離れていく心・第11回
迎えた夏休み二日目。理奈は皆島海岸に来るという結論に行き着いていた。
三度、好奇心の誘惑を断りきれなかった。この気持ちのしつこいのは、もはや本能なのかもしれない。
皆島海岸・・・・国道沿いの海水浴場とは少し離れたところにある、小規模な場所だ。
けれど小規模とはいえ密度が少なく、隣の海水浴場とは較べ物にならないほど広々としている。地元の人専用の場所だと言っても過言ではないほどだ。
一方通行ほどの道路を挟んで、後ろは山、そして前は海。
海の家がそんな中に似合わないほど寂しく建っているが、法外な値段と人がいないというもっともらしい理由により、ほとんど入っていない。
そうとう売り上げがないはず、その気持ちもわからなくはないと誰もが思うだろう。
気温は三十四度、湿度は八十パーセントとすばらしく海水浴日和だというのに、実際に砂浜にいる人数はほんの五十人程度、泳いでいる人はその中の二割ほど。サーフボードをしている人さえいない。
百台ほど収容できる駐車場も、無駄じゃないかと思うくらい空いている。
その駐車場からつながっている砂浜にさしかかった理奈は、今まで二十分必死にこいできた自転車を止め、おりた。
「あっついなー、もう・・・・」
あまりの暑さに、砂浜の後ろでまったく手入れされていそうにない茂みの中に立っている名前もわからない木の下の影へと、理奈は自転車を引いて入った。
三十メートル先に海の家があるが、そこで休むことは許されない。もちろん、その理由がお金にあるのは言うまでもない。
缶ジュース一本でさえ三百円なんて絶対に行きたくない。行くはずもない。レストランとかで出て来るのはともかくとしても・・・・
理奈がそうバッシングしているその対象のほうを向くと、その普通は行くはずもない場所から出て来る一人の人影があった。
誰かを誘導するように、理奈の方向を向きながら、右手を広げている。
その人物は、昨日の記憶だけ引っ張り出したとしても見覚えがあると言える。
(卓也だ!やっぱり本当に来・・・・)
そこまで思いかけた理奈は、その次の光景に言葉を失った。
卓也の後ろについて来る、もう一人の・・・・白のワンピースの女の子がいる。
今度は、何度も切り抜けてきた『もしかしたら』が崩れた。
それこそ卓也と話しているはずだから後ろ姿しか見えなかったけれど、女の子というのはその出で立ちを見れば一目瞭然だった。
理奈は目を疑いたかったけれども、意識は完全にその現実を素直に認めていたらしく、その場に立ちすくんだまま体を動かすことができない。
そんなまごまごしているうちに、理奈とは逆方向に卓也と女の子は歩いていってしまった。そのため、結局顔は見えず終いだった。
けれどその後ろ姿には、どことなく誰かに似ているような気がしていた。
『由紀、海に行くの。あ、海って言っても、このすぐ近くなんだけど・・・・』
単なる思いつきなのかも知れない。しかし、なんだか胸騒ぎがしてその不安を取り除くことができない。
『う、うん・・・・あることは、あるけど・・・・』
合わせたくないのに、どうもつじつまが合ってしまう。
したくもない、確信にほど近い変な予感が理奈をよぎった。
(そっか、そういうことなのかもね・・・・)
と、妙に納得してみたり、
(私の今までは一体なんだったの?)
と、一人ですねてみたりした。
それでもただあるのは、『卓也には彼女がいる』という事実。
(このままじゃ、私・・・・どうすればいいかわからない!)
理奈は必死だった。必死に、自転車をこいでいた。
もっとも、理奈の視界はかすんでよく見えないままにいる。
そんな運転をしていれば当たり前だとは思ったけれど、いったん車にひかれそうにもなった。けれど、いっそのことひかれてもいいと思ったりもした。
なんだか、なにもかも怖くない錯覚が起きる感じだ。
この問題は、簡単に解決されそうにないどころか、解決さえしそうにない。
こんな、気持ちがわだかまりだらけのまま終わるなんて・・・・神様も皮肉なまねをするものだ。一度は味方さえしてくれたのに、あれはやっぱり一時の気まぐれだったんだろうか。
(来なければよかった・・・・)
思うことは、これだけだった。そのほうが逆に幸せに過ごせる。
好奇心は自分をつぶすこともある・・・・このとき理奈は初めて思い知った。
いろんなことにチャレンジしていく・・・・いい響きに聞こえるけれど、現実はこうだ。いいこともあるけれど、悪いことが起こったときのショックは計り知れない。
昨日に引き続いて、さらに悩みは深まるばかり。
そんな悩みを吹き飛ばしたい一心で、理奈はペダルを回し続けた。