最初は、早番の先生がそれを見つけて。とにかく、子どもを迎え入れる準備をするのが先、と園内の鍵を開けたりしていて後回しにされていただけだった。それが、2階の窓からふと下を覗き込んだ時に、まっさらな雪原の真ん中、ぽつんと赤い包みがあるだけなのだと気が付いた。
それだけなら、誰かが投げ込んだとも取れたのだが。その園をぐるりと取り囲むその壁の向こうにも、誰の足跡も見つからなかった。
ミステリマニアのその先生は、うわあ、と声をあげた。
「だって、昨夜から朝方までずーっと雪が降ってたんですよ?」
「ええ」
「なのに、その包みの上には雪が積もってなくて、その周りには足跡も無いんです!」
「・・・ねえ、興奮しないで落ち着いて説明してくれない?」
出勤したてで捕まり、一気にまくしたてられる園長も混乱した。
その先生のはしゃぎっぷりを見た年長児が、なんだろう、と園庭に入ろうとする子ども達を止めて。「まだ、入っちゃダメだぞ?皆でカンサツしてからなんだからな!」と、覚えたての「カンサツ」という言葉を鼻高々に使ってみせた。
何の事なのか分からないけれど。おにいちゃんたちが言うんならそれはきっとスゴイ事なんだろう、と小さい子達はそう思ったし、年中さんになると、2階のベランダの柵の隙間から覗き込んでは、登園したばかりのクラスメートに「スゲ―んだぜ!」と触れて廻った。
とにかく、最初の騒ぎの発端はそんな所だったのだ。
きゃあきゃあという園内の子どものはしゃぐ声や歓声に、園の外で立ち話をしていたお母さんが気が付いて。幼稚園の中で何かあったのだろうかと、子どもにその理由を尋ねた。
「運動場の真ん中に、何か落ちてる!」
実は、運動場に何か落ちているのはそれ程珍しい事ではない。
先生が帰る前に一応園内をチェックはしているのだが、冬は特に真っ暗になっていたりで見落とす事も多い。それに、降園のその後で園内に遊びに来る子どもも居る。そういった子達の落し物を、翌朝になって先生が見つける、なんて事はざらにあったので、そのお母さんは気にもとめなかった。
普段は幼稚園にあまり縁の無いお父さんも、今日ばかりは我が子の勇姿を収めようと、ビデオを片手に駆けつけていた。そして、そのお父さんが、2階の我が子に頼まれて、その園庭のど真ん中をズームしたのが大騒ぎに発展するきっかけとなった。
「・・・曽根崎さん、何撮ってるの?」
「・・・・・・いや、えーと・・・子どもに頼まれて・・・あの辺りに何かあるらしいんですけどね?」
でも、何の事だろう、とお父さんは首をかしげながら園庭の真ん中辺りをカメラ越しに探った。とりあえず、撮ってと言われたのだから、撮っておこう。後で家に帰った後で文句を言われたら敵わない。そんな気持ちで構えたビデオカメラが、一瞬何かを捕らえた。
「ん?」
気のせいかなと思いながらもゆっくりとズームすると、朝日に照らされて眩いばかりの雪原のど真ん中に、真っ赤な包み・・・の様な物が何か見える。
あれの事かあ、とその包みの周りの状況も一応撮っておく。高校時代、放送部に所属していた彼は、カメラワークに特別な思い入れがあって。構図にもこだわる性質だった。このアングルでは何が何だかよく分からないので、と、門の前で早番をしている、ミステリマニアの先生に、おそるおそる申し出てみる事にした。
「え?あ、アレ撮ってくださるんですかあ!?うわー、お願いします〜!周りの状況もばっちり撮ってくださいね!」
このビデオテープが更なる大騒ぎに発展するきっかけとなった。
爆弾かもしれない、と危ぶまれたそれは、ケージから飛び出したうさぎによって判明した。
ふんふんと鼻を包みに擦りつける様に匂いをたっぷり嗅いだ後、うさぎはわしわしと前足でその包みを引っ掻いたのだ。朝日に照らされたその包みは、雪の湿気を帯びて破れやすくなっていたらしい。先生が、「シロ、だめよ」と抱きかかえた時には、その裂け目から中身が覗いていた。
「・・・・・・・・にん・・・じん?」
大きくて重い方の包みがニンジンであると判明すると、躊躇無く先生はもうひとつの包みを手に取った。軽い。ニンジンの包みがあれだけ重かったのに対して、こっちは何て軽いんだろう、と思いつつ、2階から固唾を飲んで様子を見守る子ども達に、「おーい」と手を振った。
「あけるからねー?」
子ども達によく見える様に、手を高く掲げてその包みを開けると。中からぽとりと青い小さな毛糸の玉が落ちた。
いや、違う、毛糸の玉じゃなくて・・・これは・・・なんだろう、と拾い上げてその形を広げて見せる。何だろう、と首をかしげている間に、2階から年長の子ども達が急いで降りてきた。
「見せて、先生!」
「え?あー・・・うん、いいけど」
奪い合う様に子ども達の手に渡ったそれは、もみくちゃにされながらも年長の子ども達によって答えが導き出された。
「先生・・・!これ、シロの帽子だよ、きっと・・・!」
ええ?と先生は、年長の担任の顔をこっそり見た。彼女の仕業だと思ったのだが・・・彼女も、真顔で首を横に振りつつ、呆気に取られている。
「だってさ、オレ達、うさぎがサンタさんにニンジンと帽子下さいってお願いしてる歌、歌ってるんだぜ!?」
「そうだよ、きっとその歌聞いてさ、シロがニンジンと帽子欲しがってるって思ったんだ・・・きっとそうだ、絶対そう!」
「だってだって!これ、オレらの帽子の形と全然違うもんな!シロの耳がさ、ちゃーんと中に入るよーになってんだよ、きっと!」
「・・・って事はぁ・・・」
幼稚園に、本物のサンタクロースが来た。
その話は一瞬にしてその現場を見ていた子ども達の間に広がり。収集がつかない程の大騒ぎになった。
大人は、「シロにはこっそり先に届けてくれたのかしらね、でも皆の分はこれから持ってきてくださるから、さあ、クリスマス会の準備をしましょう?サンタさん、皆には直接会いに来てくださるそうだから!」とその場を取り繕った。「うん、シロの分までお礼に歌とか一生懸命歌わなくちゃだもんな!」と張り切る子ども達に、誰が「誰の仕業なのかしら」なんて言えるだろうか。
大体、誰かの仕業なのだとしても、そのまっさらな雪の上に足跡ひとつ残っていない状況というのが説明が出来ないのだ。
子ども達に聞いたら、「サンタさんはトナカイのソリに乗ってくるんだから、足跡なんてつかないの、当たり前でしょ」なんて言われるんだろうなあ、とミステリマニアの先生は苦笑した。