MILD 6
REMEMBER…
僕が、まだもっともっと小さかった頃・・・・
とある冬の日、雪が静かに土の上に降り積もるところを、一本の巨木に寄りかかって、ただ見つめていた時があった。
降ってくる一粒一粒を目で追うたびに、その空へと吸いこまれていきそうになる感覚が、僕は好きだった。
そしてそれは、その時僕の隣にいた彼女も、同じようだった。
僕以上に一点を見上げて離さない彼女を時々気にかけながら、僕は彼女に対する自分の子供心ながらの気持ちの変化をまぎらわすように、再び空の方に顔を向けた。
その後に彼女は、僕の方を見ないままにこう言っていたっけ・・・・
「また、一緒にこうする時が来るといいね。約束・・・・だからね」
それは、僕の初恋だった。
「おーい、一緒に帰ろうぜ!」
高校を出ようとする僕に、友達が声をかけてくる。
「あ、悪い・・・・今日はちょっとばかり用事があってさ」
「なんだよ、付き合い悪いぞ」
「わかったよ、今度埋め合わせするならいいだろ。じゃあな」
あれから僕は何かが変わった。十八歳になった僕は、今日は真っ先に家へ帰ることにしていた。
そして家に着いてすぐ、着替えもしないままにさっさくパソコンのスイッチを入れる。
ある町の情報を検索する。
自分で言うのもなんだが、慣れた手つきで思った通りのページへと進む。
僕はあの女の子・・・・今日授業中に居眠りした時に見た夢の中で出てきたあの人物が、とても気になっていた。
あの約束の後、違う町に引っ越してきてしまった今、前に住んでいた町のことを調べるのに身近なものとして、僕はインターネットという手を使った。
なんだか、胸騒ぎがするのだ。今までずっと忘れていたことだったのに、突然鮮明に夢でよみがえってくるなんて・・・・
あれからもう十年以上の歳月が流れているが、ネット上でならたくさん見に来る人がいる。あの子のこと、あの巨木のこと・・・・ごくわずかでも、わかることがあるかもしれない。
僕はあの思い出のことを、伝言板に書き込もうとしていた。
しかし僕は、ついでにながめていた町の情報で、そんなことをする必要のない、信じられない事実を見つけてしまった。
「な、なんだよそれ!」
町のニュース欄の大見出しだった。
『三丁目の巨木、時代の流れと共に二月二十七日に切り倒されることに』
何かの間違いかと思ったが、ご丁寧にも写真まで貼り付けてある。
まさに、僕が見たあの夢の風景に・・・・そっくりだった。
僕はイスに深く背中を反り返らせるように座り、もうどうしようもない事態なのだという現実を知ってしまった。
パソコンの下に映し出されている2・27の文字が目に痛かった。
列車を乗り継いで二時間・・・・僕は次の日、学校をエスケープして、あの町に降り立っていた。
昔住んでいた町・・・・僕の小さい頃の思い出が、たくさん残っているはずの場所だ。
確かにとても懐かしい。ずっと来ていなかったから、緊張さえする。
だけどなんだか見る影もないというのか、駅前は僕の覚えている風景とは、まったく違うものがあった。
それがずっと僕たちを見守っていたあの巨木までもを、巻き添えにしてしまったのか。
悔しいけれどどうにもできない思いに心を痛めながら、僕は記憶を頼りに、あの巨木のあった場所へと足を進める。
もうないというのはわかっていることだけど、一度だけでも自分のこの目で確かめたい。そんな思いがあった。
「ここの曲がり角を曲がったところだよな、確か・・・・ん?」
僕はその曲がり角に足を踏み込んだ時、大きな影に包まれていることに気が付いた。
「ウソだろ・・・・おい」
見上げた先には、寒い曇り空の中で今でも立派にそびえたっている、一本の・・・・自分の十人分はあろうかという巨木があった。
僕は混乱してあたりを見渡した。おかしい、今はもうとっくに切り倒されているはずだ。それとも、中止になったのか?
