離れていく心・第3回
それは頭の上にたらいを落とされたような衝撃を受けるものだった。
(私と、卓也が・・・・つきあう!?)
頭の中がこんがらがってまだ状況が飲み込めない自分がいる。
「な、な、な、なんでそうなるわけ?どうしてそうなっちゃうわけ?」
本当のことを言われて、理奈は少し動揺をしてしまった。
しかし安心はしていた。由紀はその理奈が焦る理由にまったく気付いていなさそうだったからだ。それも長い付き合いでつちかったもの。
由紀はけっこう鈍感だってことも知ってる。自分もそう言われるけど。
案の定、由紀はいったんの戸惑いは見せたものの、話を続けている。
「え?で、でも・・・・由紀も他の人から聞いたことだから・・・・ただ・・・・」
「ただ、なに?」
「今日手をつないで学校に来たって・・・・」
それを聞いた時、理奈の脳裏に今の由紀の言葉とさっきの出来事が重なりあってフラッシュバックしてきた。
「あっ、ああーっ!」
理奈には、一つ思い当たる節があった。
それはさっきの・・・・登校のときかもしれないと。
背中をなでまわしてきた卓也を理奈が怒った後だった。
ふと理奈が腕時計を見た時、今しなければならないことがあったことにようやく気付いた。卓也と一緒にいることで、実際には短く感じたのだが、すっかり五分がたってしまっていた。
もう学校は目の前なのに、理奈の足では間に合いそうにない距離。
すでに理奈は遅刻を覚悟していた。
「あーっ、もう!ばかなことしてるからもうあと三分しかなくなっちゃったじゃない!あーあ、もう遅刻だぁ」
心からは怒ってはいなかったけれど、どうしてもそうなってしまう。
この人だけは正面きってまともに話せない、そんなもどかしさを感じていたのは、前々から理奈自身でも思っていたことだった。
でも遅刻しそうなのはちょっと問題だから、今はこの態度を取るのが普通なのだけど。
もやもやしたこの気持ちを抑えるために、大声を出してごまかすことしかできなかった。
「ったく、俺のせいかよ。最初から早く家を出ろっての」
とは言っても、卓也の言っていることも最もなのもわかってる。しかし、今はそんなことを言っている場合じゃない。実際には聞こえているけど、わざととぼけることにした。
「なんか言ったーぁ?」
卓也もその理奈の考えが伝わっているようで、少し笑いかかりながら言った。
「はいはい、俺のせいでいいですよ」
以心伝心・・・・これは、そう言えるのだろうか。理奈はそうであることを考えて、うれしくなった。
「よっろしい。で?どう責任取るつもり?」
すると卓也は頭をかいて、
「あーっ、もう面倒くさい!ほら、来いよ!」
何をするかと思えば、卓也は急に理奈の手を取り、走り出したではないか。
理奈はこの時、全身の熱が顔に集まるような感じがした。
「ちゃんとついてこいよ!」
この突然の出来事、本当は飛び上がりたいほどうれしいはずなのに、このままどこかへ連れていってもらったとしてもいいと思っているのに、口ではついつい、
「ちょっと、なにするの!放してよ!」
と、冷たく言ってしまう。でも、それでも卓也は放そうとはしない。
どうやら自分も間に合わなくなる危険を感じたらしく、手をつないで走ることだけで精一杯らしい。
そんな状態のまま、いろんな学校の制服たちの間を走り抜け・・・・
理奈の、そして卓也のでもあるクラスメイトにも会ってしまったりしながら・・・・
結局手をつないだまま、校門をくぐっていってしまった。
その瞬間、タイムリミットのチャイムが鳴った。
同時に卓也もたった今、手をつないだことが純粋な気持ちから意識する段階に入ってきたのか、少しずつ顔の色が変わっていくことが理奈はわかった。
・・・・あくまで想像だけど。本当だったらとてもうれしい。
でも卓也は、一つ咳払い。理奈の手を振り切り、
「じゃな、遅刻常習犯」
右手をあげ、卓也は理奈をけなすような口調でそう言った。
「ちょっ、私いつもは遅刻なんか・・・・!」
理奈がすべての言葉を言い終わる前に、卓也は校舎の中へと入っていってしまった。
それで遅刻はまぬがれることはできたけれど、まさかそんな噂がたってしまうとは。
さっき二人で走っていたときに見たクラスメイトが、発信源かもしれない。
うれしいことはうれしい。だけどこれが原因で気まずくなってしまうというケースが自分の読んでいた恋愛小説にはあった。それが現実になってしまうと思うと怖い。
これはとにかく今の状況を詳しく聞いておいた方がいいと思った理奈は、
「由紀、ちょっと聞いていい?」
この後何かが起こりそうなそんな嫌な予感を抱きながら、身を乗り出して由紀に問いかけた。
由紀は理奈のそのあまりの意気込みに驚いたのか、引きながらうなずく。
とにかく気持ちを落ち着けて、第一の質問。
「その噂、どこまで広がってるの?」
すると由紀は、教室の中をぐるりと見渡した。それを理奈も追ってみると、一部のクラスメートが、目を合わせるなりそっぽをむく。
聞くまでもなかった。どうやらかなり規模が大きいらしい。
(そのこと、いったい卓也はどう思っているんだろう・・・・)
そう思った瞬間にタイミングよく理奈の視界に卓也の存在が入ってきた。その卓也の態度は明らかに理奈を見ないようにしようとしている素振り。
どうやらこの噂に、卓也も気付いているようだった。
こんなときに目が合ってしまうとバツが悪い。理奈は由紀の方に体ごと向き直した。
そのとき、理奈の頭の中に浮かんだことは、いいことではなかった。
(どうしよう・・・・これじゃ本当に恋愛小説のパターンと一緒じゃない!)
ちなみにその小説の終わりかたは、バッドエンド。
その物語では、ヒロインは、彼に告白しようとするところで、ほかの彼女がいることに気付いてしまい、結果ふられてしまうのと同じような結末になってしまうのである。ジュニア小説ながらけっこう泣けてしまう、心に残る作品だった。
それを思い出すなり、心臓をかきむしられるくらいにつらい痛みが理奈を襲っていた。
同時に、今まで考えてもいなかった『卓也の彼女』という存在を、意識した。
もし、卓也に彼女がいたら・・・・もし、心に決めているような人がいるとすれば・・・・
(そんなこと絶対にいや、考えたくもない!)
「理奈?どうしたの、理奈?」
心配してくれているのか、戸惑っているのか・・・・由紀は理奈の顔をのぞき込んでいた。
いつのまにか目が宙に泳いでいた理奈は我にかえり、焦りのため、反射的に叫んでいた。
「ううん、そんなことぜんぜん!」
首と手を振り振り、そして理奈は作り笑いをしようと試みたが、なかなかうまくできなかった。
「えっ?何が・・・・そんなことぜんぜんなの?」
まず、どうやら話があっていなかったようだった。でも、この後に続ける言葉が見つからない。状況が状況だけに、そんな平気な顔などできない。
というより、そんなことしたらますますウソっぽいし。
しょうがないことだけれど、でもどうすればいいのか・・・・
結局理奈はその後、由紀との会話は適当な言葉で話をつないだ。
その一方で、笑ったり、怒ったり、楽しそうにしている卓也。喜怒哀楽を見れるほど、理奈は卓也のことをずっと気にしていた。
それでも卓也は、その日一日中、理奈の方に振り向いてくれることはなかった。