離れていく心・第15回

 地元だというのに、うわさから知って今まで一度も入ったことのない海の家。
 金額は本当にうわさ通り。
 プレートには通常のそれの二倍くらいの値段があった。
 十枚くらいかかっているが、さすがに売れないのだろう、ところどころひっくり返されているものもある。
 それでなくても売れないと思うけれど。
 けれど、景色というより中の雰囲気は抜群だった。
 しっかりいろんな設備は完備されていて、掃除もちゃんとされてて。
 本当に採算は取れているのだろうか、見ているこっちの方が心配になる。
 売り子の人も、ちゃんとバイト代もらっているのだろうか。
 その子は、理奈より一つ年下くらいで、一目見てしっかりしている感じ。
 なにもここで働かなくても・・・・というのが理奈の率直な第一印象。
 ただ、どこかで会ったような・・・・そんな気が、しなくもない。
 そんな売り子の人を気にしながら、理奈と卓也は入り口をくぐった。
 と、その売り子がこちらを向いた。しかもお客さんとしてではない言葉が理奈に届いた。
「お兄ちゃん!どうしたの?今日は早いね!」
 この頃、もうすでに理奈の頭の中ではクエスチョンマークが3つほど激しく上下左右に動いていた。
「ああ、ちょっとな。ここにいてもいいよな」
「うん、もっちろん!」
 理奈はその展開に、一歩引いた。
「お、お兄ちゃん・・・・って・・・・」
 卓也は感情をこめずにさらりと、
「そ、俺の妹」
(このしっかりした子が・・・・卓也の妹!?)
「ほ、本当に?」
 とても信じられなかった。とても同じ兄妹とは思えないほどに。
「今俺を馬鹿にした目つきで見てたろ」
「あ、あはは・・・・」
 笑ってごまかすことしか、その時の理奈の選択肢にはなかった。
 あまり頭が回らないから、ピンチになったときは、いつもこうしてしまう。
 特に卓也の前では二度目だから、もうこれ以上は使えないかも。
 すると卓也はため息を一つ、
「ま、そうだよな。俺よりこいつの方が将来見通せるからな、確かに」
「またまたぁ、お兄ちゃん・・・・言い過ぎだよ、そんなの。と・こ・ろ・で!」
 女の子が理奈の方を見てきた。
 するといたずらな笑顔を見せるなり、
「その人、彼女でしょー」
 と、お決まりの言葉をあっさり言ってきたのだ。焦ったのは理奈だけでなく、卓也もだったらしい。
「ば、馬鹿、違うよ」
「へへー、照れてるの。無理しなくたっていいのに・・・・」
 この時照れていたのは逆に理奈の方だったかもしれない。顔が熱くなった。
 するとその子は軽く笑いながらタオルで手をふきながら、頭を少し下げた。
「あ、ごめんなさい。紹介もまだで。私、松本明日香っていいます。お兄ちゃんをよろしくお願いします!」
「あ、私は笹木理奈です。こちらこそよろしくね」
 明日香は、理奈の一目見た印象どころか、本当にしっかりしていた。
 それより『よろしく』って・・・・まるで・・・・
「よろしく言われちゃったよ」
 とにかく卓也の様子を見るために、理奈はそう卓也に耳打ちでポツリと言った。
「な、なに言ってるんだよ、理奈まで」
 手ごたえアリかもしれない。そう理奈は感じた。少しどころか、かなりうれしい。
「ふふっ、お熱い二人のために、ジュース持ってきますね」
 そして明日香が、後ろを向いた。
 卓也の反応がおかしくて笑っていた理奈は、その姿を見て急に思い出した。
 明日香を、見たような気がする理由。
 それが重大なことだということまで、気が付いた。
 どうして思い出せなかったのだろう。あんなにショックを受けた時のことなのに。
 より核心に迫るため、理奈は聞いた。
「ねぇ、明日香・・・・さんでいいかな、呼びかた」
「明日香でいいですよ。なんですか?」
 明日香はジュースを三本とりだしながら、顔だけを向けている。
「夏休みになってあまりしない時も、ここで働いてた?」
「え、そうですけど・・・・」
 ここで卓也がさらに決定付けるように口を挟んだ。
「それをわざわざ俺は迎えに行ってるわけ。一人で帰れって言ってるのにさ」
「だって・・・・怖いんだもん、ナンパされるの」
「平気だって言ってるだろ。ここなら」
「でもいるんだよ、お兄ちゃんみたいな人」
 明日香は持ってきたジュースを卓也と理奈の前に置いた。
「馬鹿、冗談言うな」
 理奈は一瞬卓也を疑ったが、明日香の表情で明らかに冗談なのがわかりほっとしていた。 が、ほっとばかりはしていられない。
「いつか・・・・えっと、夏休み二日目くらいかな、白のワンピ着てたことなかった?」
「え、なんで知ってるんですか?私、一番好きなんです、そのカッコ」
 するとまた再び、重要なことを卓也は言った。
「あ、思い出した。その日、確かおまえを怒らせちまったんだっけ」
「そうだよーぉ。私がこのごろ体重増えたの気にしてるのに、そのことわざわざ話を持ちだしてくるんだもん」
 体重って・・・・充分スレンダーなのに。理奈も気にしていないと言えばウソになるけれど、ここまできたらベストだと思うのに・・・・
 やっぱり、自分もそれほどになったらそう思うのかな。
 そして、卓也はさっきの明日香の言葉に、
「それでおまえをエスコートしなきゃいけないはめになったんだよな、俺」
 理奈は海の家の前で右手を広げていた卓也の姿、それがよみがえってきていた。
 そして、そこから出てくる白のワンピースの女の子・・・・
 それはすべて、理奈の誤解だったようだ。
 今まで悩んでいた自分が、くだらなく思えた。
 でもこれで、由紀のことはとりあえずとして他に悩むべきものがなくなった・・・・
 そのはずだった。
 だけどなんでだろう。自分の気持ちが、あいまいになってきたような気がする。
 由紀に卓也のことが好きだって言われた時から、なんとなくそう思ってきた。
 卓也のことが、いつから好きになったのかを・・・・それは確か、中学校の時だった。
 その時野球部だった卓也は、輝いていた。
 他の人よりも・・・・どんな男の人よりも。
 すごく、すごく光っていた。
 今持っている理奈の時計、それもボールが当たって卓也が弁償してくれたものだった。
 でももし、それだけの気持ちだったのだとしたら。
 それは、実はあこがれていただけだったのかと思う。
 しかし由紀とは、高校で初めて会った。
 だから由紀は、本当の、ありのままの卓也を好きになった。
 けれど、今の自分はどうか。
 自分でも、本当に卓也のことを好きだと言えるだろうか。
 由紀の前でも、今この地点でも。
 由紀はそれができた。今この地点でも、言えるような勇気を持っていたかも知れない。
 想いは自分なんかより、由紀の方が・・・・
「理奈さん?どうしたんですか?」
 明日香の声が、確かに理奈の耳に届いた。
 そうやって考え込んで呼ばれたのは何度目だろうか・・・・けれど、今までで一番の悩みなのは間違いない。
「あ、ごめん、ちょっと暑くてボーッと・・・・」
 そしてこの言い訳を使ったのも何度目だろうか。
 波の音が、やけにさびしげに感じられた。