どういう事なんだ。

指し示す犯人はオレが意識してきた人物からは全くもって外れていく。これは、「オレが何より優先するべき大切な人物」へと道が指し示されているはずなのに。

オレの推理が間違っているのだろうか。いや、そんな筈は無い。何度も何度も繰り返し読み返しても、どうしてもこの結論にしか辿り着けない。とすると、彼を含む組織とかいった広義な意味合いなのだろうかと思い至って首を振った。その条件だと、彼を選んだ意図が全く持って読めない。他に・・・そう、適任者は他にもいるのだ。例えば、目暮警部なら父さんにも面識はあるし、比較的頼みやすいのに。

どうして、彼なんだ?

父さんがL.Aに居る現時点で、彼との接点はゼロに等しい筈だ。母さんが来た時も、接点は無かった。なのに・・・どうして?

そういえば、と思い当たってぱらぱらと読み終えたページを捲る。佐藤刑事への描写がこれ程までに的を射たものなのは何故だろう。母さんとも接点は無かったのに、これ程までに書けるものなのだろうか、と。・・・それなら、情報の出所は目暮警部か博士だと考える方が自然だ。今回のケースなら、恐らく博士の方が可能性としては高いだろう。

さすがだ、と思う。如何に正確に情報を流したとしても、こうまでも巧みにその人間関係を浮き彫りにして描く事が出来るのかと。改めて・・・父親のと言うより、小説家・工藤優作の才能に驚かされた。

伝えたい事・・・伝えたい事・・・・・・と呟いている所へ、蘭が土鍋を持って入って来た。

蘭の「あ。」という一言に、ああ、と台所へ走るのを、横目に見ながら、蘭が笑った。
「・・・はい。」
これの事だよね?とテーブルに鍋敷きを置くと、ありがとう、と蘭が微笑みながら土鍋を置いた。

「よく分かったわね、コナン君・・・」
「まあね、でも誰でも分かると思うよ?熱そうな土鍋を持ってるのに、鍋敷きが無いとテーブルに置けない事くらいは。」
「・・・でも、ちゃんと言わなくちゃ伝わらない事ってあるじゃない?」
え?と聞き返すと、さっきコナン君、伝えたい事って繰り返し呟いてたでしょう?と返す。

そうか、この場合、父さんはオレに何かを伝えたがっているワケだから、ヒントは提示してる筈なんだ、と思い至った。物語の、未だ途中ではあるが。

父さんの事だし、行く先々で小説の続きが手渡されるって事は、オレが彼らを犯人だと推理していくのを予め予想していたって事だよな。・・・いや、違う、彼らの所に行かせたかったんだ。だからあんな書き方をしてるんだ。という事は、彼らから受け取った小説よりは、彼らが頼まれた言伝の方がメッセージに当たる部分かもしれない。

博士、蘭、灰原・・・。そして、1という数字。

きっとこれに意味があるのだ。とりあえず、まだ続くヒントを読み取っていかなければ答えには行き着かないだろうけれど。


どこか余所行き顔で、静かに眠る街を通り抜ける。時計を見るとさほどでもないが、少し早すぎただろうか。
頭の中で繰り返される疑問の渦の中、アパートのドアを軽くノックした。顔なじみの刑事に昨夜確認を取ったら、非番で家に居るはずだとそう言っていたから。警視庁ではなく、迷わずこちらに来たけれど・・・まだ眠っているかもしれない。彼が出かけてしまうと厄介だからとこんな時間にしたのだが。そんな不安を払拭したのは「はい?」という彼本人の声だった。
「あのー・・・江戸川ですけど・・・」
「あ、ああ、ちょっと待って・・・」
来た来た、と小さく呟く声がドア越しに聞こえて、がちゃと開いたドアから彼が顔を覗かせた。背中にはデイパックといった出で立ちのオレに少し驚いた様だけれど。小説の束を丸めて入れて歩くにはこれが丁度良かったのだ。
「えーと・・・」
どうしたのかなとか聞いてもわざとらしいかと思ったのだろう。何か言いかけて逡巡している。・・・大概この人も犯人には不向きな人だよな、と思わず苦笑した。

「貴方が犯人ですね?・・・千葉刑事。」

オレからの言葉にやっとホッとしたかの様に、彼は「あ、はい、そうです。」と言った後、「あ、違った、僕が最後です。」と言い直した。投げかけられると思っていたものとは違うその言葉は、オレを驚かせるには十分だった。
「・・・・・・最後?」
「そう。阿笠さんからそう言う様にって。」
ああ、そうだ、ちょっと待っててね、と言い置いて彼はそのまま部屋の奥へ行って、既に見慣れた茶封筒を持ってきた。
「これも預かったんだ。」
「・・・ねえ、最後って、それだけ?」
「ああ・・・。最後って一言だけだったよ。」
「最後・・・」

博士と蘭と灰原が『1』で、千葉刑事が『最後』?

抱いた違和感に首を捻りながら受け取ったその封筒は、思いの他軽かった。




書き綴られている筈の物語は其処には無く、封筒の中にはたった一枚の紙切れ。その原稿用紙には覚えのある言葉が綴られていた。


私自身が最も信頼している人。そして君が最も大切にすべき人の名の下に辿りつける事を祈っているよ。
 


それは、最初に送られた物語の最後に綴られてきた一枚の紙切れと同じ文句。ただ、今度のこれは、優作本人の手による物だが。

ミスプリントというのも違うだろう。それならばわざわざ手書きのこの紙切れが入っている事は無いのだ。と言う事は、これは挑戦状という事になる。

どちらにしろ、背中のデイパックの中にある、これまでの分と全て合わせて読み返してみた方が良い。事務所だとおっちゃんや蘭の目が気になるし、博士の家も避けたい。となると残るは・・・あそこか。

アパートを背に、来た道を戻る。来た時には未だ覚めやらずといった雰囲気だった街が、ゆっくりと目覚めかけていた。