離れていく心・第16回

 夏休みは後半を迎え、そろそろ学校のことも考えなければいけない頃になってきた。
 場所は相変わらず、理奈の部屋だった。
 今まで適度に(?)ちらばっていた部屋の中は、今までの間に掃除してきれいになった。
 ベッドの上にばらまいてあった本は、ちゃんと本棚へ。
 もちろんカーペットの上に足場もないほどの散らばりようだった、ありとあらゆるものもなんとか整理した。
 でも、卓也の写真はいまだ枕のそば・・・・
 けれど掃除の効果もあわせてか、カーペットから込み上げるような暑さは少しずつやわらいできて、扇風機さえ回せば充分しのげるようになった。
 夜中つけても暑かった夏休みの始まりと比べて、今のそれは、逆に寒いほどだ。
 九月まで、のこり二週間。
 目の前の宿題はともかく、高校二年だから、修学旅行の備えもしっかりしておかなければならない。
 確か行き先は北海道だったような気がする。でも実はあまりよく覚えていない。
 やっぱり適当なのだろうか、この性格は。
 とにかく、理奈は思った。
(由紀を、誘ってみようかな・・・・)
 なんとなく気まずいけれど、おしゃれには気遣っている由紀、一緒に買い物に行こうというのは筋が通る。
 それに、もう一度気持ちを整理しておきたい。
 いつのまにか、理奈はリビングに下り、電話を取っていた。
 
 
 翌日、理奈と由紀にとって御用達の商店街を回っていた。
 ちょっと古いという感じだけれど、それが理奈にとっていいと思うところでもあった。
 ずっとまっすぐな道の両端に、ぎっしりつまっている店という店の数で溢れ返っている。
 決して安いと断言はできないけれど、結構掘り出し物とかもあって面白い。
 カメラ店、電器店、洋服、食物・・・・
 けっこう生活必需品はここだけでも買えそうなくらい、店の数がある。
 そんな中を堪能した理奈と由紀は、たくさんの紙袋を持ってアーケードから出た。
「いっぱい・・・・買っちゃったね」
 女の子なら誰でもやりそうな、衝動買い。理奈のこづかいは、もらったばかりだというのに羽根が生えて飛んでいってしまったように財布の中から消えうせた。
 このままじゃ大人になるのが怖い、と自己嫌悪してしまいそうになる。
「だからそんなに買わないほうがいいって言ったのに・・・・」
「じゃあ由紀もなに?その五つ持ってるもの」
 理奈が由紀の紙袋を指した時、そこでお互いの顔が合った。
「こ、これは、だから、その・・・・」
 理奈は、もう笑いがこみ上がるのを我慢できなくなり、表に出してしまった。
「も、もう・・・・笑わないでよ・・・・」
 そう言った由紀の顔もほころんでいた。
 結局、二人してくすくす笑いはじめてしまった。
 気心が合うというのは、こういうことをいうんだろうなと理奈は思った。
 やっぱり、親友はいいものだと理奈は思った。たとえ、恋のライバルだとしても。
 由紀はあの海岸で言っていたことを気にしていないようだった。どうやら本当に忘れることにしたらしい。
 これでは、どう切り出していいのかもわからない。
 けれど買い物中の理奈はそんなことを考えることもなく、純粋に由紀と買い物を楽しんでいた。しかし、それをいやもおうもなく考えさせられることになってしまうのは、もう少し先のことだった。
 それは、とても恐ろしいことだった。理奈だけならともかく、由紀もいると・・・・
 そしてその『恐ろしいこと』は、すぐにやってきた。
「あれ?理奈じゃないか?」
 偶然はさらに続き、それもいらない時にでも起こるものである・・・・
 理奈は、由紀がその人物に目をそらしていたことに気が付いた。
 そう・・・・そこに立っていたのは、またもや卓也だったのだ。
 