いや、それはない。今日の朝も確認してきた。最新の情報に更新されてあって、もう切られたと書いてあった。
後ろに気配を感じて、僕は慌てて振り向く。
そうだ、事情を聞かなければならない。僕がするべきことは、そのことの・・・・はず。
しかし、何も言えなかった。
そこには・・・・僕と同じくらいの年齢の女性がいる。僕はその子にある予感を感じた。
手足が震え、胸が勝手にドキドキしている。
先に口を開いたのは、彼女の方だった。
「久しぶり・・・・会いたかった。覚えてる?」
彼女が、少し泣きかけの声で僕に何かを訴えかけるように話してくる。
信じられないことは、続くものらしい。彼女は、あの子がそのまま成長した姿だった。
「き、キミは・・・・まさか・・・・」
彼女の顔が、ゆっくりと昔とそっくりな穏やかなものに変わっていく。
「うん・・・・よかった。約束、守ってくれたんだね。ずっと来なくて、心配していたんだから・・・・」
「ほ、本当にキミは・・・・」
僕が再び確認を取ろうと言いかけたところで、遮るように僕と彼女の目の前に白い粒みたいなものが落ちてきた。まるで用意していたみたいに・・・・子供の時と同じように、雪が降り出したのだ。
「こうして一緒に見上げるって約束・・・・やっとかなえられたね」
僕は次々に起こる奇跡に身をまかせて、久し振りに見上げる空を・・・・彼女と一緒にあの頃のことを思い出すために見上げた。
そして夢の中とは逆に、彼女が僕の方を見ているのに気付く。
しかも・・・・側に来て目を閉じている。
「いつでも私は・・・・あなたの側にいるよ」
僕は、雪のようにやわらかい彼女の体を溶けてしまわないように抱き寄せた。
そして、幼い頃の自分たちを捨てた。
目を開けて、気付くと、僕はただの空き地に立っていた。
「えっ・・・・?これは・・・・」
どうしたんだ、さっきまでここにあったはずの巨木も、降りはじめた雪も、そして・・・・今までそこにいたはずの彼女も、全てがない。
その真ん中で立ちすくむ僕の方に、一人のおじさんがやってくるのが見える。
「何をやっているんだ、君は。ここは私有地だぞ。勝手に入っちゃだめじゃないか」
僕は嫌な予感がして、あたりを見回した。
ただのその辺にあるのと同じ風景だと思っていた。しかしよく見ると、ある一つのこと以外、全てがあの夢の中の場所のままだった。
そう、僕が今立っている場所にあったはずの巨木がないことを除いては・・・・
片隅に、いくつかにわかれてその木の幹と、残がいが落ちていた。
僕は、おじさんに尋ねた。
「あの・・・ここにあった木は・・・・」
「変なことを聞くんだな。さてはここの人間じゃないな?木はもう昨日に切られたよ」
「昨日?予定通りだったんですか?」
「なんだ、知ってるんじゃないか」
「そんなバカな・・・・だって、ついさっき僕はここで・・・・」
「あの木を見たって言うのかい?ははは、そいつは冗談だろう?君はおもしろいな」
なんてことだ・・・・じゃあ、あの子はいったいなんだったんだ?
『いつでも私は・・・・あなたの側にいるよ』
僕の体を、降り出した冷たい雨が濡らす。
「うわ、降ってきやがった・・・・ほら、君もどこかに移動しよう」
今日のさっきの出来事・・・・彼女は僕に何を言いたかったんだ?
「どうしたんだ、君?」
彼女は消えてしまった。それも、あの巨木と共に・・・・
「おい、どうした!?早くしないと、風邪ひいてしまうぞ!」
まさか・・・・あの子は・・・・!
「あっ、おじさん!あの・・・・この木の切れはし、少し頂いていいですか?」
おじさんが去ってからも僕は傘もささずに、木の切れはしを胸に、目からあふれ出るものをもう何度目なのか、空を見上げながら洗い流した。僕と、彼女との思い出と一緒に・・・・
一粒の雨が、僕の唇にあたる。
少し塩辛い、彼女の味がした。