離れていく心・第13回

 二度と来たくなかったはずの、皆島海岸。
 あの寂しそうに見える海の家が、今はさらに憎らしい。
 今日はなぜか人が多く、そしてまたなぜかその海の家は繁盛している。
 さらに、今日に限って白のワンピースを着て出てくる人が多く、どうしても昨日の出来事とだぶってしまう。
 そのことを考えるたび、目に涙がたまるほど悲しくなってきてしまう。
 波が砂浜をぬらしていく。そしてそれが引いていく音は、心が洗われるというより、持っていかれそうだった。
 いつもは前向きに考えている理奈も、こればっかりは限界だと思っていた。
 しかし、やはり自分らしくないとも思い、そんなネガティブな考えを断ち切るつもりで、砂浜に座っていた理奈は首を振り、腕時計を見た。
 中学生の時から使ってきた、理奈にとってとても大切なアナログ時計は、まもなく短針がぴったり8の部分を指そうとしている。
「もう・・・・由紀、自分で呼んでおきながら早く来ないなんて・・・・」
 まだ時間になっているわけでもないのに、由紀に八つ当たり。
 そんなことしたって、なにも変わらないというのに。
 それどころか、だんだん嫌な人になってきていると、自分でも思う。
 そんな自分も嫌いになってきていることにも気付いてきている。
 それも時間が経っていくごとに・・・・
 でも由紀にはそんなこと思っていることに気付かれないようにしよう、そう理奈は心に決めた。本当の友達だからこそ、あまり心配はかけたくない。
 たぶん由紀はその性格から、逆を言うかもしれないけれど。
 そんな時にちょうどいい、これ以上ないタイミングで、待ち人はやってきた。
 理奈もさすがに物語じゃないかと思うほどの都合よい現われかただった。
「ごめん、理奈。遅れちゃって」
「本当、遅いよ。由紀が呼んだのに、その本人が遅刻なんて」
 ちなみに理奈がいろいろ考えていたうちに、時計の針は三分ほど進んでいた。
「ごめん。今度、なにかおごるから・・・・」
 由紀がすぐに理奈に手を合わせてきた。
 でも『そこの海の家で』と言わずに今度にしているところが、由紀の海の家の信頼度がうかがえておもしろい。
「ううん、いいよいいよ。私もぜんぜん待っているような気がしなかったから」
 決していいことを考えていたわけではなかったけれど、言ってることに間違いはない。
「ところで由紀、どうして私と?」
 そう、由紀にとって『毎年行く皆島海岸』であるはずなのに、まさか一人で行くわけではない、誰かと来ているはずだ。
 それが、今回に限って理奈を選んでいる。それがどうしてなのか・・・・厚かましいかもしれないけど、聞いてみたくなったのである。
 すると、由紀はすぐに答えてくれた。
「あのね・・・・いつもは家族と来ているんだけど・・・・今年は、一つ理奈に聞いてもらいたいことがあって・・・・」
 そこでいったん、由紀の口の動きが止まった。
 その由紀の表情は、学校で見ていたいつもの笑顔ではなく、深刻そうで、追いつめられたようなものだった。
 理奈は由紀の気持ちを、なんとなくだけど察した。
 だからこそ、理奈はこう言った。
「ちょっと・・・・歩かない?」
 由紀が『うん』と浅くうなずくと、一歩踏み出しはじめた。
 それを追って、理奈も歩きはじめた。
 理奈が見た由紀の横顔は、どこか満たされないようだった。
 
 
 理奈と由紀は、浜辺から自然と人があまりいない、岩場の方へと向かっていた。
 波が岩にぶつかり、細かくしぶきをあげている。
 そこまで近づくのはさすがに危ないので、適度に離れたところで立ち止まった。
 しかし、由紀まで何を真剣に悩んでいるのだろう。
 理奈も同じような境遇にあるからこそ、今の由紀が余計に気になる。
 と、由紀が理奈の方に振り向いた。
