MILD 5
FOR HIM…
私は、いつもにない緊張感に胸の鼓動を早めながら、一人学校に向かっていた。
カバンの中には、朝に家を出る前から何度も入れ忘れていないか、チェックした包みが一つ・・・・
この包みをあの人に渡す時のことを考えるだけで、顔が熱くなってしまいそう。
だって今日はバレンタインデー、女の子にとってすっごく大切な日なんだから。
あの人は格好よくて、スポーツしている時も輝いてる・・・・とってもモテる男の人なんだけど・・・・
私は、そんなミーハーな理由で彼を見ていない。
時々だけど私に声をかけてくれる彼は、ほかのどんな男の人よりも一緒にいるだけでとても楽しくて、一緒に笑いあえるの。
見せかけだけじゃない、心の底から優しい人・・・・
でも、特別というほど仲がいいわけじゃない。きっと、他の女の子にもこんなに優しいんだと思う。
だから、一年に一度のこの特別な日を、私は大事にしたい。
私の想いを、あの人に伝えるために・・・・
気持ちはふくらむばかり。壊れてしまいそうなくらいに、私の体はほてりかけていた。
思った通り、学校に着いた途端に、いつもとは違う雰囲気が流れてる。
やっぱりその中でも特に、あの男の人のあたり・・・・絶えずに私とは違って魅力的な女の子たちが集まってる。
当たり前だよね・・・・普段から囲まれている男の人だもん。
本当は私もあの中に入っていって、すぐにでも声をかけたい。だけど、私のカバンの中には、まだ包みは入ったまま・・・・
「ねーねー、今日の帰り、私と一緒にどっかに行こ!」
「あーっ、抜けがけ!そんな強引に迫ったって、彼が困るだけじゃない!」
「そうよ、私たちの中から選んでもらうんだから。もちろん私だと思うけどねっ!」
彼のまわりで、積極的な彼女たちがアピールしている。
私は、そんな彼女たちがうらやましい。私なんて、あんな風に明るくなんて、ふるまえないから・・・・
だから、私とは違う彼の優しさにひかれたのかな・・・・
でも・・・・今日は、その相手は私じゃない。彼はたぶん、あの女の子たちの中の誰かと一緒に過ごすんだろうな・・・・
私の胸に、チクリと針が刺した痛みがする。
「ふぅ・・・・本当に、渡せるのかな・・・・」
まだ渡す前の問題のまま眠っている包みの入っているカバンを、彼女たちを見ながらノックするように軽く手でたたいていた。
いろいろ迷っているうちに、私の耳には今日最後のチャイムの音が入ってきてしまった。
授業がすべて終わってしまった合図・・・・みんなが帰る支度を始める。
もちろん、あの彼も・・・・
結局どうしたんだろう、彼・・・・誰かと過ごすことに決めたのかな・・・・彼のまわりにいた人たちみんなかわいいし、絶対、誰か一人とは・・・・
なんだか悲しい。私も、その候補の一人に入れてもらいたいよ・・・・
ホームルームが終わって、いち早く教室を出て言ってしまった彼。
気になって仕方ないよ・・・・でも、尾行なんて彼を信用していないみたいで嫌だし・・・・
それに、私のことなんてなんとも思っていないと思うもの。
だけど・・・・だけど・・・・!
彼の家がどこにあるのかを、私は知らない。ここで彼を見失ったら、今日中に私の想いを伝えることは・・・・できない。
気が付いた時には、私は彼の後をつけてしまっていた。
駅前通りを歩く彼の後ろを、私は見つからないように五メートルくらいの間隔をおいて歩く。数分ほどして、彼はある場所で立ち止まった。
そこは、よく待ち合わせで使われている、大きな噴水の前・・・・
そして数秒もしないうちに、彼は手を振りはじめた。その向こうを見たら・・・・そこでは同じように手を振り返している、一人の女の子が走ってる。
私が答えを出すのに、説明は必要なかった。
住宅街の中を、私はまた一人になって何も言えずに歩いていた。
彼にはやっぱり決まっている人がいたんだ。
私はすぐ側にあった電柱に寄り掛かって、曇りかけている空に自分の白い息を合わせながら見上げた。
「仕方ない・・・・ね。どうしようもないもんね」
「なにが仕方ないんだ?」
私は、聞き覚えのあるその声に、すごい奇跡を感じた。
忘れるはずのない口調・・・・今日絶対にもう無理だと思っていたことが起こるなんて・・・・
私がその声のあった方向に振り向いた時は、心臓が止まりそうになった。
今日一日中探し続けていたあの人が、いた。
「あっ・・・・!なんで、ここに・・・・!」
「いや、なんでってここは俺の家の前だしさ」
そう言って彼は、私の寄り掛かっていた電柱の後ろにある家の玄関の表札を指差す。
「そ、そうなの・・・・?」
「ああ、知らなかったっけか?今姉さんと向こうから帰ってきたんだけど、姿が見えたからさ、どうしたのかって思って」
だめ・・・・彼って、優しすぎる。でも、私はその前に気になることがあった。
「お姉さんが・・・・いるの?」
あくまで予感だけど、今その人と帰ってきたってことは、あの時の女の子って・・・・
「噴水の前で待ち合わせしていた・・・・とか?」
すると彼はバツが悪そうに頭をかいた。
「な、なんだよ。見ていたのか。ちょっと勉強でわかんないところがあってさ、ほら、そろそろ学年末テストじゃないか。だから姉さんに図書館で教えてもらう約束を・・・・」
私はその時、安心しすぎて気がゆるんで、彼の前で涙を流してしまって・・・・
「あ、どうしたんだよ?ちょ、ちょっと・・・・まいったな・・・・お、おい!」
そして私は、彼に抱きついてしまっていた。
彼の胸の中は彼の優しさ以上に暖かくて、安心できた。
今日はバレンタイン・・・・一年に一度の、奇跡が起こった日。ここまで神様は私を連れてきてくれた。
もうふられたって後悔しない。今は、彼に会えただけでも幸せだと思いたい。
私は自然と、ぐしゃぐしゃになりかけの包みをカバンの中から取り出していた。