離れていく心・第10回
場所は相変わらずうるさくセミの鳴いている、神社への階段の途中。
(そっか、私、ここで足を滑らせて・・・・)
と、その時に気付いた。視界に広がっている人物が、声をかけている。
「理奈、平気か?よかったぜ、間に合って」
その時多分理奈は目を大きく開けて、変な表情をしていたと自分でも断言できる。
なにせ、卓也の胸の中に・・・・自分がいるのだから。
理奈は叫ぶことも、瞬間的に離れることもできなかった。
かわりに、反射的とも言うべきか、卓也の体を両手で強く押していた。
理奈はその時、混乱していて手加減というものができなかったため、卓也が少し後ずさった。その拍子で・・・・
「うわわっ!」
今度は卓也が、落ちそうになってしまった。 そしてやっとその時、理奈は今やってしまったことに、またぼう然としている場合じゃないことに気が付いた。
「た、卓也!」
理奈が呼んだその卓也は両手を回して、必死の形相でバランスをとろうとしている。
理奈はためらうことなく卓也の手をとり、力一杯できる限りの力で引いた。
一瞬つり合って止まったが、がんばった結果なんとか少しずつ理奈の方に傾いてきた。
それがなんとかうまくいって、理奈は意識を取り戻してから今までにたまっていた息を一気に吐き出した。
全身の力が抜けて、首は下を向き、手が地面に向かってぶら下がり揺れ動く。
「た、助かった・・・・」
そして理奈と同じように胸をなで下ろしている卓也。
「ごめん、平気?」
とても力が入らないこの状況で、理奈はなんとか口を開いた。
「平気じゃないよ、まったく。理奈らしいと言えば理奈らしいけどさ」
「むう!それってどういう意味?」
「そのまんまの意味だよ。わかってるだろ?」
「う・・・・やっぱりそう?」
事実だから、何も言えない。自分で自覚していないつもりはないけれど・・・・やっぱり。
それは、卓也にとってどんな印象を与えているのだろう。悪くないと思ってくれているだろうか。理奈は心配になってきていた。
「・・・・帰るか」
「う、うん」
どうもさっきの胸の中の感触が忘れられなくて・・・・うまく言葉が出てこない。
結局、どんどん先に行ってしまう卓也に向かって、理奈が必死で絞り出して言えた言葉がこれだった。
「あ、明日もここに来るの?」
すると卓也は理奈の方を向くなり、はっきりと言い切った。
「いや、来ないよ」
できれば毎日会いたい・・・・どん欲なことだと思いつつもそう考えてしまった理奈は、さらにつっこんで聞いてみることにした。
「そ、そう・・・・どうして?」
「明日はちょっと・・・・な。皆島海岸に行くんだ」
「み、皆島海岸?」
確か一学期終業式の日に、由紀もそう言っていた気がする。
『海って、あの皆島海岸?』
『そう。毎年行くところなの』
これは偶然なんだろうか。
そういえばさっきの言葉、卓也も必要以上にためらっていたし・・・・
卓也にとって理奈は信用されていないのか、それとも言えないことなのか。
『それより、由紀はどうなのよーぉ。あるんでしょ?よ・て・い・が!』
あの時と、まるで・・・・
その時、十二時のチャイムが理奈を現実世界へと戻らせてきた。
「おーい、どうしたんだ!もう十二時だぞ、昼飯食うんだろ?家まで送ってやるよ!」
同時に一足先に一番下まで降りている卓也が口に手を当てて理奈を大声で呼んでいた。
やっぱり気のせいかもしれない。このごろよく考えさせることが起こるから、余計なことまで心配しすぎているのだろう。
(こういうのも大人になるためのステップなのかな・・・・。私にはさっぱりわからない・・・・)
そう思いながらも、理奈はからまわりしそうなパワーを放出するような感じで卓也に手を振っていた。
「待って、今行く!」
でも、こうして卓也に向かって階段を降りている今だってたまらなく怖い。卓也が理奈の家に送ってくれている時でも不安で仕方がなかった。
と、理奈の家にさしかかった時だった。すっかり忘れていたことがまずいことを引き起こした。
「あれ?なんか異様な臭いが理奈の家からするような気がするんだけど・・・・?」
理奈の頭に、つい四十分くらい前の出来事が鮮明によみがえってきた。
血が引くのを感じ、シリアスな考えも今だけは帳消しになるほどの混乱が理奈を襲った。
「あーっ!な、な、なんでもない!というより、気のせいだよ、うん、気のせい!」
(お姉ちゃんのバカー!)
本当は自分の方が料理は下手なのに、こんなパニックしているときに考えることと言ったら、そのくらいが限界だ。
「あっ、もしかして火事とか起こってるんじゃないのか?俺ちょっと見てくる!」
「キャーッ!平気、平気だってば!さっき私の家がチラッと見えたとき、なんにも起こってなかったから!」
「そうかなぁ・・・・ま、家が平気ならどーとでもなるか。じゃな、また今度」
「う、うん、じゃあね」
卓也はおっかしいなぁとつぶやきながら、なんとか帰っていった。
時折卓也が理奈を振り向いてきたが、そこは無理矢理に作った笑顔でカバー。
やがて、理奈の視界から卓也の姿が完全に消えた。
「よかった・・・・。卓也、少し単純なところがあるから・・・・」
いつもは悪口のようなことも、ここでは逆に感謝すべきことだった。
時間は十二時十分。まずは姉がどうなっているか、見に行かないといけない。
結局料理は失敗に終わっていて、最初からそうすればよかったのにと理奈が言って姉に怒られたカップラーメンをすすり、理奈は二階にある自分のベッドに寝転がった。
すぐに目につく、ずっと前から置いてあった卓也の写真。
恋に興味がないと思っていた時から、なんとなく気になっていて入れておいた写真。
でもそのなんとなくが、どういう意味だったのか・・・・今ならわかる。
今まで恋だなんだって言っている人がいた時、そんなに難しいものなのかって思っていたけれど、こうして実際に自分がその立場に立ったときに気持ちがわかるっていう友達の言葉はウソじゃなかった。
とても複雑で、そのひものもつれは時間をかけないのではほぐれない。
かといって、ゆっくりとほぐしたとしてもなかなかうまくいってくれそうにない。
それをほぐすことが自分にはできるのかどうか・・・・それがわからない。
(みんなもこうして悩んできたんだ・・・・)
卓也に会えたというのに、さらに悩みはディープになってしまった。
「海・・・・か・・・・」
明日、卓也は皆島海岸に行く。もしかしたら、由紀も・・・・
「どうすれば、いいのかな・・・・」
理奈はうつぶせから寝転がってあおむけになり、上を見つめたまま両手を斜め後ろに、じっと動かないまま目を閉じた。
明日はどうすればいいのか、それだけを考えつつ・・・・
高校二年の夏休み初日は、こうして終わっていった。