MILD 2
CAUGHT IN A RAIN
僕は雨の降りしきる中を、自転車で帰り道を急いでいた。
「ちくしょう、十キロも先になんて行くんじゃなかったな!」
残りはまだ四キロもある。しかもここから三キロは中途半端な上り坂が続く。すぐにたどり着ける距離ではない。
いくらサイクリングが趣味で持久力はあると自負していても、少し調子に乗り過ぎたか。
その結果が、夕立ちとして僕に降りかかったわけだ。まったくもって、ツイてない。
そう考えているうちにも雨は激しくなる一方だったので、僕は自転車を降りて、近くにあった一軒家の軒先をお借りすることにした。
しかしひとたび動きを止めたら止めたで、今度は急激な寒さに襲われる。
雨に打たれ、そして一月の気温から考えれば、無理もない。
歯が上下に振動を始め、ガチガチと音を鳴らし始めた頃だ。となりにあったドアが、突然開いた。
不運はとことん続くものらしい。勝手に使っていることがバレてしまったようだ。
でも今追い返されたら、かなりまずい。それこそ凍え死んでしまう。
ここは下手に出るしか策はないと思った。
「あ、すいません・・・・少しお借りさせてもらっても・・・・」
と正面を向いたところで、僕は思うところがあった。
見覚えのあるような顔な気がするのだ。確か・・・・
「あっ、キミは・・・・もしかして、クラスメイトの?」
おとなしめな性格の子だから忘れかけていたが、間違いない。理系には数少ない、女の子の内の一人だ。
しかし、ここに家があるとはまったく知らなかった。通学もかなり大変だろう。
「えっ?あっ、こ、こんにちはっ!なんでここに・・・・何の用ですか?」
なんだか焦っているように見えるけど、何かあったのだろうか?
「いや、雨に降られちゃってさ・・・・こいつと一緒にいたら」
僕はそう言って、相棒の自転車を指差す。
「そうだったんですか・・・・あっ、じゃあ家に入りませんか?」
「えっ?いや、それは・・・・嬉しいけど、やめておくよ」
びしょ濡れの僕が人の家に入るなんて、迷惑がかかること極まりない。
だいたい、軒先からして無断に使っていたのに、これ以上はさすがに図々しい。
「遠慮・・・・しているんですか?あの・・・・大丈夫ですよ。今、私一人だけしかいないし・・・・」
すると僕が加われば、二人きりってことか?
いや、ここで余計なことを考えてはいけない。もっと彼女の家に入ってはいけない理由ができた。
「でもさ、それは余計にまずいんじゃ・・・・なんというか、好ましくない状態みたいな・・・・」
「少し・・・・寂しかったんです。雨を見ていると、一人だとどんどん落ち込んでしまって。だから、だめ・・・・ですか?」
泣き出してしまいそうな彼女に、僕は何も言えるはずがなかった。
でもいいか、とりあえず避難場所が確保できたわけだし。
「お風呂、入ってきてください。着替えは兄の分がありますから」
また泣きかけられたら困るので、僕は素直に行為に甘えることにした。
女は時に涙を武器にするって言うのは、本当のことだよ・・・・とんでもない最終兵器だ。
いけない、また余計なことを考え過ぎて、のぼせそうになってしまった。
ひととおり温まった僕は、少し熱めの風呂から出て、洗面所へと続くドアを開けた。
そこで、彼女と僕は目が合った。
ん?それってつまり・・・・?
彼女の視線は、明らかに僕の顔より下の方に伝っている。
「うわっ、うわっ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
ほぼ同時に僕らは声を出し、彼女は洗面所を出て行き、僕は風呂場に戻った。
びっくりした・・・・でも、この後どうしよう?
よほどの長身なのか、兄のだというブカブカな服を着て、僕はそっと彼女のもとへと近づいてみる。
気付いた途端に彼女が、視線が定まらないままに話し出した。
「えっと・・・・さっきはごめんなさい。あの、そういえばもう一枚服があればいいと思っただけで、そんなつもりなんて、全然・・・・」
「そ、そっか・・・・なら仕方ないよな、うん」
しかし、その先が続かない。お互いに今のような言葉を繰り返すことしかできない。
窓の外で降り止まない空の涙が、さらに僕らを気まずくさせる。
さすがにこの雰囲気には耐えられない。僕は間を持たせようとして強引に話を進めようとした。
しかしその時、同時に彼女はそれを遮るように再び話し出す。
「あのっ!私、嬉しかったです!いきなりでも・・・・」
言いながら、彼女が僕から目をそらし、ほおを赤くしかけている。
このシチュエーションからして、もしもの事を期待してしまうのは、仕方のないことだ。
僕は、生唾が口の中でたまっていくのを気付かれないように飲み込み、次を待った。
「いきなりでも、知ってる人が来てくれて」
僕は期待していた分、肩がガクリと落ちた。
ギャップの大きさがあるだけに僕は信じられず、聞き返してみたりする。
「そ・・・・それだけ?」
「はい、それだけです」
逆にそれは、はっきりと言われてしまう結果になった。
「そうだよな、それだけだよな・・・はぁ」
でもこうなるとなんだか、肩の力が抜けていくような感じもする。足かせが外れた、というような・・・・
後の彼女との話は弾むばかりだった。
やがて夕立がやみ、真っ暗になった中だが、僕は帰ることにした。
彼女に見送られる格好になりながら、僕は自転車をスタートさせようとした。
そうして前を向いたその瞬間、彼女の声が聞こえてきた。
「あっ、待ってください!忘れ物です!」
忘れ物って、特に何も持ってきていなかったようにも思うけど。
とにかく、僕は後ろを振り向いてみることにした。
すると、唇にやわらかい衝撃が・・・・
目の前で、彼女が目を閉じている姿だった。
「また、来てください。待ってますから・・・・」
もちろん!と僕は言い残し、またここに来られる時を楽しみにしながら、僕は自転車を進めた。