 理奈は、由紀と卓也と共に、すぐ近くの喫茶店に入った。
 それぞれ、オレンジジュース、カフェ・オレ、アイスコーヒーを頼んだ。
 とにかくみんなのどがかわいていたらしい。むさぼりつくようにストローで飲んでる。
 ・・・・そうじゃなくって。
 理奈の通っている学校の人がけっこういきつけにしている店。店内はライトがシャンデリア、窓からの日差しは夏でもなんだか心地よく感じる。涼しくて何度でも通いたくなる。 ・・・・そうでもなくって。
 問題なのは、この今座っている窓に近い五番テーブルだけが、とてつもなくまわりと違う雰囲気だということが理奈にも簡単にわかってしまったことにある。
 理奈は、冷汗が出そうになっていた。もうすでに鳥肌は立っている。
 日差しが入ってきているので、店内が寒いわけではない。今この状態が、寒いだけだ。
 その中で、理奈は口を開いた。
「ところでなんで卓也はここにいるの?」
「ん、ただ買い物しにきただけだよ、理奈なんかと一緒で」
 卓也の反応は今日に限ってそっけなかった。 再び、理奈と同じタイミングで由紀と卓也もストローを口にくわえる。
 理奈が顔をあげても、なんら反応してくれる気配無し。
 由紀はともかくとしても、なんで卓也まで。理奈の頭をフル回転しても、まったくわからなくなった。
 がしかし、そこでヒントはあった。
 一瞬、卓也が理奈の隣を見たのだ。
 今まで頭をフル回転し続けていた理奈は、わかってしまった。卓也までおかしい理由が。 あくまで推測。けれど、それが当たってしまった時、理奈は・・・・
 いったい、自分は何をすればいいのだろう。
 その後に取ってしまった自分の行動は、自分自身でも信じられないことだった。
「由紀、ちょっといい?」
「えっ・・・・理奈?」
 気付いた時には、理奈は由紀を連れて化粧室の方へと入っていた。
 もちろん、手入れが届いていることは知っているから、その場所に何も不安はなかった。 不安は、別のところにある。
「理奈・・・・どうしたの、急に・・・・」
 理奈は一定に心が飛び出しそうなほど痛むのをおさえながら、言った。
「好きって・・・・どういうことだと思う?」
「えっ・・・・なに、突然・・・・」
「私の好きと由紀の好きは、同じものなのかな・・・・って」
 一晩悩んでも結論が出なかった問題・・・・そして、由紀に初めて言った、自分の悩み。
 鏡に、いかにも寂しそうだと言える理奈自身の顔が写っている。
 隣には、由紀の心配そうな顔があった。何も言ってこようとしない。
「本当に好きなんでしょ?卓也のこと」
 由紀は理奈から目をそらし、さらに口を固く閉ざしている。
「ねぇ、黙ってないで言ってよ!」
 言いながら、目頭が熱くなるのを、理奈は感じていた。
 そして、ほおを水のようなものが伝っていく感触。
「ゆ、由紀は・・・・」
 ようやく由紀の口は少しずつ開き、そして次に大きく、理奈に言い放った。
「由紀は・・・・高校二年になってから今まで、松本君のことがずっと好きだった!」
 正直、二度も聞かされることもないと思っていた言葉は、理奈の心に矢でも突き刺さったようだった。
「それなら・・・・今、それを卓也に伝えてくること。いい?」
「え、でも・・・・」
 さすがに、由紀は尻込みしはじめた。
「もう電話は切っちゃった。私を強引に海に連れていかれた時と同じ言い回し。もう後戻りはしないよね?私も約束守ったんだから」
 すると、由紀は唇をかみしめたかと思うと、化粧室をかけ足で出ていった。
 理奈は卓也にもらった時計を見ながら、つぶやいた。
(これで、いいんだよね・・・・)
 理奈は、壁に寄り掛かった。
 上を向くと、今までの夏休み中にあったことが思い出される。
 けれど、それは決して無駄ではなかったはず。
 こういうことをして大人になっていくんだと、この前否定した言葉を理奈は認めた。
(もう、終わったかな)
 理奈が化粧室を出ていくと、そこには五番テーブルで手を取り合う二人がいた。
 理奈の甘酸っぱい恋は、終わりを告げた。