 その時の由紀の表情は、青ざめたようで、また一回り小さく見えた。
 理奈が今までつきあってきた中で、一番最悪な由紀の姿だった。
 由紀はそんな理奈に気付いたのか、笑顔を垣間見せた。でも、百パーセントは隠しきれていないことを、理奈は気付いてしまった。
 しかし理奈まで悩んでいることを知られたくないとさっき自分に言い聞かせたばかり。どちらにしても一緒になって悩んでしまうと逆効果になる。
 これらの理由から、理奈はできるだけ普段通りの対応をしようと試みた。
「どうしたの?元気ないじゃん」
「ううん、ぜんぜん。そんなことないよ」
 由紀はすぐに答えてきたが、やはりまだ、無理しているようだった。
 でも、今の由紀の言葉・・・・前にも卓也の話が上がった時、自分でも言っていたような気がする。
 もしかしたら由紀の悩みも同じようなものなのではないか、そう理奈は考えはじめた。
「何か・・・・悩みごと?」
 由紀の肩が小きざみに動いた。たぶん理奈の推測は合っている。ほぼ確信に近い。
「言わなきゃだめ?」
「私たち、親友だよ。なーんでも話してほしいの」
 このとき、自分をずるいと思っていた。自分だって、そうしていないのに・・・・
 しかし、由紀は強かった。正直に、言ってくれたのだ。
「由紀・・・・好きな人がいるの。だけど・・・・だめみたい」
 理奈にとってそれは初耳だった。けれどそのショックの前に、この続きを聞いておくことにした。
 なにか、さらなる嫌な予感を感じたからだ。
 今までも理奈の予感はよく当たっていた。特に、悪い方向は見事になのだ。
 理奈は恐る恐る聞いた。
「ふ、ふられたの?」
「違うんだけど・・・・そんな感じかも知れない」
「由紀・・・・相手は誰?」
 すると由紀はいったんためらった。そして目をつぶった。
 目の近くに微妙にしわが寄っているところを見ると、けっこう強くつぶっているらしい。そしてその後、おもむろに口を開き、理奈の予感を的中させる一言が発せられた。
「ま、松本君!」
 空気が止まったその一瞬、理奈はいろいろなことが頭の中に浮かんできていた。
 もう少しで、完全にスパークしそうなくらいだ。
「今・・・・なんて言ったの?」
「だから・・・・松本君・・・・。あっ、でも・・・・平気。由紀、あきらめるから・・・・」
 由紀のその『平気』には、ある意味合いがこめられていたに違いない。
 理奈が卓也のことを好きだってことを・・・・由紀は知ってるという意味が。
 でも、由紀まで自分と同じ気持ちだってことは知らなかった。
 まさか、そんなことになるなんて・・・・
 理奈は由紀になんとも言うことができなかった。
「ご、ごめんね、変なこと言っちゃって。このことのために呼んじゃって・・・・ごめんね」
 由紀はしんみりした雰囲気から、二度ごめんねを繰り返した。
「う、ううん。別に・・・・いいよ」
 逆に、理奈の方が脱力感を感じていた。
 理奈の頭に新たな悩みがまた一つ、ストックされてしまった。
 理奈は、家に帰ってからもずっと、今日の昼間のことばかりを考えていた。
『由紀・・・・相手は誰?』
『ま、松本君!』
 この言葉が、何度も繰り返されていた。
 ずっと理奈の好きな人だった卓也。しかし、一番そばにいた・・・・親友の由紀も、同じ人が好きだった。
 これには、今回もこたえた。
 恋愛小説でもこんなパターンはお決まりのようにあったけれど、やっぱり自分が体験するのとは違う。
 これからはそういう小説も、違う目で見られるような気がする。
 そう思って、理奈は枕そばにある本をとろうとした。
 しかし、やめた。
 これからのことを、本で影響を受けたくなかった。理奈の意識の中でそういう考えが働いていた。
 自分なりの結論を出したい、そんな気がして・・・・