、お姉ちゃんに・・・・会ったの?そ、そんな・・・・もう・・・・」
 もう先輩は、泣きそうな表情になっている。やはり、お姉さんがいることは隠したかったことのようだ。
 すると、それが意味するのは・・・・
 僕は、先輩に最後の確認をした。
「先輩、何で隠す必要があるんですか。僕は、先輩がそんな人じゃないって・・・・」
 今度は、先輩の方が僕の言葉を遮る。
「待って!それ以上言わないで・・・・わかる、わかるから・・・・あなたの想いは・・・・。だからこそだった、このことだけは、いつかバレることだとは思ってたけど、私、隠しておきたかった・・・・」
 突然、先輩は僕の胸に体を飛び込ませてきた。それはまるで、今までの自分自身を縛り付けていたしがらみから開放されて、ようやく自由の身になったようだった。
 そして僕らの関係があの夢の中の思い出や入試の時から続いていたというのは、大きな間違いだったのを知るその運命の言葉は、彼女の口から発された。
「私は、あなたの思い出の『先輩』じゃない!話をいつも聞いてて、写真まで見せてもらって、ただ一目惚れした同級生でしかないの!だから、だから・・・・!」
 彼女が、僕のシャツに両手でしがみつきながら、鼻を何度もすすり続ける。まだ言いたいことがあるのだろうが、もはや言葉にならなくなっていた。
 僕は、そこで先輩と今まで呼んでいた人を、背中に手をまわして、強く彼女の顔を自分の胸に押しつけた。
 あくまで予感だったのは、真実になってしまった。僕は、その思うところだったのを、彼女の代わりに言うことにした。
「やっぱり、か・・・・本当の僕の先輩は、君のお姉さんだった。そうなんだろ?」
 彼女が、自分で言うべき言葉だったのを先に言われたことで、驚いた表情になって僕を見上げる。
「えっ?し、知ってたの・・・・?」
「お姉さんが『現役で受かった大学2年生』って言ったんだ。それに先輩の誕生日は四月だということを僕は知ってる。だから、双子でもない限り君は大学一年生以下でしかない。それでわかったんだ。だけど・・・・」
 僕は、本当は今日このままなら普通に渡すはずだった誕生日プレゼントを取り出した。
「今僕が好きなのは思い出なんかじゃない。現実の君が、あの時のセピア色よりも美しく見えるんだ。つまり・・・・さ、もう・・・・無理しなくてもかまわないから」
「うん・・・・うん・・・・!ごめんなさい・・・・!あの時イトコに会ったのも、このことを相談するつもりで・・・・」
「わかったよ、もういいから・・・・」
 僕は、プレゼントを彼女に渡す。
「僕たち二人だけのための、記念に・・・・」
 再び、彼女を抱きしめた。
 あの雑誌の言っていた通り、確かに僕らは大きく変わったかも知れない。しかしそれは、僕たちをより結びつけるということ・・・・
 そう、もう僕が好きなのは、思い出ではなくなったのだ・・・・